第3話 最初の町の衝撃は
青い空、暖かな日差しを受ける草原と、少々離れた場所に森が見えるそんな一本道。そこを軽装、というよりも村娘のような服を纏っていると言った方が良い。そんな服装で歩く少女? がいた。そうです、僕です。晃です。
えぇまぁ、好き好んでこんな格好してるわけじゃないですよ? これしかないんですよ。百歩譲って女性ものの服でも構わないけど、せめて旅装は用意してほしかったよ女神様。いまいちこんな服を渡しつつ、あんな何もない所に放り出された意味が分からない。
たぶん町までは制服のままで行くと思ったんだろう。ちなみに靴は革の靴が用意されていた。まぁこれはローファーのほうが性能がいいから今のところこっちを履いている。
あと鞄も用意されていた。……ごめん嘘。これポシェットなんだ。とりあえず何も持っていないのは不自然だから肩から提げているけど、完全にちょっとそこまで、っていう手軽な装備になっている。それでも腰には護身用を思わせるナイフを携帯している。長物も盗賊たちのものを頂いてきたけど、あまり得意じゃないからね。
そんなところで、この何もない所に不釣り合いな格好で少女っぽい何かが歩いているわけだ。
「かれこれ三時間くらい歩いているわけだけど、代わり映えのない景色にはさすがに飽きるね。」
ついついそんな言葉が口からこぼれてしまった。気まぐれに歩きで町を目指してみたけど、一向にたどり着かない。
「ねぇランド。あとどのくらいで町に着くと思う?」
「あ? そうだな……。町や村を結んでいる街道は馬車で半日とかざらにあるからな。このペースじゃ日が暮れるんじゃねぇか?」
どうやらランドが声を発するとルビーが淡く点滅するようだ。別に心の中で喋ればルビーは点滅しないけど、誰もいないときくらいはこの機能使ってもいいよね。
うーん、そっかぁ。結構離れてるんだね。
「じゃぁ今日中に着けるようにペースを上げようか。」
僕はそう言うと走り出した。
――疾走した。
――爆走した。
……うん、明らかに日本にいた時とは比べものにならないことになってる。異常だ。自動車並みの速度が出てるかも。ジャマイカが生んだ世界最速の男もびっくりだ。
「おー中々
これ以上速いってなんなのさ。この世界の人って地球に比べて基礎能力高すぎない? いや、ランドがおかしいのか。
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太陽が真上まで昇り、そして傾きだした頃、前方に壁が見えてきた。
ようやく町が見えてきたのだろうか。そろそろ人通りも増えそうなため、歩きに戻した。軽装で爆走しているのをなんか見られたくない。爆走少女なんてあだ名とか付けられたくないし……。
それから一時間程して町の門までたどり着いた。
近くで見ると高い壁が町を完全に囲っているようだ。
門の前では検問が行われているのか、十数組が並んでいた。僕はその後ろに並んだ。最後尾の人が僕を見て一瞬驚き、そして訝しげな顔を見せたけどすぐに前を向き直った。
うん、まぁこんな格好で外は出歩かないよね。
そこから三十分程度で僕の番になった。
「こんにちは。」
僕は衛兵と思われる軽鎧姿の若い男に声をかけた。男は僕の姿を見て驚きを隠せないようだ。
「き、君、見ない顔だね。そんな恰好でここまで来たのかい?」
「えぇ、途中で服を汚してしまって。幸い町が近かったので、着替えたんですよ。着替えはこの中に。」
そう取り繕うように説明して、肩から提げているポシェットを軽く叩いた。
「えっ、それってもしかしてアイテムバッグかい? 結構珍しい形してるね。」
「はい、母の形見なんです。」
「そうなのか……。あぁいやすまない。ところで身分を証明できるものはないのかな?」
「すみません。辺境の村から出てきたばかりでまだ身分を明かせるものがないんです。この町で冒険者登録をしようかと思いまして。」
僕はランドから町に入るうえでいろいろと情報を仕入れた。
まず、身分証明となるもの。これは市民カードや冒険者証などがあげられる。魔法技術があるために大きな町では市民カードが発行されている。また、冒険者証に関しては国境を隔てずにどこでも利用できるけどここでは割愛するね。
