第十四話 保身的な人達
茶封筒の中身を見つめて、早五分。
この前のギガハン討伐で貰った給料で、を買おうか悩んでいる俺。
貯金に回してもいいのだが、折角これだけボーナスが入ったのだから、何か購入してもバチは当たらないだろう、と思ってる。
「兄、買い出しに行くよ」
「ノックくらいしろよ、アカリ…」
プライベートというのを知らず堂々と入ってきたこいつは俺の妹、鷹眼アカリ。高校2年生で、運動が得意。
クールな性格で、男女問わずモテているらしい。と自分で豪語していたのを思い出した。
「そうだ。アカリ、何か欲しいものあるか?」
「ない。欲しいものは自分で働いた給料で買う。早く着替えて行くよ」
そういえば、まだパジャマのままだった。差し込む日差しはとても明るく、そして暑い。この暑さだったら、たまにはTシャツに着替えるか…。
※
六月の気温は、夏同然である。最近の気温の上がり方は異常で、季節の区切りが良く分からない。
「もう少し涼しくなる時間じゃダメなのかよ…」
「どうせ兄、午後にやる気なんか出ないでしょ。午前中にさっさと終わらせて、優雅な午後を過ごす。これこそが理想の休日だと思うけど」
「お前の考え全く分かんねぇよ…」
「いいよ分かんなくて。てか兄、折角バイクの免許持ってるんだから、私乗せて来れば良かったのに」
「もう暫く乗ってないし、帰りの荷物含めたら重量オーバーだ」
「四輪の免許取ってくれたらいいのに…ほら、冷房のパラダイスに着いたよ」
会話をしていて気づかなかったが、いつの間にかスーパーに到着していたようだ。
アカリの言う通り、店内に入れば、一瞬震える程の冷気が体を襲う。だがそれも直ぐに快楽へと変わっていく。
「えっと、まずは野菜から。トマト、きゅうり、なす、レタスに…」
「そういえばお前、昔父さんとスーパー来た時にさ、1000円くらいするお菓子がいっぱい入ったサンタのブーツ欲しいって駄々こねて、床でジタバタしながら動かなかったよな。そんな妹が今や…」
「過去の話して楽しい? てか多分兄は誰かに記憶改竄してるよ。私にはそんな記憶ないから作った話に決まってる」
覚えてないのも無理ない。だって4歳の頃の話だし。俺はこの目で見たからしっかりと覚えてるぞ。
「─で、次は豚肉…兄、あれって…」
精肉コーナーには、何ともスーパーに来たとは思えないようなゴスロリ服で、買い物カゴを持ったミミが立っていた。
するとこちらに気づいたようで、手を振りながら向かってきた。
「シンヤ~、それにアカリちゃんも一緒なのね。兄妹仲良く買い物かしら?」
「そうだよ、ミミさん。今日は折角の休日だから家でダラケてる兄と買い出しに来た」
「へ〜、年頃なのに兄と一緒にお買い物に来るなんて偉いわね。シンヤもいい妹持ったわね」
親戚のおばさんみたいに話すミミ。この状況だと圧倒的俺が不利になるから下手に話す事は出来ない。
「そういうミミはどうなんだ? 珍しく精肉コーナーなんかじっと見て」
「良くぞ聞いてくれました! 現代人たるもの、SNSで料理をして映えでいいね貰いまくりして承認欲求を満たさなきゃいけないでしょ? だから今日は冷しゃぶしゃぶでも作ろうかと思って」
SNSなんて、最初はただの自己満足だけとか言ってたくせに、承認欲求欲しがる必死womanになっちゃってるじゃん。こりゃどうしようもない…。
「美味しそう…兄、我が家も今日しゃぶしゃぶにしよ」
「ダメだ。賞味期限間近の麺つゆがあるから今日はそうめんだってお前が決めたんだろ」
「それは昼ご飯でいいじゃん。ね、いいでしょ、ねぇ?」
こんな時だけ甘えてくるアカリ、本当に昔から変わらん…まあ、実は俺もちょっと食べたくなってきたし…。
「…仕方ないな。今夜はしゃぶしゃぶな」
「よっしゃ。兄、兄妹として好き」
「羨ましいわ。私もそんなお兄ちゃんが欲しかったな…長話しちゃったね。じゃあまたね〜」
ミミは手を振りながらまた、飲料コーナーへと向かっていった。多分エナドリ買うつもりだろうが…。
「…じゃあ私達も残りの物、カゴに入れなきゃ」
アカリの顔は、名前に相応しく、いつもよりも明るかった。そんなアカリを見ていると、何故か俺まで嬉しくなってくるのだ。
「何してんの兄、早く」
「はいはい、今行くぞ…」
※
買い出しを終え、家に帰宅した後直ぐにそうめんを調理して、今完食した所である。
「ご馳走様。そうめんも美味かったね、兄」
「だろ。じゃあ、後片付け頼んだぞ」
「しょうがないなぁ。まあ、作ってもらったし、それくらいはやらないとね…」
皿洗いをアカリに任せ、俺はソファに腰を下ろした。日頃の疲れを癒してくれるソファは偉大である。
「食べてすぐ寝ると牛になるよ」
「こまめに運動してるからならないぞ」
「そんな姿、カナさんの前では見せないでしょ。スっとしてクールぶった顔をしながら寝っ転がるなんて、外で出来ないのに」
「それはお前だって同じだろ。大体、カナの何を知ってるって言うんだよ。会ったことも無いのに」
「会ったこと無くたって…」
「はいはい、喧嘩しないしない」
俺らの言い合いに顔を入れたのは、いつの間にか帰ってきた父さんだった。
「お父さん、いつ帰ってきたの?」
「今さっきだよ。今日は午前終わりって言ったじゃないか。それに、ただいまって言ったのに返事が返ってこなかったから、ちょっと悲しかったぞ」
「それは…悪かった…」
「でも、この歳になってもずっと仲が良い兄妹で、父さんは嬉しい限りだよ。さて、ご飯は外で済ませてきたし、一眠りするか……ん?」
父さんが顔をソファに下ろした瞬間、内線電話が部屋に鳴り響いた。この時間だから、電気会社の案内だろうか。
「俺が出るよ。…もしもし」
〔─花宮です。お宅に鷹眼シンヤさんは居ますでしょうか〕
「俺ですけど…何で家の電話番号知ってるんですか?」
〔色々、過去のお前の記録を調べて探し出したんだよ。いや、そんな事はどうでもいい。4時頃に、お前の家に訪問したいんだが、予定は入ってるか?〕
「特に何も入ってませんが…」
〔なら良かった。それじゃ〕
「ちょっと、OKとは言ってないんですが!? ちょっと!?」
幾ら叫んでも、相手が電話を切ったら声は届かない。そんな当たり前の事、よく分かっている筈なのに、何故か叫んでしまった。
「─父さん、アカリ、花宮さんが来るみたい」
「いつもシンヤがお世話になっている人かな? そうなら久しぶりの来客だ。部屋の片付けしよう」
と、突然の来客を迎えるために意気込む父さん。てか、わざわざ家まで来るくらいなんて、何の用事があるんだろうか?
