第23話:TROUBLE MAKER

 ダスターコートを羽織った女生徒が、自分の名前を黒板に書く。チョークがカツカツと鳴り、女生徒の灰色の髪が揺れる。

 興味津々に待ち構える他生徒達。彼女は向き直り、高らかに自己紹介を述べた。


「八島亜紀です。趣味はゲームと人を殴ること。好きな物はタコスとペプシ。ドリトス! 嫌いな物は、スカした野郎とデカブツ、そしてビッチ!」


 そう言い放ち、露骨に嫌な顔を教室の右端に向ける。


 視線の先に陣取るあからさまな不良グループ。

 制服を着崩し、ジャラジャラとした華美なアクセサリーを様々に身につけた五人組。

 身長190cmを超す奴やら、茶髪やら金髪やら、緑や赤のメッシュを入れた奴らが勢揃いしている。

 そして、その何奴もが八島にガンをつけていた。顔面を真っ赤にしていた。紅一点なのだろうギャルがダントツに酷い面をしていた。


 教室の最後列のど真ん中。銀ジャージの田上は片眉を吊り上げ顔を顰めている。

 

「あ、ありがとう。八島さん。せ、席は....そうだな...ああ...。う、後ろの空いている席に座ってくれ。あの銀ジャージの子の隣だ。田上さんだ。良い子だから、仲良くしてくれ、お願いだから、な。」


 メガネをかけた三十代半ばの担任が言った。八島の言動に動揺を隠せないでいた。電動ドリルを突きつけられたハムスターみたいになっていた。


 八島はコートのポケットに手を突っ込み、後ろの席に向かう。わざとらしく音を立てながら着席する。不良グループにムカつく微笑を投げつけるのも忘れなかった。

 着席すると早速、担任が話を始めた。トラブルを少しでも軽減したい一心の行動、発言。たわいない内容。KKKや日本赤軍の決起集会に対して道徳の教科書を音読して鎮めようとするようなもの。


 八島は気にも止めず、コートの裏からPSVitaを取り出した。ソシャゲはあまり好きでは無かった。

 携帯ゲーム機でも出来る、単純なスコアを競うゲームが一番好きだった。それが単純で暴力的であるほど良い。


 画面に浮かび上がるサイケデリックな文字。


    “HOTLINE MANHATTAN”


 見下ろし型のバイオレンスアクションゲーム。

 内容はシンプル。名前も分からない主人公を操作し、マフィアを殺して周る。相手も一撃で死に、此方も一撃で死ぬ。最高のトリップ感。言葉は必要ない。

 主人公より八島の方がタフだということを除けば百点満点のゲーム。自分でも出来るという事実は、何よりもフィクションを興醒めにさせる。ぶっ飛びたいのだ。分かるか?


 チャプターを一つ終えたあたりで、隣の席の女の視線が気になりだす。コンビニであったあの柄の悪い銀ジャージだ。最悪の偶然。

 私がタタキにしたキックボクサー以上の気迫。切れ味。正面切って喧嘩を売ってやった不良連中とは別次元の何かが込められている。

 ガソリン缶と火炎瓶を両手に突っ込んでくる自棄っぱちの与太者と同じ類のものだ。

 

 八島はPSvitaをしまい直した。代わりにクラスの連中を見渡した。

 机の下でスマホを弄ってる奴は7人。右端の不良グループで五人。残り2人は散らばっている。やっていることは容易に想像がつく。

 この後のことを胸算用し直そうとしたところで、担任が話を漸く締めくくった。


「...というわけだから、皆も仲良くしてあげなさい!皆んな仲良く!よし、委員長。号令!」

 

 学級委員長が号令を発する。黒縁眼鏡と坊主頭が印象的な男。


「起立!」


 私とスマホを弄っていた奴等を除く全員が一礼し、担任が教室を出る。

 途端、生徒達は思い思いに動き出す。後ろの席に椅子を向ける奴。一も二もなくイヤホンをつけるオタク然とした奴。動き出す七人の不良達。此方に向かって来る。

 “七人の不良”。映画の題名、若しくはレトロRPGのキャッチコピー。何だか、ニヤけてきてしまう響きだ。


「にやけてんじゃないわよ! ビョーキなんじゃないの⁉︎ キチ◯イ女!」


 先頭の金髪女が机に手を叩きつけ喚いた。ビッチ然とした風体。純金のイヤリング。ゴテゴテしたネイル。日焼けサロンとエステに通い詰めているのだろう金と努力の結晶と評するべき肌。隙の無い化粧。ポン引きにとっての垂涎の的。


「アンタさあ。さっきの何なの? あからさまにアタシらのこと見てたじゃん。何、喧嘩売ってんの?」


 八島はニヤけ面を満面の笑みに昇格させた。喧嘩の叩き売りは大盛況。モノホンのシャネルを売りつけるより易い仕事。


「テメェ、舐め腐りやがって!」


 ドスの効いた声。蹴り飛ばされる机。190cmの迫力。だが、机は微動だにしなかった。八島のワークブーツは机の下張を強烈に踏み締めていた。

 巨漢はニキビ面を歪めた。拳を一段と強く握り込んだ。

 

