第42話:sHE is a little girl


 繁華街。夜柝市のありとあらゆる欲望の詰め込まれた快楽の都。ただひたすらに陶酔し、貪欲に食い、繰り返し性に溺れる険悪。それがこの場所のすべてだ。


 その一角に、場違いなほど小綺麗なポストモダン風の建造物が建っていた。黒く塗装された煉瓦の外壁に幾何学的な出窓。群青色の合板で葺かれた特異な形状の屋根。

 表に敷設された黒曜石の標石にはこう刻印されている。


 “練導亭れんどうてい


 夜柝市では、名の知れた撮影スタジオだ。モデルやコスプレイヤーに、プロからアマまで幅広く知られる一流のスタジオである。幅広いシチュエーションに対応したセットに加え、特級品の撮影機材を貸し出している。それも、かなりの格安で。


 ただし、夜柝市の定例として『物事には常に二面性がある』というものがある。

 

 此処もその限りではない。練導亭の本業は、性的倒錯者に対する性的サービスの斡旋なのだ。その実態は夜柝市において、“白灯蛾”《シロヒトリ》と対を成す不夜城なのである。


 山中太郎は、その洗礼を存分に受けている最中だった。八島の策、もとい嫌がらせとして、美人局を代行するためのレッスンを受けさせられることとなったのである。

 その提案を聞き、八島以外の全員が頭を抱えたが、八島は謎の自信で太鼓判を押した。曰く、『黒咲スミスに任せとけば大丈夫だ』


 練導亭の二階。ゴシック調のスタジオにて、ハスキーな声が響く。

 

「良い!良い!最高に良い!香り立つ色気で真田を落とすのよ!」


 どこぞの理事長を彷彿とさせる性欲たっぷりの歓声だ。

 それに対し、山中太郎はうんざりだという調子で言った。


「勘弁して下さいよ。スミスさん」


 現在の彼は八島と喧嘩した際の男らしさを捨てさせられていた。

 その代わりに彼を包むのは、藍色のガーディガンと趣味の良い刺繡の入った黒タイツ、秀翫高校のセーラー服だ。金メッシュの入った黒髪のウィッグ、端麗な化粧が施された彼は、本人のもとからのスペックの高さもあり、絶世の美少女と化している。

 本人がそれを認めているかは別だが。


「“勘弁してくださいまし”。でしょう?ソコは」


 スミスと呼ばれた男は猛烈な剣幕で指摘した。いや、正確には男ではない。ドラアグ・クィーンだ。群青色のカクテルドレス着こなし、グレイのリップと病的なほどきめ細かに演出された白い肌を誇る“女装男”だ


 「何だって、俺がこんなことを…」


「貴方が八島ちゃんに負けたからでしょう?ブルドックみたいに不貞腐れてないで、花のようにしおらかに、それでいて芯の強さを魅せつけるのよ!」


 スミスは唇を一文字にし、山中を睨み据え、言葉を続けた。


「ガールフレンドを守るんでしょう⁉シャンとなさい!」


 山中は目いっぱいの不貞腐れ顔を浮かべ、それから表情を引き締めた。嫋やかさと気高さを併せ持つ雰囲気を纏った。咲の振り撒く色とは違う、純粋な美しさだった。


「文句言っても、何も変わらないよな。真田のエロ写真を撮ればいいだけだ、楽勝だ」


 スミスは頷いた。


「路線変更ね。口調はそのままでいい。でも、その雰囲気を掴んで離さないで。そうすれば、あの男は落ちるわ」


「そういうもんかね」


「そういうものよ」



 レッスンは熱を増し、続行された。だが、それに割って入るようにスタジオの外からエンジンの排気音が聞こえてきた。二台分だ。

 

 八島達だろうか。


 山田は窓から外を覗く。

 二台のベンツが練導亭の前に停車している。中から、四人の紫色のスーツ姿の男たちが降りてくる。体格は良く、筋肉量も申し分ない。どう見ても堅気ではない。

 それともう一人、浅黒い肌をした女が降りてきた。カーゴパンツを履き、紫色の作業着を羽織っている。はためいた作業着の下に棒状の何かが見えた。恐らく、何らかの武器だろう。


山田は窓枠に身を隠すように、その一部始終を見ていた。


「そこプレイ用にマジックミラーになってるから、隠れる必要ないわよ」


 スミスが堂々と男達を窓から見据えながら言った。


「知りたくなかった事実をありがとう。それで、あいつらは何なんだ?」


「景心立教団よ。結構な頻度で、此処に難癖を付けに来るのよ。不純だってね。で、荒らすだけ荒らして帰っていく」


「それは、何というか、言えてるな」


「言えてないわよ。紛うことなき営業妨害だし、他人に自分の信条を押し付けてくる奴は大嫌いよ」


 スミスが勢い込んで続けた。


「私はゲイのオカマ野郎だわ。でも、そんなのは殴る理由にも殴られる理由にもなりゃしないわ。アンタはアンタ。私は私。それでいいじゃない」


「最近のゲイの連中といえば、映画に出せだの、助成金を出せだのうるさいぜ」


「私はそんな依怙贔屓えこひいきしかないわよ。美しければ、可愛ければ、それでいいの。私は愛すべきを愛し、欲すべきを欲す。以上」


 山中はどうでもいいような、納得したような不思議な表情を浮かべた。


「欲に正直で結構だな。迷惑にならない程度に頑張ってくれ」


 山中は猊下の一団を指さした。


「で、あいつらはどうするんだ?」


「タックスを呼んで追っ払ってもらうわ。納めてる上納金タックス分は働いてもらわないと」


「かくて、天下を円滑に廻るは思想ではなく、金だけなのである」


「餓鬼の癖に、知った口を利くんじゃないの」


 そういって、スミスは撮影台横に据え付けれた固定電話から、タックス・マンに電話を掛けるのであった。

 暫くの呼び出し音の後、電話がつながる。


「ああ、此方。ルーデック・ハウス株式会社。弱者の権利を守る会。何かお困りですか?」


 受話器からの女声。実に事務的だ。


「いつもの奴等よ。人を送ってくれない?」


「スミスさん。またですか?其方の警備員は唯のお飾りなんですか?」


「いやね、今回の連中は何だか本気臭いのよ。私達の所は可愛い子はたくさんいるけど、ゴツイ子はそんなにいないの。だから、腕の立つ子を送ってくれないかしら」


「はあ、構いませんが。それでしたら、毎回のように可愛くないだとか素質がないという理由で送ったフィクサー達に文句を言うのはやめてくれません?」


「いいえ、素質がある子をお願いするわ」


「はああああぁ、了解いたしました。どうにか致しましょう。ですから、そちらの方で時間を稼いでください。いいですね?」


 そう言って、電話担当者の女は電話を切った。

 しばし、頭の中を整理するために、手元のボールペンをカチカチと鳴らしてみた。何ら名案は浮かばず、いつも通りの対応をすることにした。

 外注するのだ。可愛くて、強い、そんな漫画やラノベの中にしか存在しない、冗談じみた少女の所属する闇金業者に。


 もっと言うなら、そこに所属する化物借金取り、八島亜紀に直接頼み込むのだ。


 かなり気まぐれだが...




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