第2話 少女のような少年の実力は
僕は、目の前にいる盗賊たちに声をかけた。
「ねぇお兄さんたち。あまりそんな獲物を見つけた獣みたいな顔するもんじゃないよ? 僕だからよかったけど、普通の女の子だったら怯えちゃうよ。」
僕の言葉に一瞬盗賊たちが呆けた顔をした。しかし次の瞬間、一斉に腹を抱えて笑い出した。
「ギャハハハッ! おい聞いたかよ。こんな状況でお説教だとよ!」
「まさか俺達にそんな忠告してくるなんざ思いもしなかったぜ!」
「そりゃ手厚くもてなしてやらなきゃな! ギヒャヒャヒャッ!」
なにか面白いことでも言ったのかな? せっかく注意してあげたのにひどい話だ。
そんな不満そうな顔が出ていたのだろうか。お頭と呼ばれていた男が口を開いた。
「まぁまぁおめぇら、その辺にしとけや。くくく、なかなか見上げたやつだ。こんな状況下において俺たちに説教垂れるたぁ中々だ。」
「どういたしまして。」
素直に礼を言った。
盗賊の頭はフッと笑ってから続ける。
「それにしても今のお前さんもそうだが、あんな木陰で無防備晒してるたぁなかなか肝が据わってるじゃぁねぇか。いいとこのお嬢さんか? 上等な服着てよ。なんで男の服着てるかはわからねぇが……。お付きの人もいねぇのに何やってんだか。」
まぁおかげでいい拾い物したんだがな、と笑う頭。
無防備にしていたのは否定できない。でもこれ男装じゃないんだけどな……。
僕の今着ている服はいわゆる学校指定の制服だ。スラックスにブレザー、ネクタイといった今時の仕様になっている。
「そうそう、よくわかってるじゃん。だからさ、そろそろこの縄解いて欲しいな。家に帰らないとお母さんに怒られちゃうよ。」
僕はそれとなく話に乗ることにした。
「ハッ! 俺達がそうやすやすと家に帰すと思ってるのか? 足の縄くらいは後で解いてやる。お前さんはちょっとここでこいつらの相手をしてやればいいんだ。まぁその後売っちまうんだけどな。」
「相手?」
「ああ別に何かしてくれってわけじゃねぇ。ただちょっと股開いてじっとしてりゃいいんだ。後はこいつらが勝手に動くからな。気をしっかり持たなくてもいいぜ? その手の趣味がある奴で高く買ってくれるのもいるからな。」
ふぅ……。こいつら完全に僕で性欲の処理をする気だ。そして気が済んだら売り払うってことね。その手の趣味っていうと、少女趣味か何かかな? 世界を超えてもロリコンっているんだねぇ。
「それは困るよ。僕だって守りたいものはあるんだ。うっかりその真ん中にぶら下げている御大層なものを蹴り潰しちゃうかもね?」
「ハッ、強情な。そんな心配しなくていい。こっちには隷属の首輪があるんだ。おい、首輪持ってこい!」
へい、と返事をした男がひとり部屋を出ていく。そんなものでどうしようっていうんだろ? あれかな、異世界御用達の奴?
