第4話 服飾店に住まう魔物は
翌日、朝食をいただくために宿の食堂に来ていた。
「お待たせしましたー!」
朝から元気なアイサちゃんが僕のテーブルに朝食を持ってきてくれた。
朝食はパンとスープのようだ。
「では、ごゆっくり。」
「ありがとう。」
軽く会釈をするアイサちゃんに感謝の意を伝えると朝食をいただく。
パンは半円形のものを切り分けられたような形状をしている。硬さは日本で売られているフランスパンくらいだろうか。それ単体でも食べられるけど、やっぱりスープに浸すと食べやすい。
そのスープは野菜スープだ。味付けは塩と鶏ガラだろうか。昨日の夕食に出た鶏のガラを使っているのかもしれない。
うん、実に美味しくいただきました。
「ごちそうさまでした。」
僕は席を立ち、近くで食器の片づけをしているアイサちゃんに伝えた。
「はい、ありがとうございます!」
「あ、そうだアイサちゃん。」
「どうしました?」
僕は昨日の疑問を質問してみた。
「昨日の夕食に出た鶏肉って何のお肉なの?」
それを聞いたアイサちゃんは快く答えてくれる。
「あぁ、あれはチキンエクスプレスの肉です。」
「チキン、エクスプレス?」
なんか速そうな名前だ。
「はい! チキンエクスプレスは、ここから東に行った草原に生息してる動物ですよ。この都市の特産品にもなってます。」
へぇ、あんな美味しい鶏肉を生み出しているのが町の外にいたのか。
「カルツォーの鶏肉はうま味が強く、柔らかいって評判なんです。ただ、なかなか捕まえるのが大変みたいですね。」
「そうなの?」
なんだろ、すごく凶暴だったりするのだろうか?
「それが、足がとても速いらしいんです。そのため基本的に罠を張って捕まえるんですけど、警戒心が強くて、見つかりやすい罠だとなかなか捕まらないみたいです。」
なるほど、あんな美味しいお肉ならどんな生き物も黙って見過ごさないよね。生き抜くためが故の身体能力なのだろう。
「わかったよ。教えてくれてありがとう。」
「いえ、どういたしまして!」
そして、食器をまとめたアイサちゃんは、尻尾を揺らしながら厨房へ入っていった。
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朝食を終えると町に繰り出す。今日の目的を果たそう。
まず服をどうにかしないとね。こんな格好のままで戦闘は避けたい。
僕は相変わらず村娘の服装だ。今の状態で町から出ようと思っても、門番を務める衛兵さんに引き留められるだろう。ただでさえ、見た目から幼いと思われがちだから尚更だ。
「あった。ここかな?」
僕は、服飾店らしき店を見つけた。店のドアを開けて中に入る。
「こんにちはー。」
店内を埋め尽くす洋服の数々。品揃えも申し分ないようだ。
ギルドや武器防具を取り扱う店も近いから、旅装なんかもあるだろう。
「あれ? いないのかな?」
店員さんがいない。奥に居るのだろうか。もう一度声をかけると店から女性の声が聞こえてきた。
「はーい。少々お待ちくださーい。」
少し待つと奥から清楚な出で立ちのお姉さんが現れた。
「いらっしゃいま――、ハッ!?」
ん? なんだろ。僕を見て固まってる。
「な、なんて……、なんてことなの……。」
これは一体……? 自分ではわからなかったけど、失礼な態度だったのだろうか。実は貴族御用達で平民お断りの店だったとか?
「あ、あのすみません。実はこの服しかなくて、新しい服が欲しかったのですが……。僕のような者は入ったらダメでしたか……? すみません、すぐ出ていきます。」
僕はこの場から退散しようと入り口に向き直った。その時。
「な、なんて……、なんてかわいい
え? な、なにこの反応!?
僕はその反応に驚きお姉さんの方へ振り返ろうとするが、次の瞬間お姉さんから両肩に手を置かれてしまった。
な!? 今の一瞬で僕に接近してきた!?
僕とお姉さんとの距離は五メートル以上は離れていた。並の人間ではこの間合いを詰めるのはほぼ不可能だ。それ以前に接近してきたという気配すら感じなかった。
僕は、お姉さんの手を振り解くべく
「この! は、離せ!」
このままでは何されるかわからない。この国の社会情勢もまだ理解できていないのだ。もしかしたら立ち入り禁止の場所に踏み入れてしまったかもしれない。こうなったら一か八か
そう決意した時、お姉さんが顔を近づけてきて――。
頬擦りされた。すごくすりすりされてる。
「え、なに!?」
僕は混乱した。一体何が起きているのだろう。
「あぁ~、すべすべよ! そしてもちもち! この娘は天使だわ! 私はあなたに会うために生まれてきたのよ!」
益々わからない! 僕の命は助かったのだろうか。死の危険はとりあえず去ったか?
「もう食べちゃいたいくらいだわ!」
ダメだ! 助かってない!
