第5話 世界を股にかける巨大組織は
ようやく、ようやく着いたぞ。長く苦しい時を乗り越えついに!
『いやお前、ただ服屋からここまで歩いてきただけじゃねぇか……。』
うるさいなぁ、あれは試練だったんだよ。魔窟を乗り越えてきたんだよ!
僕は今冒険者ギルドの目の前に立っていた。扉の上部に、ドラゴンを真ん中に挟んで左に交差させた剣、右に盾を模った看板が掲げてある。
僕は扉を開け中に入る。
正面に見えるのはカウンターかな。そこに窓口がいくつかあるようだ。
右のほうに目を向けると食堂が見えた。ギルドに入る前に隣が食堂になっているのは見ていたけど、中で繋がってたのか。たぶん食事より酒の注文が多いんだろうなぁ。昼間からでも酒が並んでいるテーブルがある。
カウンターに向かって歩き出すと、僕に視線を向ける人が多く居た。
興味を失ってすぐ目を離す者、物珍しいものを見るような目で追いかけてくるもの。あとなんか獲物を見つけたような嫌な視線もあるな。そういう目ってわかるよ? いや、バレてもいいのかもしれない。そういうの偶にいるよね。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが。」
僕はカウンターで書類に目を向けていた女性に声をかけた。
「はい、冒険者登録です――、ね。」
僕を見て固まっていた。ハッ!? この流れつい最近あった気がする!
僕は、迫りくるであろう脅威に身構えた。しかし、そのあと来るであろう衝撃は発生しなかった。
いまだに硬直しているお姉さんに声をかける。
「あの、すみません。」
「ハッ!? 失礼しました。冒険者登録ですね。」
おぉ、急にキャリアウーマンみたいになった。仕事人の顔だ。
「まず冒険者についての説明をしたいのですが、既にご存じの方は省略できます。どうされますか?」
お姉さんは書類を出しながらこちらに聞いてきた。
「詳しく知らないので、説明をお願いします。」
「わかりました。」
受付のお姉さんが説明をしてくれた内容は以下の通りだ。
まず、冒険者と冒険者ギルドの歴史を簡単に教えてくれた。面倒なら飛ばすと言ってきたけど、面白そうだったので聴くことにした。
この世界は、危険な動物や凶暴な魔物が多く、人々の行動は制限され、世界はなかなか発展しなかった。
いつからかその非力な人々に変わり、腕に自信があるものが率先して討伐を行ったり、村から村、町から町などへ行商を担う人の護衛をする者が現れたという。
彼らは特に報酬をもらうでもなく、もらったとしても微量な金品や食料のみ。純粋な善意で人々に手を差し伸べていた。
この活躍が人々の暮らしを向上させる事に繋がり、いつしか彼らに敬意を込めて冒険者と呼ぶようになる。
しかし、ほぼ慈善活動として行っていた彼らとは別に、その名声にあやかろうとした荒れ暮れ者たちが現れる。彼らは報酬と称し、仕事内容よりも明らかに高い金品や娘の身体などを要求するようになり、次第に人々との軋轢が生じていった。
人々と冒険者との不和が広がることで、再び魔物たちの脅威が広がることを懸念した冒険者達自身が、冒険者の管理をするようになる。冒険者の功績や人格、評判に応じたランクを付けることで、仕事の斡旋、報酬の設定を行った。この活動が功を奏し、優秀な人材は英雄視され、悪辣な者は淘汰されていった。これが冒険者ギルドの始まりとされる。冒険者ギルドは世界中に広がり、いまや国から完全に独立した巨大組織へと成長した。
さて、ここからが本題のようだ。
冒険者には冒険者ギルド証が発行される。通称、冒険者証と呼んだりギルドカードなどと呼ばれる。これが身分証明証となり、国境の越境が可能となる。また入市税などの減税、その他にも減額措置が施され、依頼の遂行に伴う越境、都市の入場であった場合は、原則免税となる。
カードの発行は初回が千セル、再発行は一万セルで、ランクや今までの活動がリセットされるという。
冒険者のランクは現在、S、A、B、C、D、E、Fの七段階で構成されている。
最低ランクはF、最高ランクがSだ。
そしてそのランクに応じた難易度により依頼が分けられている。
依頼には成功度に応じたポイントが与えられる。一定のポイントを迎えると、冒険者ランクが上がる。失敗した時は悪質な場合を除き、減点されない。ただし、失敗時の違約金は別途発生する。
冒険者は自身のランク、あるいは所属パーティのランクと一つ上、そして一つ下の三段階の依頼を受けることができる。例えば自身のランクがDの場合、Dランクの依頼はもちろん、CランクとEランクの依頼を受けることができる。パーティの場合も同様である。
ただし、注意事項として、自身の上位ランクの依頼を受けて失敗した時、罰金の他、ポイントの減少が発生する。ポイントがマイナスになった場合、ランクの降格がある。最悪の場合は冒険者資格が
そして下位の依頼を受けた場合、成功報酬が二割減、ポイントは発生しない。
依頼の中には緊急依頼があり、一定の基準を以て冒険者が招集される。招集されることになった冒険者に、原則拒否権はない。拒否した場合、ポイントの減少、ランクの降格がある。