『ねぇランド。隷属の首輪って何?』
『ああ、隷属の首輪ってのはな、奴隷に付けるもんだな。それを付けられたら最後、ご主人様に絶対服従ってやつさ。主人の命令に背いたり、逃亡、抵抗なんかしたりと、主人の意に沿わない事したら首が締まるんだったかな。最悪それで窒息死するらしいぜ。主人を殺したら死亡は確定だな。』
うへぇ、やっぱり。それは付けられるとまずいな。抵抗できなくなったらもうどうにもならない。
『おい大丈夫か? いざとなったら力の出し惜しみしてる場合じゃねぇぞ?』
『まぁ大丈夫だよ。なんとかするよ。』
僕がランドに説明を受けていると、先ほど出て行った男が戻ってきた。
「お頭、持ってきやした。」
「おう、じゃあ早速そいつをその気丈なお嬢様に付けてやりな。」
「へい! へへっ、抵抗すんじゃねぇぜ。うっかり傷付けちまうかもしれねぇからな。」
その男は腰につけていたナイフをちらつかせながら首輪を持って近づいてくる。あれが隷属の首輪か。意外にシンプルなデザインなんだね。
それにしても脅しのつもりだろうか? ナイフと首輪を持っちゃって、両手が塞がってるじゃないか。僕程度どうってことないってことかな? その油断が命取りなのに。
盗賊が近づいてくると、何かを見つけたようだ。目線の先を追うと僕のネックレスを見ている。
「お……? お頭! こいつ高そうなネックレス付けてやすぜ!」
男は僕のシャツから覗く思わぬ宝に喜んだのか、無警戒にも頭の方を振り向いて報告した。
僕は、この隙を見逃さず後ろ手に縛られた腕をバネにして両足で蹴り上げる。
「おい前見ろ!」
頭の忠告も空しくちょうどこちらに向き直った時、僕の両足が男の顎を打ち上げそのまま体を浮かせた。
僕自身も浮き上がった状態で、男の手から離れたナイフを手で掴み取ると素早く手足を縛っていた縄を切った。これで手足が自由に使える。
着地と同時に態勢を整え盗賊達の方へ意識を向けるが、彼らの視線は驚きの表情を浮かべ、斜め上を向いていた。
僕も気になり上に目を向けると、そこには天井に頭をめり込ませた男がいた。先ほどまで僕の近くにいた男だ。男の手足は力なく垂れ下がっている。
「あちゃー、ランドの力が発揮されてるねぇ……。そこまでの威力で蹴り上げたつもりじゃなかったんだけど。ていうか普通無理だよあんなの……。」
「てめぇ! 何しやがった!」
僕の言葉に我に返った頭が叫ぶ。すると他の連中も我に返ったのか、各々臨戦態勢をとる。
「何しやがったって言われてもなぁ……。」
何したも何も蹴り上げたとしか言えない。強いて言うならばランドの影響で力が増したってことだろうか?
「ちっ、ガキだと思って油断した。ちょっと外面に傷が出来ちまうが仕方ねぇ。おめぇら! そのガキをとっ捕まえろ! 首輪をつけて大人しくさせてやる!」
「悪いけど子供らしく我儘にさせてもらうよ!」
僕は向かってきた盗賊の懐に入り込むと先ほど手に入れたナイフで男の首筋にナイフを滑り込ませた。すると首から血が噴き出し男は倒れた。噴き出した血は僕の体に盛大にかかってしまった。ナイフを差し込む位置が深すぎた。
「あーくそ! 間合いを間違えた!」
生温い血に濡れたことに憤りを露にしてしまった。冷静にならないと。今でさえいつもと調子が違うのだ。気を落ち着かせないと致命的なミスを犯してしまう。どうやら力だけじゃなく素早さのようなものまで上がっている気がする。手加減なんてことしていられないかもしれない。
「このアマー!」
別の男が剣を振り下ろしてくる。もはや殺す気で来てるじゃないかと思いつつ、僕は少々余裕を持たせて躱し、そして男の首筋にナイフを入れた。
今度は返り血に体を濡らすことなく離脱した。
よし、何とか行けそうだ。そう確信した僕は、立て続けに仲間が殺されて二の足を踏んでいた盗賊達の群れに滑り込んでいった。
その後は一方的だった。盗賊達の懐に体を滑り込ませ、頸動脈に切れ込みを入れる。この繰り返しだ。
そして盗賊達は、頭を残して皆首から血を垂れ流し地に伏せっていた。あとのひとりは天井からぶら下がってる。
「て、てめぇ……、一体何もんだ……?」
頭は立っているのもやっとという状態でそう問いてきた。
僕はその質問に事もなげに言った。
「僕はただの昼寝好きですよ。」
頭の聞いた言葉はそれが最後だった。
・
・
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洞窟の外。朝日が差し込むその場には肉の焼ける臭いと立ち上る煙があった。
結局僕はすべての盗賊を骸に変えてしまった。最初は近づいていた男を人質にとって洞窟から脱出しようと思ってたのに……。予定が大幅に狂ってしまった。