次にこの服装について、いくら身分を誤魔化したところで服装の不自然さまでは隠せない。亜空間にしまいこんでいるにしても、まさかネックレスに入れましたなんて口が裂けても言えない。そんな希少なアイテムが知られれば誰に狙われるかわからない。ただでさえ宝石が埋め込まれてるんだからなおのこと。
そこで登場するのがアイテムバッグ。アイテムバッグはその見た目以上に物が収納できる。小さいものは馬車一台分。大きいものだと貴族の邸宅サイズまで様々だ。時間停止機能は無く、もちろん生き物も入らない。とはいえこの便利アイテムもそうそう数があるわけでもない。しかし、市井の人間が持っていても形見であったり家宝であったりとなんとか誤魔化せる。
この辺で何とか衛兵さんには納得してもらおう。
「そうなんだね、わかった。今回の入市税は五千セルもらうよ。ごめんね、規則なんだ。冒険者証を見せてくれれば次からは千セル、依頼などで町に入る場合はそこの魔道具に
へぇそんな便利なものがあるんだ。ICカードみたいだね。そう思いつつ銀貨を五枚渡した。
この世界で使われている通貨単位は「セル」。流通している貨幣は銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨の六種類だ。それぞれ一枚の価値は円換算で銅貨が十円、小銀貨が五百円、銀貨が千円、小金貨が五万円、金貨が十万円、白金貨が一千万円となっている。物価は大体日本の半分。
ちなみに白金貨は大口取引のために使われることが多く、一般にはそれほど流通していない。この白金貨、プラチナじゃなくて
「……うん、確かに銀貨五枚だね。では、ようこそ貿易都市カルツォーへ!」
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門をくぐるとそこは中世ヨーロッパの町並みが再現されているかのようだった。地面は石畳が敷かれ、家は基本的に石造り、ところどころ木造の家も見られる。
少し歩くと屋台街だろうか。いい匂いが漂ってくる。僕は串焼きを売っている屋台に顔を出した。
「おじさん、そのお肉はなに?」
「おう、これはファイトラビットの肉だ。腕肉がお勧めだぞ。鍛え抜かれた腕の割に肉は筋張ってなく程よい弾力だ。ここ最近、安く大量に仕入れることが出来てるから安くするぞ?」
腕肉? ウサギの腕肉ってそんなにいいのかな? 値段も元を知らないから何とも言えないけど…。
「それじゃぁその腕肉の串一本ちょうだい。」
「あいよ。百五十セルだ。」
値段を提示された僕は銀貨一枚を出し、お釣りをもらう。
うーん、お金が嵩張るね。日本のようにはいかないか。
こぼれそうになる銅貨と小銀貨をポシェットに入れると見せかけてネックレスに収納し、串肉をもらう。腕肉なのに大きい。
「ありがとう。」
「おう、また来てくれよな!」
屋台のおじさんと別れて串肉を頬張る。
うん、おじさんの言った通りだ。肉は筋張ってなく、程よい硬さで美味しい。他の部位も食べてみればよかったかな?
串肉を食べながら今日の宿を取るべく目的地に向かう。さっき、衛兵さんに聞いたところ「若草の香り亭」という宿がおすすめとのこと。
屋台町を抜けると噴水広場に出た。おお、結構大きい噴水がある。どうやって水を持ち上げてるんだろ。やっぱり魔法かな?
「えーっと……。さっきの門が南門で、北にずっと来て中央の噴水広場。そこから東に延びる道をちょっと進んだ左手……。 あ、ここだ。」
建物の看板に「若草の香り亭」と書かれている。
そう、字が読めるんだよね。しかも現地語で。僕はどうやら知らないうちに現地語を話せるし、文字が読めるようになっていた。まぁ十中八九女神様の仕業だよね。ありがたいことだ。
僕は、宿の扉に手をかけて中に入る。扉に備え付けられた鈴の音が心地良い。
「いらっしゃいませ!」
元気な声が耳に入ってきた。宿の奥を見ると赤髪の女の子がいた。十歳くらいだろうか。彼女が声をかけてきたのだろう。
「ご宿泊ですか?」
ぱたぱたと駆け寄ってきた女の子が接客してくる。だけど僕は今そんなことを気にしている場合じゃなかった。
女の子の頭に見える三角形が二つ。こ、これは!?