また、指名依頼制度があり、一定の評価を受けた者へ優先的に依頼が割り振られることがある。拒否した場合の罰則はないが、極力受けて欲しいという。
「長々と説明してきましたが、結論としては堅実に依頼をこなせば正当な評価をしますので、世の為人の為に頑張ってねってことです。何か質問はありますか?」
「ざっくりまとめましたね……。」
「契約書類にも一応書いてありますが、読めない、理解できないという人が多いですから。」
「登録の試験みたいなものはないんですか?」
「特にないですね。来る者拒まず去る者追わずが組織の理念です。腕っ節ばかりが全てでもないですし。ただし、除名処分を受けた者はなにがあっても手を差し伸べません。助けて欲しければ依頼を出してください。」
客としてなら相手をしてやるってことね。
「あぁ、あとギルドの建物内で無闇な争いはやめてください。特に刃物を持ち出した場合は即刻除名処分とします。それぐらいの自制心は持っていて欲しいです。」
「わかりました。こちらからは特にありません。」
「では、こちらにサインとカード発行代の千セルをお願いします。それとも代筆しましょうか?」
「いえ、書けますよ。」
そう断りを入れて契約書にサインする。
よかった。話す、読むとくれば書くこともできるだろうと思って断ったけど、長年使ってきたかのように滑らかにこちらの文字で記入ができた。
サインした書類と、銀貨一枚をお姉さんに渡す。
「はい、ありがとうございます。カードを発行いたしますので、少々お待ちください。」
お姉さんは書類を受け取ると、奥に下がった。ん? なんかお姉さんの歩みが弾んでる気がする。気のせいかな。
待つこと数分、お姉さんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが冒険者証となります。」
お姉さんが持ってきたカードは灰色の枠に白無地だった。
「最後にこのカードにあなたの血を一滴つけていただきます。これでこのカードがあなたの所有物であることが確定されます。このカードは本人以外は使えません。もしギルドや町の門にある魔道具にかざしたのが本人以外であった場合、カードが赤く光り、カードの情報、機能が失われます。その後、身柄を拘束いたしますのでお気を付けください。」
生体情報が登録されるのかな。拘束されたら碌なことにはならないだろうね。
無地のカードとともにまち針のようなものが渡された。ふむ、これで指先を刺して血を出せばいいんだね。
……でもなんだろ、なんかこの針嫌だな。感染症に拒否感を芽生えさせた? 確かに衛生面がよくわからないけど、僕ってこんな潔癖だったっけ? まぁいいや、と思い口で指先に小さく傷を創る。その時お姉さんがびっくりしてた。ごめんね。
滲み出てきた血を受け取ったカードに付ける。するとカードに血が吸い込まれていった。おぉ、面白い!
血が吸い込まれた場所を見ていると、カード全体が淡く輝いた。輝きが収まると、表で見た看板と同じく交差された剣、盾、その真ん中にドラゴンが描かれていた。裏は無地のままだ。
「少し魔力を流すと無地の面にあなたの情報が現れますよ。」
なるほど、ちょっと魔力を流してみる。すると、無地だった面に文字が浮かんできた。名前、ランク、そして称号。称号? なにこれ?
「この称号ってなんですか?」
「それは一定の功績を修めた者、または同じ種類の依頼を一定期間以内に一定以上行った場合に称号が追加されます。有名なのがドラゴンバスターですね。あと依頼関係の称号は所持していると指名依頼が増えたりします。」
一般的に狩りや討伐を中心に行う者が
また、称号があっても一定期間その系列の依頼を受けないでいると、称号がなくなるという。ここ最近、ずっと森で狩りしてるのに
他にもAランクを超えると
あとダンジョン都市などには
「以上で、冒険者登録は終了です。お疲れ様でした。依頼を受ける場合は、掲示板に張り出されている依頼から選んで、剥がして持って来てください。ただし、常設依頼と書かれているものは剥がす必要はありません。」
「ありがとうございます。」
これで冒険者として世界を旅する第一歩が踏み出せたわけだ。ふふ、楽しみだな。
掲示板を覗いてみようかなぁ。まぁいいや、今日受けるわけじゃないし、明日確認しよう。
本日のメインイベントを終え、宿に戻ろうとする。
入り口に向かって数歩進むと目の前に四人組が現れた。その中で一回り体の大きい男が話しかけてきた。
「よう嬢ちゃん。冒険者登録したのか? どうだ、俺達のパーティに入らねぇか? 手取り足取り冒険者としての基本を教えてやるぜ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら話す男。態度といい、話の内容といい、下心しかないじゃないか。他の連中を見ても似たり寄ったりだな。
「俺達と一緒ならすぐに高ランクに上がれるぜ? なんたって俺らはブロンズランクだからな!」
そう言いながら懐から銅製のカードが出てきた。
「ブロンズランク?」
