第十五話 アカリと一緒にラプスタウンヘ

 午後6時。


 家に着くと、花宮さんが丁度玄関から出てきたのを目撃した。



 「…ん、シンヤか。アカリはどうした?」

 「ナギノと一緒に公園で話してます」

 「ナギノに会ったのか。なら、ナギノ迎えに行くついでに乗ってけ。兄貴が妹を置いてくなんてダメだろうが」

 「は、はぁ…」



 先に行けと言ったのはアカリの方なんだけど…と思いつつ、助手席に乗り込んだ。



 「…父さんと何の話をしてたんですか」

 「世間話とか、シンヤの普段の行動とかを報告してたが」

 「嘘をつかないで下さいよ。それなら俺らを追い出す理由がないし、俺らの前では話せないような事を言ったんじゃないですか」

 「…だったら尚更、お前に会話内容話す理由もないな」



 相変わらずいけ好かない人だ。ナギノが言っていた事が正しいなら、話してくれたって良いだろうに…。








 「…花宮さんって、休日は何してるんですか?」



 会話に詰まった俺は、こんなあたりざわりのない質問を投げかけてしまった。



 「…え、休日? まぁ、家で映画観たりするのが多いが…意外とインドア派なんだよ、こう見えて」

 「まあインドアでもいいじゃないですか。俺だって休日は寝たりするし。そうだ、花宮さんって筋トレとかしないんですか?」

「日中ハンベル倒したりしてりゃそんなもんいらねーよ。自然と筋肉付くしよ」

 「羨ましいです。俺、筋肉付かない体質で…」

 「へぇ…」


 窓の外を見ていた顔を花宮さんの方へ向けると、意外にも口角が上がっていた。


 「…何か俺変な事言いました?」

 「シンヤの事、硬い奴だと思ってたけど、こういう話もするんだな…って」



 俺、そんな風に思われてたんだ…。でも、花宮さんが笑みを浮かべる姿、初めて見たかもしれない。


 何だかこの人の事、嫌いなのかそうじゃないのか分からなくなってきた…。





 「アカリ、さっきの話だけど…」



 夕食を食べ終え、皿洗いをする父さんがそう言いかける。



 「…それがどうしたの?」

 「花宮さんがな、やはり一人で行動するのは難しいって…」

 「ラプス安協の人が付いていないとダメなんでしょ。さっきナギノちゃんから聞いた」

 「それだったら、ラプスタウンで仕事させるならいいかな…って。花宮さんもいい人だし、安心して任せられると」

 「ほんと!?」



 アカリはソファから立ち上がって、父の元へ走っていく。



 「アカリは運動も得意だから、きっと直ぐに受け入れてくれるだろう。但し、迷惑をかけないようにしなさい」

 「うん、もちろん!! …ってあ、明日提出の課題まだやってないんだ…とにかくお父さんありがと!」



 そう言ってアカリは階段を登っていく。父の表情も明るくなっていた。



 「シンヤがラプスタウンで働き始めた頃は、こんな制度なかったよな?」

 「今は一般人の怪我人が多発してるから、最近導入されたらしい」

 「へぇー…もしアカリに何かあったら、その時は頼んだぞ」

 「うん…」



 アカリにはそんな時はないとは思うが、その時は俺が何とか…。





 ──ラプスタウン第三区。



 今回の依頼は、老人が残したアルバムの回収。とある取材に当たって必要となったらしい。


 「そこは瓦礫とかで足元が崩れやすいから、気をつけて歩くように」

 「分かりました」



 今日はアカリも一緒だ。肝心の護衛だが、まだ決まらないとの事だったので、たまたま空いていた高牧さんに頼む事になった。



 「アカリちゃんはシンヤに似てクールだな。学校でモテるだろ」

 「そんなにモテないです。バレンタインのチョコは男女合わせて20個くらいしか貰ってないし」

 「モテモテじゃんか!!」



 何の話してるんだか…と思いながらアルバムを手に取り、袋に詰める。



 「アカリ、こうやるんだぞ。古くなった物でもお客様の大切な宝なんだから、慎重にな」


 袋を縛ったら発砲スチロールで包装し、テープで止めた後に布製のトートバッグに入れる。


 「もう一冊あるから、やってみろ」



 …まあ態々俺が説明しなくても、アカリは俺の梱包の手伝いして貰ってるし、説明するまでもないか…。



 「できた」

 「…うん、そんな感じで大丈夫。これで退散だ」



 リュックにアルバムを詰め、帰宅しようと扉を開いた所だった。



 「──おーおー最後に大変な奴が来ちゃったな」



 全長2m半の中型ハンベルがこちらを見つけ、襲い掛かってきた。



 「アカリちゃんは家の中に隠れてろ」



 高牧さんはケースから鋭いナイフを取り出し、ハンベルに向かい対抗する。