そして彼女の裏で動く影。僕は恐る恐る彼女の後ろに視線を合わせた。彼女の裏でゆらりと揺らめく物体。な、なんてこった!
そう! 彼女は! 猫耳しっぽ幼女!
ありがとう異世界! ありがとう女神様!
僕は目の前に天使を遣わしたもうたことに心から感謝した。
「ど、どうされましたか?」
はっ、ダメだ。僕は感動に打たれた状態から覚めた。途中どこかから『ロリコンかお前はっ。』っていう言葉が聞こえてきた気がしたけど気のせいだ。かわいい子は保護対象なのだよ。改めて彼女を見る。うん、かわいい。僕はもふもふしたい衝動を何とか抑え、心配そうに声をかけてくる彼女の質問に答えた。
「ううん、なんでもないよ。部屋は空いてるかな?」
「はい! おかーさーん! お客さんだよー!」
僕の用件を聞くと奥に消えていった。母親を呼ぶらしい。
しばらくすると先ほどの天使、もとい女の子と母親らしき女性を連れてきた。ここの女将さんになるのかな? この人も猫獣人だけど……。黒猫? 顔の形や体毛の獣率が高い。はて?
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですね。お一人様一泊二食付で二千五百セルです。昼食を摂られる場合は別途料金を頂きます。また、お湯は一桶百セル、ランタンの貸し出しは二百セル、燃料の補充は百セルとなっております。」
「あ、はい。すみませんが、とりあえず十日間いいですか? ただ、他のサービスはその時払いでもいいでしょうか?」
「はい、構いませんよ。では十日分で二万五千セルになります。」
僕は、銀貨を二十五枚出した。女将さんが銀貨を数え終わるのを待ち、気になったことを質問した。
「すみません、女将さん。失礼な質問だと思ったのですが、その、女将さんとその子は、えっと……。何分獣人の方を見かけるのが初めてでして……。」
僕は不愉快に思われることを考えたが、抑えきれず恐縮そうに質問すると、女将さんはなんでもないように朗らかに答えた。
「ああ、この子は私と人族の夫との間に生まれた子なんです。かわいいでしょ?」
「はい! 天使のようなかわいさです!」
おっと、つい口を衝いて言葉が出てしまった。女の子はみるみる赤い顔になってしまった。かわいい。
「ふふ、ありがとうございます。では、部屋の案内はこのアイサに任せます。アイサちゃんよろしくね。」
「は、はいぃ~……。」
真っ赤な顔で返事をするアイサちゃん。頬に手を当てて体をくねらせる。しっぽをくねらせる。耳がぴくぴくしてる。僕はアイサちゃん保護活動のリーダーになります!
その時頭の中で、溜め息が聞こえたような気がした。
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「お部屋はここになります。夕食時になりましたら一度お声掛けします。それでは!」
しばらくして復活したアイサちゃんに部屋を案内してもらった。角部屋のそこはこじんまりとした部屋だった。小さな机と椅子が一脚、そして部屋の半分を埋めるベッド。うん、この狭さがちょうどいい。窓を開けると下に先ほどの通りが見える。
僕がベッドに腰掛けるとランドが話しかけてきた。
『さて、部屋を確保できたわけだがこの後どうするんだ?』
『今日はとりあえずここまでだね。明日になったら冒険者ギルドに行って冒険者登録をしよう。――の前にこの服をどうにかしないと。』
さすがにこのまま冒険者として活動するのは不味い。
そう思いつつ、ベッドへ横になった。
『とりあえず、夕食までまだ時間があるから昼寝させてもらうよ。昨日の今日で碌に寝てないからね。』
あいよ、と答えるランドの声を聞きつつ眠りに
もちろん夕食をしっかり頂いた。あのスープに入っていた鶏肉は絶品だった。今度聞いてみよう。
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