第6話 初めての依頼は

 冒険者ギルドは朝から賑わっていた。

 冒険者達は長期の依頼を除き、朝に依頼を受ける者が多い。

 新しい依頼は朝張り出されることが多いためだ。そこから彼らは危険度と儲け、自分達の実力を鑑みて、最良の依頼を手に入れる。

 壮絶な依頼の取り合い。まさにスーパーのタイムサービス状態だ。

 そして、夕方に再びピークを迎える。依頼の報告と報酬の精算があるためだ。

 僕が昨日解放されたのもちょうどピークを迎える頃だった。


 僕は朝のピークより少しずらした時間に訪れた。しかし、まだまだ掲示板の前は人が多い。お、ちょっと人が減ってきたかな?

 冒険者達の脇をすり抜けて掲示板の前に滑り込む。小柄な身体が役に立った。

 さて依頼を見てみよう。どれどれ……。


 僕が受けられる依頼はFランクかEランクの二ランクだけだ。どの依頼も比較的カルツォー周辺に絞られている。

 都市内の清掃。

 薬草採集。

 下水のスライム駆除。

 動物系の狩猟等々……。

 うーん、低ランク系は基本的に常設依頼が多いみたいだ。大体生活に密着したものが多い。

 お、ゴブリン討伐依頼発見。Eランクだ。ゴブリンといいスライムといい、ファンタジーの代表もちゃんと存在してるんだねぇ。


 その中で僕はとある依頼を見つけた。

 チキンエクスプレスの狩猟依頼だ。ああ、思い出される。あのスープの味。

 アイサちゃんがこの町の特産品って言ってたっけか。よし、僕もこの鶏を捕まえて貢献しようじゃないか。美味しいご飯は人を幸せにするしね。

 報酬は狩猟数に応じる、か。一羽二千五百セルで引き取ってくれるみたいだ。

 現在の出費で考えると、二羽で黒字かな。いや、罠を用意するから三、四羽かな? もっと獲れると懐が温かくなるね。でも、一羽二千五百セルで引き取ってくれるなんて結構儲かりそう。あ、そういえば捕まえ難いって話だったか。それなら納得できる? というわけで、今日の獲物は鶏ちゃんに決定!


『俺は鶏を捕まえるぞ、ランドォーッ!!』


『ドゥェア!? な、なんだ!?』


 おっと、つい口を衝いて、いや心を衝いて言葉が出た。ランドを驚かせてしまった。


『あ、ごめん。なんか決意する時ってこういう言い回しするものだと思って。知らない?』


『知らねぇよ! 普通に伝えればいいだろうがっ!』


『まぁまぁ、そんなわけでこのチキンエクスプレスを捕まえます。』


『どんなわけだよ……。チキンエクスプレス? あの草原の走り屋共か。まぁいいんじゃねぇか?』


『よし、じゃぁ近所の鍛冶屋に行こうか。罠を買わないと。』


『あ? 罠? アキラ罠なんか使うのか?』


 え? なんでそこで疑問形?


『え、いやぁ、彼らは足が速いっていうからトラバサミでも買おうかと。』


『んなもんでちまちまやってたら日が暮れるぞ? サッと近づいてガッっと捕まえりゃあいいじゃねぇか。』


 いや、そんな無茶な。常人には無理だよ。


『それ出来るのたぶんランドだけだよ?』


『そうかぁ? アキラはパワーとスピードが上がったんだろ? いけそうな気がすんだよなぁ……。』


 えぇ、そんなことあるわけ……。 いくらなんでも、ねぇ?



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 というわけで貿易都市の東の平原にやってきました。え? 罠? なにそれ美味しいの?

 はい、ちょっとランドに煽られて準備しませんでした。すみません。

 あの後ランドに煽られた上、問題ないと断言してきたためとりあえず信じることにしたのだ。

 

 目の前の広い平原には、白い物体がちらほらと見受けられる。どうやらあれがチキンエクスプレスのようだ。見た目はまんま鶏だね。ただの鶏ならば確かに僕の脚力でも行けると思うけど……。あれ? でも大きさが中型犬くらいありそうだよ?

 お、鶏ちゃんを狙う影が。狼かな? あ、飛び出していった! 鶏に瞬時に近づき、まさに噛み付こうとしたその時、僕は衝撃を受けた。

 消えた。鶏が消えたのだ。いや、ちがう。少し目線をずらすと、今まさに噛みつこうとした狼から十メートルほど離れた場所にいた。へ? なにあれ? 目の錯覚?