 ハンベルが左手を振りかざすと、即座に高牧さんは屈み、ハンベルの足を狙い、切り刻みを入れようとしている。


だが強靭な筋肉でナイフが刺さる事はなく、傷一つ付かなかった。



 「高牧さん、俺がやる」



 ハンベルを手招きし、円を書くように逃げ回る。



 「逃げるだけじゃ勝てっこないだろ!」

 「逃げるだけなんかじゃない、ちゃんと策がある」



 丁度一周した所で、イーグルウォッチを構え、無の方向にワイヤーを発射する。すると、ベゼルを回してないのに突然曲がる。



 「凝縮!!」



 ワイヤーが一周した所で、先程逃げていた時に散りばめた中継型アンテナを1箇所に集めた。


 するとハンベルがワイヤーに巻き付き、身動きが取れない状態になる。



 「今だ!」 

 「はあぁぁっ!!」



 振りかざしたナイフは胸を貫き、核部分を破壊した。そしてハンベルは気体へと還っていく。



 「ふぅ…ありがとうな、シンヤくん」

 「高牧さんが居なかったら倒せてませんでしたよ…アカリ、もう大丈夫だ。出てこい」



 そう言うと、アカリは平然とした顔で扉から出てきた。



 「…アカリちゃん、あんな大きなハンベルだったのに、怖くないのか?」

 「怖いも何も。一応私、シンヤ兄の妹ですから、ある程度耐性ついていますよ」

 「──そうだな。あれが怖かったら、最初からこんな所来てないもんな…よし、今日は地下道から帰るとしようか。本当は関係者以外立ち入り禁止だが、日頃からの信頼も兼ねて、特別に連れてあげよう」



 …運がいい。帰りの交通費も浮くのはありがたい話だ。



 近くに駐車していた車に乗り、シートベルトを締める。



 「発進するぞ、忘れ物はないな?」

 「あったらまた来ればいい。無理なら安協に任せます」

 「安協を何でも屋とでも思ってないか…行くぞ」



 車は旧公道へと走り出した。相変わらずこの道は瓦礫が多く、走るのも精一杯だ。



 「ねぇ高牧さん、私の服似合ってます?」

 「ああ、似合ってるぞ。最近の作業着は可愛い服が沢山あっていいな」

 「ですよね。これ、兄に買ってもらったんですよ。何かボーナスが入ったから何とか…って」

 「へぇ、妹思いの優しい兄ちゃんじゃないか。何か自分の為に使おうと思わないのか?」

 「…趣味ないですし、誰かの為にしか使い道ありませんよ」

 「変わったやつだなぁ…ん、あれって…」



 フロントガラスを覗き込むと、ラプスには馴染まない、地雷服を着ている女性が立っている。見覚えがありすぎる、いつものあの人。


 車を停め、窓を降下させる。



 「ミミ、こんな所で何してんだ」

 「シンヤにアカリちゃん、そして高牧のおじさんじゃない。少し用事があって、いま終わった所よ」

 「今から会館まで戻るんだけどよ、ミミも乗ってくか?」

 「ラッキー! じゃあお言葉に甘えて…」



 ミミは助手席に回り込み、シートベルトを締める。



 「ねぇ高牧のおじさん、私の服可愛いでしょ?」

 「うーん、似合ってるけどさぁ、こんな服で来たら動きにくくてケガすんぞ。後ろの二人を見習え」

 「そこは似合ってるだけでいいの! おじさん、乙女心を分かってないわねぇ〜、アカリちゃんもそう思うでしょ?」

 「私は似合ってるってだけ言われたよ」

 「嘘!? 私には余計な事言ってアカリちゃんにはベタベタで、年齢差別だ!」

 「事実言っただけだろ!」



 乗客一人でこんなに騒がしくなりやがって、忙しないな…。



 「…兄」

 「どうした?」

 「…兄がこんなに楽しそうな人達と一緒に過ごしているなんて、ちょっと安心した。大学に入ったのはいいけど、何か大学生活を楽しんでなさそう、と言うか、家では無気力で楽しくなさそうで…」

 「あれ、シンヤくんって大学生だったの?」

 「そう。でもリモート授業で出席しているから、学内の人とは交流がないの」


 「─チョウキやミミ、カナが話し相手になってくれるなら交流なんて要らない。今はこの仕事に専念したいから」



 …悲しい事を言ってるって、自分でも分かってる。でも、もうこの生活に慣れたらこのままで良いって気がしちゃって…。



 「私としてはうれしい言葉だけど、ちょっとそれはそれで心配にもなるわね…」

 「まぁ、俺は高卒だからあまり偉い口言えないけど、大学生だからしか出来ないこと、ってのもあるんじゃないか。深い交流を持たなくたっていい、近くに居たら話す位の関係性が、シンヤくんには合ってると思うよ」



 そうなのは分かってるけど…昔からこんな性格の俺に出来る訳が…。


 

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