『ラ、ランド! 助けて!』
僕は思わずランドに助けを求めた。ランドでは実体も無いため、助けを乞うても意味がないのだが、この時はかなり切羽詰まっていた。
その助けを求められたランドはというと。
『いや、まぁ……、大丈夫じゃね?』
『なんでさ!? この薄情者!』
『無理言うなよ。俺様は実体が無いんだぜ? それになんつうか、お前に似てるし。』
僕がこんな危険人物に似てるだって? どこが!?
『アキラがアイサって子供に対して向ける目に似てんだよ。』
『ぼ、僕がこんなのと同類だって? 待ってよ! 確かにアイサちゃんは天使だし、目に入れても痛くないだろうし、天使だし、あの耳と尻尾をもふもふしたいし、天使だし! でも!』
『でも、じゃねぇよ! 天使が三回も出て来てるじゃねぇか! それだよ! その変な思考が似てんだよ! こいつも天使言ってるし……。』
「うふふふ、ふふ。さぁ、こっちにいらっしゃい。素敵なお洋服を選んであげるわ。あ、お名前はなんていうの? 私はイザベラ、よろしくね。」
イザベラと名乗ったお姉さんにズルズルと店の奥へと引きずられていく。
「うぅ、死へのカウントダウンが始まった……。」
「こんなにかわいいのに殺すわけないじゃない! まずはその服を脱がすわね。」
抵抗する暇もなく僕の一張羅が剥ぎ取られてしまった。うわ、やだ。すごく恥ずかしい!
滅多なことがあっても動じない自信があったのに、もはやパニック状態だ。
「やだ、なにこのパンツ。見たことない形状だけど女の子が穿くようなものじゃないわね。いけないわ! すぐにかわいいものに変えましょう!」
「ぱ、パンツはダメ!」
パンツだけはダメだ! 最後の砦は死守せねば!
「何言ってるの。確かにこのパンツは高価かもしれないわ。この紡績技術や縫製、染色は目を見張るものがある。でもだからってこんなもので妥協しちゃダメなのよぉ!」
抵抗も空しく、ついにパンツをずらされてしまった。終わった。東雲晃の冒険はここで終わってしまった。
「な、なによこれ……、そんな……。あなた、男の子だったの……?」
「そうですよ! バカ! なんてことするんだ!」
「そんな……、こんなにかわいいのに女の娘じゃないなんて……。」
さっきの勢いはどこへやら。完全に何かが萎れて地面に手をついてぶつぶつとつぶやいている。
「お、男……、なぜ……。」
「僕は男ですよ! 普通に冒険者としての服を用意してください!」
僕はその隙にずらされたパンツを直し服を着直す。
とりあえず本意ではないが、目的のものを買って出ていこう。もう二度来ないぞ!
しかし、イザベラさんの脅威はこれで終わらなかった。
「ふ、ふふ、うふふふふ。こんなにかわいい娘が男の子のはずがないわ。あなたは女の娘なのよ!」
「いやだから、僕は男の子であって女の娘じゃありません!」
「むしろ男の子でも構わないわ! 今日から女の娘になればいいのよぉ!」
「そんな強弁いらないよ! う、うわ来るな! い、いやぁぁぁ!」
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それからの記憶は曖昧だ。女性もののパンツを穿かされた気がする。なにかふりふりのドレスを着させられた気がする。なんかもう、めちゃくちゃにされた気がする……。ランドはもう何も言ってこないし。人でなしだ。くそぅ、人じゃなかった!
「しくしく……。」
僕は今椅子に座り、両手に手を当てて泣いている。
近くでは、なぜかつやつやしたイザベラさんがいる。
今僕の服装はゴスロリだ。なんでこんな服があるかわかんないけど、チャイナドレスが出てきた時点で考えるのをやめた。
普段からせめて平時は男らしくしようと思ってたけど、着せ替え人形と化してる最中に、なんかもういいかなって思いが芽生えた自分に気が付いて本格的に目が死んでいたと思う。
むしろ、変に女の娘扱いに慣れていたのが災いした気がする。
「ふぅ、ごめんなさいね。なんだか気が狂っていたようだわ。お詫びに今回あなたに着せたいくつかはプレゼントさせてもらうわ。」
「いや、はい、もうなんでもいいです……。ていうかそもそもこんな服じゃなくて冒険者としての丈夫な服が欲しかったんですけど……。」
「え!? あなた冒険者にの!?」
「いえ、これからなるんですけど。」
「そんなの危険だわ! ダメよ! 絶対ダメ!」
いやあなたに否定されても困るんだけど。
「あの、僕なにか仕事があるわけでもありませんし、ですから……。」
「何もないならここで暮らせばいいわ!」
「話聞けよこらっ!」
僕は世界を回りたいの! こんな変態と一緒に生活してる場合じゃないんだ!
