蜥蜴の骸 結
さて、あの後『monitor』は警察の検挙に遭い、組織は瓦解。数多の証拠を取り押さえられ、数日間ニュースの話題を掻っ攫うこととなる。
中でも江藤は殺人の容疑や主犯格という事も相まって、無期懲役が宣告された。
関東全域にまで手を伸ばし、生息域を広げた蜥蜴の、またとある一個の巨大な生物の終わりだった。
その捜査に努めていた捜査官の一人は、その生物の死滅によって世の無常さを再認識するのだが、それは語るに及ばない。
そしてこれは蛇足である。
少なくとも筆者の私はそう考える。
煙草を吹かしながら、一人の男が台湾の市街を歩いていた。副流煙が空中に書き消え、忙しなく行き交う人々が波のように彼を押し流す。
その往来に巻き込まれて、誰も他者を一個人として認識しない。
それが彼には好都合だった。
今は誰でもない誰かである、それが彼にとって肝要であった。ダウンジャケットで防寒を行い、帽子を深く被って顔を悟らせない。肩には、やけに重そうな鞄がある。
「────」
吸っていた煙草を放り投げ、未だ火の残るそれを踏み付けた。後に残ったのは灰だけだ。
「しかし、馬鹿しか居なかったな」
彼は、彼の名は、郷田だ。郷田武彦と言う。
「あの程度の知能でよくここまで生きてこられたものだ」
皮肉でも、罵倒でもない。事実を述べているだけだった。
その眼光には侮蔑の色すら浮かんでいたかも知れない。だがそれは誰にも気取られることは無かった。
「まあ良い」
高松が警察の存在に気付いたのは郷田がそう差し向けたからだ。そもそもとして、仲谷が警察と繋がっていること郷田はすでに知っていた。
『monitor』に入れた時、郷田は既に見限るつもりでそうしたのだから。その時点で高松の能力は大したものでは無かった。気付けば何らかの反応が有るだろうところに、全く以ってそれが無かったのだから。
そして江藤も大概だった。何故高松が逃げ出そうとしたのか、それに考えが回らない時点でもう駄目だ。江藤は優秀ではあるが阿呆では無い。むしろ優秀な方に分類されるだろう。だからこそ仲間殺しでは無く、犯人探しをしてしまった。
それが敗因であり、致命的なミスであった。彼がもっと利己的で賢ければもう少しマシな結末があったろうにとは思うものの、それが不可能であることは言うまでもない。
「蜥蜴の死体は見つかった。だがそれは尾でしかない」
郷田はそうして街を歩く。遠くでデモ行進の声が聞こえた。それが郷田には煩わしかったのだが、だからと言って何かするでも無い。
そうして歩く郷田は、遂に目的地に辿り着く。
昼間の明かりはあまり届かない、そんな路地裏が郷田の目指していた地点である。
そこには一人の男が居た。郷田も名前こそ知らないが、それが誰であるのかというのは既に分かっていた。
「
郷田は達者な中国語でその男に話しかけ、持っていた鞄を渡す。その中身を男は検め、そして鞄を閉じた。
「
郷田はそうして金を受け取ると、その場所を離れる。再び人混みに紛れるべく、帽子とダウンジャケットの調子を整えた。
コカインの密売を、郷田は未だ続けている。
彼の現在の住居にはコカインが山と積まれている。全て『monitor』から、元々郷田が管理していたものだった。
その相手は台湾マフィアの『紅龍風』。台湾の一地方に広く位置する、巨大な組織だ。それを相手にコカインを売り付け、郷田は日銭をどうにかしていた。
しかし、それも限りがある。今はまだ、生活の為の金は足りてはいる。だが売れるコカインの数にも、やはり限りがあった。
そして、郷田は既にその目算を立てていた。
「
また『monitor』同様に、麻薬密売の事業を立ち上げるのだ。
《了》
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