「気色悪いな。そんな髪型する奴が本当にいるとは驚きだ。幼児アニメの見過ぎだぜ? 変態。」


 金髪の顔立ちの整った奴が言った。ピアスはしっかりと純金製。ギャルとのペアルックなのだろう。


「ギャハハハハハッ! キモすぎワロタ! 後で晒そうぜ?コイツに土下座させてよ! 髪は更にグシャグシャにしてやってよぉ⁉︎」


 赤のメッシュをいれた男が調子っ外れに喚いた。飛んで跳ねた。情緒不安定。歯はシンナーでボロボロだった。翻るブレザーの裏ポケットのスイッチブレードが見えた。


 派手なベルトバックルをつけた奴、ネクタイをコメディアンの如く首から掛けた奴、迷彩柄のパーカーを着た野郎が大笑いした。足を踏み鳴らした。意味もなくハイタッチした。


 私も一緒にハイタッチしたい気分だった。商談が纏まったぞ!ってな感じで。


「表出ろ、二度と教室に戻って来れないようにしてやる。」



 金髪が顎をしゃくった。残りの奴らが取り囲む。八島は自ら太々しく立ち上がる。七人に囲まれて八島は外に出る。

 全ての当時者が消えた教室から、田上も当然のように出て行く。何食わぬ顔で、美味しい役を貰ったエキストラのように。


 教室の約三分の一が空席。学級崩壊そのものだった...



          ・・・




 生い茂る雑草。鉄柵に囲まれた巨大な変圧器。山側の工事現場跡にて、鉄柵を背に八島は7人の不良達に囲まれていた。

 

「まずは謝ってもらおうか。“スカしたこと言ってすみませんでした”ってよ。」


 金髪の男が言った。風が吹く。雑草がガサガサと不快な音を立てる。


「なあ、此処って誰も来ないんだろ?」


 八島は黒い革手袋を着けた手で戯けて言う。金髪男の目をチロリと見上げる。手の甲で金髪男の頬をペチペチと叩いた。


「そうだろう? 教室じゃ、無様を晒すのが怖くて、手出し出来なかったんだろう? 短小野郎? ケツの穴を掘ってもわらわにゃあ、満足におっ勃ちもしないんだろ?」


 巨漢が目を剥いて、拳を繰り出す。赤子の頭サイズの拳。

 八島は避けない。頭突きをぶちかます。髪が逆立ち、二本の角の如く見える。フレスコ画の悪魔。骨と骨とがぶつかる。赤子と悪魔の頭骨。悪魔の勝ち。

 男の拳骨が砕ける。拳を抑えて天を仰いだ。


 八島は凶悪な笑みを浮かべる。コートの裏から“脚”を引き抜く。布が幾重にも巻かれた手加減仕様。

 八島は“脚”を使わず、巨漢を蹴った。何の捻りもないヤクザキック。溝尾にめり込む。190越えの巨体が吹き飛ぶ。デカブツがゲロを吐き散らす。


 蹴りつける動作から踏みおろす動作へ。


 ブーツが地面を踏みしめる。“脚”を横なぎに振るう。呆けていた金髪の腰を捉える。手加減して振り抜く。

 フェンスに叩きつけられる金髪。動き出す残りの連中。一対四。ギャルは勘定に入れてない。明らかな男女差別。

 

 シンナー漬けの赤メッシュが、飛び出しナイフを抜き放つ。スプリングの音。飛び出す銀色の刃。

 深まる八島の笑み。


 その時、もう一枚の銀の刃が閃いた。陽光にギラリと光る銀ジャージ。ガスタンクの裏から飛び出す田上。助走をつけたナックルパート。

 後ろで拳にベルトを巻き付けていた奴の横腹を捉える。男が崩れ落ちる。


 八島は呆気に取られる。イカれた赤メッシュは気にも止めない。ナイフを突き出す。心臓を狙う刺突。後先考えない一撃。

 体捌きでそれを躱す。紙一重だった。刃がダスターコートを掠めた。中のPSvitaを抉った。


 八島の頭の中で何かが千切れた。


 体捌きの勢いを殺さず一回転。袈裟切りに“脚”を叩き込む。肩口に食い込む。手加減無し。

 ナイフが宙を舞う。前に倒れ込む赤メッシュ。溝尾に向け膝を叩き込む。白目を剥き泡を吹く赤メッシュ。執拗にもう一撃。

 “脚”を振りかぶる。


 突然、視界を何かが横切る。

 コメディアンのネクタイ。八島の首に掛かる。咄嗟に左手の指を間に挟む。ネクタイが絞まる。殺人的なキツさ。


 ギリギリ指はねじ込めた。だが、とてつも無い圧迫感。


 コメディアンがネクタイを引き上げる。身長差がものを言う。

 八島は渾身の力で体を丸める。食い込む痛みも窒息感も全て無視する。ナイフに手を伸ばす。掴み取る。

 