「で、でも外は危険な魔物もいるのよ。あなたは……、名前なんだっけ?」
この人名前も知らない少女、もとい少年に好き勝手やってたんだよね……。
「……晃です。」
「アキラちゃん、外には危険な魔物もいるのよ。そんな危険な場所にわざわざ出向くことはないんじゃないかしら?」
むしろあなたが危険です。
「いえ、僕にはやらなければいけないこともあるので、遅かれ早かれこの町は出ていかないといけません。ですから、冒険者になるという話は曲げられません。」
「だけど! いえ、そうよね……。ごめんなさい、自分勝手なことしてはダメよね……。」
散々僕にしてくれやがりましたよねという言葉は何とか飲み込んだ。危ない。これ以上話を拗らせるわけにはいかない。
「わかったわ! この店一番の服をあなたに譲るわ!」
「譲る? いえ、ちゃんと買いますよ。ただでさえ沢山の服を貰うっていうのに、その上とっておきなんて言ったら高いんじゃないんですか?」
「いいのよ、あなたに着て欲しいわ。むしろあなたじゃなければダメね。」
そう言って取り出してきた服の第一印象は、忍者装束のようだった。
「あなた、近接戦闘得意でしょ? それも軽快に動き回るような。」
「そうですけど……。なぜそんなことが分かったのですか?」
すごいなこの人、ただの村娘状態だった僕のどこを見てわかったんだろう。
「それはまぁ、身のこなしかしらね。あと実際に隅々まで見させてもらったし? よく鍛えられてたわ。」
そんなことで見抜くとは……。ただ欲望に塗れていたわけじゃなかったのか。僕を捕まえたときの動きといい、実はこの人かなりの手練れかもしれない。清楚で手練れ。ただし、あの性格さえなければな……。そこ! 口元緩んでる!
「おっと。とにかくあなたにはこの装備がいいと思うわ。服はシルククロウラーの魔糸、腕や脛なんかはブラッドグリズリーの革。あとは、胸に鋼鉄を使って補強しているくらいだから、動きはそれほど阻害するものじゃないと思うの。まるであなたのために用意されたと思わない?」
「それは確かに運命のようなものが無いとは言えませんが、なんでまた服飾店で防具売ってるんですか?」
「あら、服屋が防具を売ったらダメなんて決まりはないわよ? むしろ他の防具よりは防具らしさが減っているからこっちの領分じゃないかしら? というか、私が作ったのよね。」
なんでまたこんなマニアックな装備を作ったのか。なんとなく死蔵してた感じは受けるけど、自分の戦闘スタイルに合っているのでいいと思うことにする。
「わかりました。でも、ちゃんとお金は払います。いくらですか?」
「本当にいいのに……。それなら、一万セルでいいわ。」
この服が一万セルは安すぎじゃないだろうかとも思うが……、この店で一番じゃなかったの?
これ以上言い争ってもしょうがないと思い、銀貨十枚を渡した。
服も、あと下着ももらったからとんでもなく安く済んでしまった。この店潰れないかな……?
「確かにいただいたわ。これから冒険者ギルドに行くのかしら? だったらここでこの服に着替えちゃいましょ。ついでにあなたの身体に調整するわ。」
「わかりました。」
そう言って服を着替える。イザベラさんの前だけど、もはや知らない中じゃないので構わない。非常に不本意な経緯ではあったけど。……イザベラさんちょっと鼻息荒いよ?
しばらくして、裾と袖の調整が終わる。
「よし、これでいいわ! うん、よく似合ってるわよ。さて、この服はどうしましょうか。」
イザベラさんは数々の着せ替え衣装、じゃなくて僕の服に視線を送る。
「あぁ、このポシェットに入れちゃうのでいいですよ。」
そう言うと次々とポシェットの中に服を入れていく。と、見せかけて行き先はネックレスだ。
「あら、それアイテムバッグだったのね。うーん、でもそれだと戦闘中に困るわね。あ、それじゃこのバッグを使って。見た目も違和感が無くなるし。」
イザベラさんが渡してきたバッグは特に特徴のない物だった。強いて言うなら体に密着させられることだろうか。
「そのアイテムバッグだと肩紐の部分が弱そうだしね。その点こっちなら幅広に作ってあるから丈夫よ。」
「すみません、ありがとうございます。あまり売り上げに貢献出来てませんけどいいんですか?」
そう言いつつも服をしまい込んだことになっているポシェットをバッグにしまう。
「何言ってるのよ。私としてはもう心が幸せで溢れているわ、うふふ。」
……そうですか。それでいいなら何も言いませんよ。
「では、ありがとうございました。こんないい装備まで用意してもらって。」
「えぇ構わないわ。また来てね。」
「あぁ、まぁ、はい……。」
二度と来るものかと最初は思ったけど、どの服も品質がいいので結局歯切れが悪くなってしまった。悔しい。
僕は店を後にする。ようやく冒険者ギルドに向かうことが出来る。
ただ服を買おうとしただけなのに、疲労感がすごい。
もう帰って寝たい衝動に駆られつつ、ギルドへ足を運んで行った。
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