「あぁ、Cランクになるとカードが変わるんだ。そしてこのブロンズカードこそが、ブロンズランクである所以だ! そこらの白色共なんかとは違うぜ。」
その言葉に周囲が色めき立つ。
「ちっ、たかだかカードが変わったくらいで威張り散らしやがって。」
「でもあいつら、実力は確かだぜ?」
「だが、あいつらランクが上がったばかりだろ? この間までDランクだったくせに。」
なるほど、カードが変わって有頂天になっているのだろうか。受付からの説明が無かったことからも、単なる俗称だと思う。
「申し訳ないけど、パーティに入る気はないよ。他を当たってよ。」
僕は、男達の脇を通り過ぎようとする。
「おいおい、待てよ。まだ話は終わってないぜ?」
男は僕を引き留めようと肩に手を置いた。
手を置かれた僕は咄嗟に男の手を掴むとそのまま男の背後にまわり腕を捻る。
「あだだだだっ!! てめぇ、なにしやがる!?」
「何って、気安く僕に触れないでほしい――、な!」
言葉の途中で細身の男が拳を振り上げて迫ってきた。僕は腕を捻っていた男から離れ、振り上げた状態から殴りつけてきた男の腕を払い、指を伸ばした状態で相手の首元まで突き入れた。あと数センチ押し込めば男の喉は潰れ、鮮血が溢れていただろう。
「なっ!? 速い!」
首元に手を突き付けられた男は冷や汗を流しながらつぶやいた。
「おい見たかよあの
「あぁ、あの身のこなし、ただもんじゃねぇな。」
周囲でこの状況を眺めている人がひそひそと話す声が聞こえる。
「やめてよ。この建物の中で争いごとをしたら怒られちゃうんだよ?」
「てめぇふざけんな! 先に手を出してきたのはそっちだろうが!」
腕を捻られた男は、捻られた腕をもう片方の手で押さえながら、怒鳴りつけてくる。
「最初に手を出したのはそっちでしょ? あーやだやだ、肩に手垢が付いちゃったよ。」
僕は挑発気味に言うと、掴まれた肩を軽く払って見せる。
「このアマァ……!!」
頭に血が上った大男は腰に佩いている剣に手をかける。挑発した結果とはいえ短気だなぁ、と思っていたその時。
「そろそろお止めになってはいかがでしょう?」
底冷えした声が聞こえた。僕達はその声がした方を向いた。
そこにはさっきの受付のお姉さんがこちらに向かってきていた。
うわ、なんか背後に黒いオーラが見える。怖い!
「やべぇ、
「うわぁ、あいつら終わったな。」
周りから憐れむ声が聞こえた。な、なにその物騒な二つ名は!?
ギルドの受付嬢ことシルビアさんはこの界隈で、そしてこの状態は有名のようだ。
なんかあれだけで人を殺せそうだ。
「あ、ああシルビアさん。聞いてくれよ。実はこいつが――。」
「黙りなさい。」
「は、はいぃ!」
大男が声を引きつらせて返事をする。シルビアさんの声にとてつもない重さを感じる。
「まったく、あなた方はもう少し考えて行動してください。せっかくCランクに上がったというのに降格したいのですか?」
「い、いやしかし、今回は――。」
「したいんですか?」
「め、滅相もございません!」
先ほどの勢いはどこへやら、大男はもはや蛇に睨まれた蛙だった。
「今回のことは不問といたします。その腰の剣に手を置いたことも。ですが次は……、ありませんよ?」
背中のオーラがより一層濃くなった気がした。どうしよう、僕が言われてるわけじゃないのに言い知れぬ恐怖を感じる……。
「お、お心遣い感謝いたします! い、いくぞ、お前ら!」
この状況から一刻も早く脱出すべく男たちはギルドを出ていった。
「……さて、アキラさん。」
「はひ!」
あ、変な返事になった。明らかに気が動転してるよ。完全に体が硬直してしまって動けない。実はシルビアさんは金縛りをかけることができるのか?
そんなことを考えていると、シルビアさんがこちらへ手を伸ばしてきた。
や、やばい。消される!
「アキラさん。大丈夫でしたか?」
……へ? どういうこと。僕生きてる? 僕はシルビアさんに頭を撫でられている。
「初日からあんな野蛮人共に囲まれてしまうとは……。お怪我はありませんか?」
「は、はい……。特に、問題ありません……。」
シルビアさんは慈愛に満ちた表情で僕の頭をひたすら撫で続けている。僕の身を案じてくれたんだろうか? ありがたい。でもなんでそんなに口元が緩んでるんですか?
「あ、あの、シルビアさん?」
シルビアさんに声をかけると、我に返ったようで、気を引き締める。直前までの表情が嘘のようだ。
「ハッ!? おほんっ! も、問題ないならいいのです。しかし、先ほどの挑発はいただけません。もう少し自分の身を案じてください。」
「す、すみませんでした。」
「以後お気を付けください。」
「は、はい……。ところでシルビアさん?」
「何ですか?」
「あの、手を……。」
僕は満を持して指摘した。いまだに僕の頭から手が離れていない。
「はい。」
「いや、あの手を……。」
「そうですね。」
「そろそろ宿に帰りたいのですが……。」
「まだ大丈夫です。」
「シルビアさーん!」
それから僕が解放されたのは空が赤く照らされた頃だった。
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