僕だけの遊戯
ossowake
第1話 掌の中の冒険
その日、世界は変革を遂げた。まるで、世界の設定そのものを書き換えたかのように、一瞬のうちに。
初めにソレに気づいたのは、いったいどこの誰なのだろうか。果たして、インターネットという仮想的なつながりを得ている我々人類は、その情報をかなりの速度で、それなりの精度で得ることに成功した。国によって、地域によって様々な対応がとられたが、どの国でも、遅くともその日のうちにソレは閉鎖せしめられ、一週間も経てば、やれ地質学者やら、物理学者やらが軍人に連れられ、ソレの中へと入っていった。
まったくの未知の調査というものは、大抵が遅々としたものである。今回のソレも、まさにそうであった。ソレの中では、一部の物理法則が異なる。ソレの中では、時間と共に一部の物質が原子レベルで変化する。ソレの中では、……。
既知であったはずの知識が適応されるのかを調べ、何かを採取し、何かを持ち込み、時には長時間居座って。彼らはただの一歩たりとも、奥へと進んではいなかった。それも仕方がないのかもしれない。一歩踏み込んだそこでさえ、彼らにとっては未知だったのだから。
半年もすれば、地表では見られない生物と遭遇したという報告が上がった。軍人のうちの何人かがけがを負うほどには、その生物は凶暴性と、ふさわしいだけの暴力を持っていた。そして、ちょうどそのころ、ある一人の物理学者から耳を疑う報告が入った。
―――――――――曰く、世界の声を聴いた、と。
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僕にとって、その日はまさに待ちわびた日であった。一年ほど前、世界に現れたナニカ。世界によってダンジョンと名付けられたそれは、まさしく具現化した未知であった。一年をかけ、世界の名だたる学者を集め、実験と調査を重ね、分かったことは『分からない』という事実であろう。秘匿された事実もあろうが、政府からはいくつかの事実が発表されていた。その全てが、分からないことが分かったと、恥ずかしげもなく報告していた。
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ダンジョンについて
1.ダンジョン内では、万有引力をはじめとした一部物理現象がこれまで知られていた事実と異なる。
2.ダンジョン内の物質は、構造解析を行うと地表で見られる土、岩と類似した成分が検出されたが、ダンジョン内では既知の物性を大きく超えた耐久性、靭性等を有する。
3.ダンジョン内に存在する原子は、単位時間ごとに一定確率で類似した異なる原子に変化する。
4.3の変化は、有機物、特に生物に顕著である。
日本政府は、米国、EU、他数十か国と共同で『ダンジョン内で生命体に生じる変化』についての調査を行うことを決定しました。ついては、ダンジョン内で一週間ほど生活し、その変化を報告してくれる方を募っています。これには、5,000,000円ほどの返礼を考えています。希望者は、その危険性を確認のうえ、以下のサイトより登録をお願いします。
なお、この調査の結果得られた情報に関して、秘匿義務を課す場合がございます。義務を放棄された場合、法律で罰せられることとなりますので、その点についてもご留意ください。
―――https://danjon.go.jp
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数万円を払えば、誰でも行ける距離にある未知。それは、否、それこそが、主人公にその姿を重ね、数多の冒険を夢想した彼の、ただ一つ心から求めたものであった。生物として変化する、つまりは、死んだほうがましなことになるかもしれない。その可能性はあらゆる報道で、口を酸っぱくするほど並べられた注意喚起であり、それでもなおダンジョンに向かう者など、未来に絶望したものか、自覚の足りない阿呆か、生来の馬鹿者のいずれかであろう。
彼の場合は、自分の未来の価値を知り、その上で掛け金にできるほどの馬鹿だった。ゆえに、おそらく日本で最も早く、希望を届け出た者となった。
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今、目の前にダンジョンの入り口がある。飛行機に乗り、タクシーに乗り、ホテルで眠れぬ夜を過ごし、そうして今、確かに目の前に、未知がある。
「……佐藤様。佐藤英雄様。お止めになるというのなら、政府としても………。」
案内役の女性が話開けてくる。佐藤英雄。日本一ありふれた名字に、どんなに焦がれてもなれない名前。英雄を憧れる凡人とは、まさしく僕を表していた。そんな聞きなれた、それでいてあまり好きではなかった名前も、今ならば、不思議と素直な心で聞き取れた。
「行きます。」
行こう。今はただ、この興奮と共に。
―――――あとがき
初めまして。このたび、私がこの小説を書こうと思ったきっかけは、私の求めるテイマーもの、召喚士ものの小説が見つからなかったことに起因します。この拙作を目にしていただいた方は、自身の作品を含め、また、テイマーものに限らず、おもしろい作品を教えていただけると幸いです。
追記
初めの五話は、二時間おきに投稿されます。
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