 僕の疑問を打ち砕くべく再度狼が鶏に接近する。結果は同じだった。


「……ねぇランド。あれ捕まえられるの?」


 やっぱり罠を買ってくれば良かった。巧妙に罠を隠して動きを封じるべきだ。事実、この方法で捕まえるのが常識らしいし。


「余裕だろ。殺気消して、ヒュッだ。」


 いや、ヒュッって……。要するに縮地で近づけってことでしょ? 習ったことあるけど、さすがに一瞬って無理じゃない?


「まぁまぁ、物は試しだ。やってみろ。」


 なんかランドに乗せられた感があるけど……。とりあえず試すことにした。

 縮地の方法はわかってるから、あとは今の瞬発力がどこまであるかってことだよね。

 僕は前方に的があると仮定して……。

 適当に、前に、全力で、踏み出す!

 視界が流れた。そして一瞬にして視界が狭まる。時速何キロ出ただろう。人の身では到底実現できないであろう速度。瞬時に十五メートルは進んだだろうか。想像以上の成果に着地に失敗して盛大に転んでしまった。そのまま転がり続け、その勢いが止まるまでに更に十メートル進んだ。


「あぎゃぁー! いててて……。」


 草原でよかった。固い地面の上だったら擦り傷を負っていた。だけど、受け身には失敗して体中が痛い。


「な、いけそうだろ?」


 な、じゃないよ! ちょっとは心配してくれてもいいんじゃない!?

 でも、初めて全力を出したけど、確かにこれなら鶏を捕えることができるだろう。


「もう少し僕の身を心配してほしい所だけど……。まぁ少しずつ感覚を慣らせば行けると思う。」


 何とか立ち上がる。とにかく練習が必要だ。僕は、体を慣らすために再び足に力を入れた。

 この後体が慣れるまでに、それほど時間は消費しなかった。



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 前方には地面をつついて歩く鶏が一羽。チキンエクスプレスだ。

 僕は特に身を潜めているわけではない。しかし僕と鶏との距離は十メートルもない。

 優雅に地面をつついている。恐らくどんなことが起きても絶対に捕まらないという余裕なのだろう。舐められたものである。

 これは、その油断が命取りであることを教えてあげねばならない。

 でも捕まった時が最期だから後悔する間もないだろう。残念だ。


「鶏ちゃん。君には僕の糧となってもらうよ。」


 僕は自然体に構えていた状態から瞬時に鶏へ肉薄する。


 縮地の基本はいかにして相手に行動を悟らせないか。これに掛かっている。

 だが、この鶏は警戒心が強い。敵を眼中に収めていないように振る舞っているが、実際には常に相手の行動を見ているだろう。現に鶏は僕の動きを捕えていた。更にこの鶏、どのようにして近づかれても、自慢の脚力があれば逃げ切れる。

 僕は予備動作無しで踏み出したが、すぐに気付かれてしまった。ただそれだけだった。

 鶏が気付いたときにはすでに僕は鶏まで三メートルを切っていた。

 いかに警戒心が強かろうと、どんなに脚力が強かろうと、相手が逃げるよりも早く近づく能力があれば問題ない。僕の縮地は、もはや仙術も斯くやという進化を遂げていた。と思う。

 鶏は咄嗟に足に力を入れ退避しようとする。鶏がまさに飛び出そうとした時、僕のナイフは鶏の首を通り過ぎていた。頭と銅が分離する。

 司令塔を失った身体。鶏の身体はその場で暴れまわった後、動かなくなった。


「ふぅ……。よし、罠無しでもいける。」


 血抜きを終え、ネックレスに入れると、ようやく成功を確信した。


「いやぁ、さすがアキラだな。俺様なら突っ込んで殴りつけるんだがな。そうすると肉が潰れて値段が下がっちまうんだよなぁ……。」


 何やってんのさ……。買い取ってもらう獲物なんだからもうちょっとやり方があったでしょうに……。

 粗雑なランドに呆れつつ、次の獲物に向かっていった。



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 場所は変わって、ここは冒険者ギルドだ。あれからチキンエクスプレスを仕留め続け、合計で三十羽になった。うん、獲りすぎたかも。

 夢中になって狩り続け、空の色が変わり始めた頃に僕はようやく狩りすぎたことに気が付いた。

 そして現在慌てて戻ってきたのだ。チキンエクスプレスの狩場は大体歩いて二時間の場所だ。このままでは日が暮れてしまうが、そこは僕の脚力。二十分足らずで戻ってきた。馬いらずだね。

 そんな僕は現在、少々ピンチに遭遇していた。

 なにがピンチかって? それは……、あれだよ……。

 ちょうど開いてる窓口がシルビアさんの所だけなんだよ!

