携帯
安眠薬香を使用する時に患者に求める条件の内の三つ。
一に、異変が起こった場合にすぐ対処できるように、瀧雲か、瀧雲の式神の近くでの待機を了承すること。
二に、八時間の時間を作ること。
三に、患者の身内(家族親類縁者や友人、学校会社関係者など)も近くで待機すること。
場所は瀧雲の診療所か、患者の家、もしくはそれ以外の患者が望むところで行われる。
「お父さん」
凛香たちと一緒に瀧雲の診療所に帰ってきた八恵華は、父の
「時間使わせて、ごめんなさい。お金も」
「八恵華」
先程までの楽しそうな表情を霧散させて、罪悪感でいっぱいにさせてしまった。
道花はどうしてこうなんだろうと、自分自身に対して常にある怒りを高く燃え上がらせながらも、眉を下げて優しく笑った。
「謝らなくていいんだよ。謝らなければいけないのはお父さんなんだから。八恵華は悪くない。ね」
「うん」
道花はまだ何事か言いたそうな八恵華の片肩に、重みを消して与えぬように手を添えて、行こうと言った。八恵華は小さく頷いて瀧雲の元へと歩いて行き、一輪の桜の花を高く腕を上げて見せた。
その顔は少しだけ誇らしげだった。
瀧雲は満面の笑みを浮かべて、行こうかと言っては背を向けて診療所に先に入って行った。
八恵華は並んで立つ道花を見上げて、次には半身だけ振り返り凛香を見て小さく手を振った。
凛香は大きく頷いてから、両腕を大きく上げて、大きく振り続けた。
「凛香は入らねえのか?」
並んで立つ梨響に問われた凛香はああと言った。
「俺はここで待って八恵華たちを見送る。多分今日は治療の確認をするだけだろうから、そう時間はかからないだろうし。安眠薬香ができるのは早くても明日だしな」
安眠薬香は日光と月光で乾燥させなければならないので、凛香の言ったようにできるのは明日の朝だった。
早ければ。
もしかしたら、今日の日光と月光次第ではまだ完成しないかもしれないが、瀧雲しか判断できないので、いつできるかは正直なところわからなかった。
「だからもう少し付き合ってくれるか?」
凛香は振り返って、壮史とジイを見た。
壮史はジイに預けたものが気になりながらも、わかったと頷き、ジイは承知しましたと言った。
凛香はありがとなと言って、並び立つ梨響を見上げた。
「梨響も。悪いな」
「別にいいけどよ。昼飯ってどうすんだ?」
「コンビニで適当に買って適当に食べてるけど。今日は帰るか」
壮史は誰かに狙われているんだ、家に閉じ込めてばかりでは窮屈だろうが家に帰れるなら帰った方がいいんだろう。
そう思った凛香はジャージのポケットから携帯を取り出して、家の電話にかけ始めた。
(まあ。家にいてくれるなら、な)
梨響が顔だけ動かして壮史を一瞥すると、壮史は眼光を鋭くさせたかと思えば、ふいっと顔を反らした。
状況はきちんと理解しているらしい壮史に、梨響は苦笑を零して、ちらとジイを盗み見るのであった。
(2022.2.16)
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