盗賊を始末した後、おつかれさん、とランドから労いの言葉をもらった。
この状況を見ても特に思うことがないということは何となく予想していたけど、なるほど、やはり殺るか殺られるかといった状況はこの世界では多そうだね。
僕は死体の処理をすべく洞窟の外へ死体を運んでいた時、こんなことを聞いた。
『死体の処理は必ずしっかりと燃やしてから骨を砕いて埋めてくれ。そうしないとアンデットとして蘇っちまうからな。』
とんでもないことを聞いた。この死体の数を骨まで燃やせというのだ。自分から蒔いた種とはいえ面倒なことになってしまった。
幸い宝物庫らしきガラクタ置き場に火炎を生み出す魔道具があった。初めて見た。いや、正確には身に着けているネックレス以外で初めての魔道具だよ。
使い方はランドから教わった。魔力を流すと使えるらしい。――って魔力を流すってどうすんのさ! って言ったら体を巡っている魔力を魔道具に集めるイメージをするといいらしい。
そう言われてもまだよくわからなかったけど、血液が体を巡っているという風にイメージしたら魔道具に魔力を注ぐことができた。もしかしたら血管と同じように、体を魔力線的なものが張り巡らされているのかもね。
僕は一体一体死体に火を放った。燃え残りを出すわけには行けないからね。そして骨だけになった死体を砕いてあらかじめ掘ってあった穴に入れていく。
夜中の作業だったため、途中で肉の燃える臭いにつられたのか狼が四頭現れた。でもよく見るとなんか眉間あたりに角が生えてる。
ランドに聞いてみるとホーンウルフっていう魔物らしい。突進からの頭突きというコンボで相手を串刺しにするらしい。
初めての魔物ということで少々興奮しつつもなんなく返り討ちにした。直線的な攻撃ばかりだったので、大分楽だった。この魔物の素材は角、毛皮、肉、そして魔石。
実は対処のしやすさに比べて結構実入りがいいんだって。特に角は薬の材料になるとか。ありがたく解体したよ。
結局魔石って何なのかと思ってたけど、心臓の変わりみたいだね。心臓がなくて、代わりに魔石が胸に入ってた。
そんなこんなで日が昇ってくるときにようやくすべての処理が完了した。火の近くにいたせいか、体に付いていた血糊がもう乾いてしまっていた。気持ち悪い。確か服を女神様からもらってたからそれを着よう。下着も変えたい。そう思い洞窟の中にあった水瓶の水で体を拭いて、着替えをした。
そして現在……。
「ダハハハッ! まぁしょうがねぇよな。服が汚れちまったんだ。新しい服があるだけありがたいと思いな!」
うぐぐ、ランドめ。笑う必要はないと思うんだ。確かに女神様に確認しなかったのはいけなかったけど、まさかこんな服を用意していたとは……。
女神様が用意していた服はワンピース型の服。それを別に用意されていた腰ひもで結ぶようになっている。そう、女性ものだった。下着? ふっ、言わせないでくれよ。涙で枕が濡れる。それよりも上が用意されてないのはそれはそれでどうなんだろ。
一般的と言ってたけど、村娘みたいな服だね。でもなんだってこんな服を選んだのか……。
「なんで、なんでよりによって旅装じゃなくて普段着なんだよ…… ぷっ、くく、ギャハハハッ! ダーッ、ダメだ! 笑いすぎて腹がよじれる!」
「よじれる腹がどこにあるんだよ。ていうか笑いすぎ! もうしょうがないよ、これしかないんだから。ここから町までどれだけあるかわからないけどこれで行くしかないよ。」
盗賊の服はどうしたかって? いやだよ臭いし汚いし。全部燃やしちゃったよ。
「とりあえずご飯食べよう。おなか減っちゃったよ。」
僕は、昨夜討伐した狼肉に洞窟内に保管されていた塩を振って直火で焼いて食べた。味はちょっと獣臭かったけど美味しかったよ。え? 宴会の残り? いやぁ、あれもやっぱり、ちょっと……。食べ物たちには悪いと思うけど、ね?
「さて、そろそろ出発しようか。」
「おう! ようやく旅が始まるんだな! 長かったぜ。ここまで三話あるのに全然進捗がないからな!」
……ちょっと何を言ってるかわからないな。僕ももう歳だろうか。歳は取りたくないよ。
とりあえず洞窟内にあっためぼしいものはネックレスに仕舞った。隷属の首輪だっけ? あれは使うつもりもないから処分したよ。それ以外の武器や防具、調味料関係で使えそうなものは全て仕舞った。
「さて、この先一体何があるのかなぁ……。」
とりあえず以前昼寝した木を目指すことにした。盗賊の頭が散歩に行く程度の範囲なんだから近いだろうしね。そこから見えた道を進んで行くとしよう。
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