 どうしよう、悪い人じゃないんだけど、近寄りがたいというか……。

 わっ、シルビアさんがこっち見た。笑顔で手を振ってる。しょうがない、死地へ赴くつもりでいざ。


「ど、どうも~……。」


「お疲れ様です。依頼の報告ですか? でしたら恐らく初依頼ではないでしょうか?」


「えぇ、まぁ……。チキンエクスプレスを狩ってきました。」


「そうでしたか、ありがとうございます。ここで獲れるチキンエクスプレスは大変人気で、常に品薄なんですよ。」


 やはりこの鶏は引く手数多らしい。僕も一口食べてファンになったくらいだから、その話に納得する。


「やはりそうでしたか。以前食べてすごくおいしかったですからね。つい選んじゃいました。」


「ふふ、なかなか貪欲ですね。では獲物の査定をいたしますので、奥の作業場までお願いいたします。」


 僕は案内された通り、作業場まで向かう。ん、シルビアさん、なぜ付いてくるのですか?


「あれ? シルビアさん、受付はいいんですか?」


「え、えぇ、問題ありません。なにせアキラさんですので。」


 後半何を言ってるかわからなかったけど、問題ないのならいいか。

 それはいいけど、どさくさに頭の撫でるのはやめてもらいたい……。

 作業場に向かうとそこは、収獲された動物や討伐された魔物たちと格闘する人達がいた。


「ここにいる方々は、解体士でしょうか?」


「はい、彼らがこのギルドに集められた動物や魔物の解体を行っております。主に初心者の冒険者など、解体技術を持たない方達に代わって作業を行います。我々に任せた場合、報酬から技術料をいただいております。そのため解体技術をお持ちでしたら、ご自分で解体してしまわれてもよいでしょう。ただ素材に傷があった場合、査定に響きますのでお気を付けください。」


 解体できる獲物だった場合、自分で行って報酬を高くいただくのもありかな?


「それでは、獲得された獲物をこちらにお願いいたします。」


 作業場の隅を指定されたので、そこへ向かう。

 僕は、カバンから取り出すように見せかけつつ、ネックレスから一羽ずつ取り出していく。十羽を越えたあたりでシルビアさんから声が掛かる。


「あ、あのアキラさん。いったい何羽仕留めたのですか?」


「え、えーっと……。三十羽です。」


「さ、ん――!?」


 あー、やっぱり一日でこんなに獲れるのはおかしいよね? 誤魔化して次の日に渡せばよかったか……。見ると、近くにいた解体士の手も止まっていた。うわぁ、開いた口が塞がらないってこういうことを言うのか。


「いったい、どうやって収獲されたのですか?」


「えっと、うまく罠に誘導した、としかちょっと言えないです。すみません。」


 ここは少々強引だが、技術の秘匿というところで納得してもらうしかない。


「そ、そうですよね。あまり技術をおいそれと教えるわけにもいきませんものね……。平均的な収獲数は日に五羽前後なのですが……。」


 ん、そうなのか。そりゃやっぱり異常と思われるよねぇ。

 その後、三十羽すべてをネックレスから取り出した。

 いつもクール顔のシルビアさんの表情が引きつっていた。申し訳ない。


「これで全部です。」


「ありがとうございます。早速査定をいたします。ただ、差し支えなければ明日のご連絡でもよろしいでしょうか? 何分数が多いものですから……。」


 そりゃそうだ。いきなり数十羽取り出して、さぁ金くれとは乱暴が過ぎるよね。幸い資金には困ってないから快諾する。


「はい、それでお願いいたします。大量に押し付けたのはこちらですので……。一度、明日のお昼過ぎあたりに顔を出しますから、その時進捗を聞かせてください。」


 暗に明日でなくても大丈夫だと促しておく。軽く一週間分を一気に渡してしまったのだ。他の作業を優先してもらっても構わない。幸いこの世界には冷蔵、冷凍技術が魔道具によって確立されていて、低温保存できるのだから。

 まどうぐのちからってすげー。


「わかりました。明日お待ちしております。」


 一連のやり取りを終わらせた僕は冒険者ギルドを後にする。

 さて、明日はなにをしようか。

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