 冷たいナイフの感触。


 跳ね上がるように体を戻す。ナイフで背後を一閃する。布を断ち切る、コメディアンの手を切り裂く。背後での悲鳴。

 振り返り様に、コメディアンの胸ぐら引っ掴む。鼻面に頭突きを叩き込む。めしゃりという音、感触。コメディアンの鼻っ柱は無残に潰れた。

 胸ぐらを離すと、コメディアンは力無く崩れ落ちた。鼻血を撒き散らした。


 視線を走らせる。

 田上と迷彩柄のパーカー野郎。素手の田上に対し、迷彩野郎は工事現場に落ちていたシャベルを手にしている。

 距離は開いている。一足一刀の間。ボクシングのレンジの外。明らかに田上が不利。


 迷彩野郎がシャベルを突き出す。踏み込み切らない一撃。

 田上はサイドステップで躱し、突貫する。距離を詰める。右の拳を振り被る。

 突きを中断し、横なぎに切り替える迷彩野郎。手早い判断。木柄が田上の側頭部に迫る。

 田上は深く腰を落とす。地を這うようにシャベルの柄を躱す。潜り込み、左手側に飛び出す。大仰なフェイント。狙いはハナから左のアッパーカット。

 迷彩の顎に拳がめり込む。一撃で決まる。地面にシャベルが落ち、その後に迷彩野郎が続く。


 静寂が訪れる。


 金髪女は地面にへたり込んでいた。恐怖と驚愕に顔を歪めている。鼻水が出ている。涙が頬をつたっている。化粧は言うまでも無い。


 八島は田上をチラリと見る。田上はむっつりと黙り込み腕を組んでたたずんでいる。まだ御用事があるようだった。

 八島は金髪女に歩み寄り、顔を覗き込む。


「スマホと財布だしな?」


 金髪女は泣きじゃくりながらポケットから両方を出した。

 学生証を引き出し、中を確認する。“澤部絵梨花“。美人局として満点の器量。これに勝るのはコンビニで知り合った咲ぐらいだろう。

 スマホを立ち上げる。


「パスコードは?」


「さ、さん、3729...」


 消え入りそうな声で金髪が言う。言ったとおりにパスコードを打ち込みロックを外す。

 使い捨て用のスマホにアドレスと住所、その他諸々をコピペしたメールを送る。数秒後、尻ポケットで着信音が鳴った。

 金髪女にスマホと財布を投げつける。女は目を瞑って耐える。


 八島はしゃがみ込み、女の髪を引っ掴み、正面を向かせた。黒目の大きなアーモンド型の眼が覗き込む。ハイライトは無い。山羊のような饐えた臭いが漂う。


「ツケは回ってくるんだよ。分かるか? 教室でどれだけ独裁者みたいに振る舞うことが出来ても、物事の帳尻は合うようになってんのさ。だろ?」


 “脚”を突きつける。金髪女はひたすらに頷いた。歯を打ち鳴らした。


「ようし、じゃあ、時間が来たらコッチから電話させて貰う。出なかったら、全身の骨をコイツで砕いてやる。男女平等がモットーなんでね。容赦はしない。」


 “脚”の金具が金髪女の肌を引っ掻く。日焼けした肌にぷくりと血の玉が浮かぶ。


「分かったな?」


 金髪女は地面に蹲って泣きじゃくった。

 八島は一瞥もくれず立ち上がり、コートに“脚”をしまった。

 田上は腕を組んだまま微動だにしていなかった。目付きは何処までも厳しく鋭い。


「ツケは全て回ってくるってのは本当か? それが一字一句その通りなら、お前にもそのうち回ってくるってことになる。 」


 田上は低く鋼鉄のような声で問うた。


「勿論さ。全てにおいて例外はない。問題なのは勝ち逃げの概念はあるってことだけだ。死んだら全部チャラだからな。だからこそ、ペドミズムが流行っちまうわけだ。」


 コートのポケットに手を突っ込み、八島は田上へ向き直った。


「こんな所で結構かな、哲学者さん? それで、アンタは結局何なんだい? 何をしたいのか皆目見当がつかない。」


 田上は校舎の方を見た。外に張り出す様に非常階段が設置されている。無骨な鉄製の螺旋階段。

「上で話そう。不良共が聞く必要は無い。万が一目覚めればの話だがな。」

 

 田上は八島の返答も聞かず歩き出した。


「どっちみち一限目には間に合わない。」


 独り言のように呟き、歩を進める田上。


 八島は呆れながらも後を追う。ついでに、歩きながらコートの下のPSvitaを確認する。深々と傷跡が刻まれている。ため息をつく。


 スマホでチャットに愚痴と成果報告を打ち込みながら階段を登った。



 


 

 


 




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