※
花宮さんは4時前にはもう家に来た。
パーカーにジャージといった、ラフな格好。いつものスーツ姿もいいが、ラフな花宮さんも中々いい。真面目な話をする来客としては厳しい目で見てしまうがな。
「初めまして、シンヤの父親のタケルです。いつも息子がお世話になってます」
「いいえ、こちらこそシンヤには沢山助けて貰ってますので、ラプスにとても貢献してくれて嬉しいです」
「…今回はどういった御用ですか。急に電話切って、非常識ですよ」
「あーそれは悪ぃな。で、用というのは…シンヤにある話があってよ。最近、一般よりも強い力を持ったハンベルが大量に現れるようになっただろ。恥ずかしい話だが、我々ラプス安協だけの力では対処しきれなくなってな」
「最近、ハンベルの凶暴化が進んできてますからね」
「そこでだ。今後、またギガハンのようなハンベルが現れたら、お前に応戦要請を出すように、と上司から指示されてよ。勿論その都度、報酬は払う。こういう商談は電話で話すよりも、直接話した方がお前にとってもいいと思ってな」
前回働いた時はアルバイトとしてだったが、今後は非常勤で働く、という事で合ってるだろうか。だが、それだったら何故ラプス安協に入隊依頼を出す、といった真似をしない?
だが、別に悪い話でもない。正直、ハンベルを狩る事は趣味では無いが、以前程の報酬が貰えるなら、家族の生活を豊かに出来るだろうか…。
「…いいですよ。ですが、毎回行けるとは限りませんけど、それでも?」
「お前の行けるタイミングでいい。だが、暇なのに用事がある、というのは許さねぇからな」
それ矛盾してるのでは? でも、気分が乗らない日だってあるだろうし、そこは仕方ないと思うけどな…。
「兄がダメな時は、私が行きましょうか?」
テレビを観ていたアカリが突然口を開いたかと思うと、とんでもない発言をした。
「ほう…やはりシンヤの妹というだけあって、期待は持てる。それほど自信があるくらいなら、さぞかしラプスタウンへの通行許可証は持っているのだろうな」
「1年前に取得したてホヤホヤちゃんですよ。兄には劣りますけど、私だって一応イーグルウォッチは使えますし、多少の戦力にはなると思います」
どうやら、アカリは本気のようだ。いつもの曖昧な目じゃなく、真剣な眼差しだった。
「勝手に話を進めるんじゃない! まだ父さんは働いていいなんて許可を下ろしてないぞ!」
「私だってもう高校2年生だよ。同い年で働いている人だって沢山いるもん。子供扱いしないで」
「子供扱いの話じゃない! 父親として娘の安全を願うのは当たり前じゃないか!」
父さんとアカリの意見は一致せず、嫌な空気に変わってしまった。
俺はどっちの見方にもなれない。どちらの気持ち分かるからだ。
「─アカリ、私はいつでも大歓迎だ。ただ、お父さんとよく相談しろ。アカリの意見も分かるが、お父さんの気持ちも痛いほど分かる。だから、お互いが納得出来る答え出せ。それが条件だ」
「…わかりました」
「よろしい。2人とも、私は君達の父さんと話がある。だから少し席を外してくれねぇか」
「…? はい、いいですけど…アカリ、コンビニ行こうぜ」
「うん…」
何の話かは知らないが、大人同士の話、という事で見逃そうと思う。
※
あんなに冷たかったアイスクリームも、急いで食べないと溶けて手に付いてしまう程、外の熱気は凄い。
公園は俺ら以外誰も居ない。もう暗くなるから帰ってしまったのか、それとも暑さに耐えきれずに家の中で遊んでいるだけなのだろうか。
まあ、俺も花宮さんに追い出されなければ、今頃家の中で過ごしていたからな…。
隣で軽くブランコを漕いでいるアカリは、相変わらず浮かない顔をしている。
「なぁ、どうしてアカリは花宮さんの話に乗った?」
「単純だよ。兄の妹として、もっと強くなりたいと思ったから」
「…その理屈なら、普段の部活の助っ人とかで強くなればそれで十分じゃないか?」
「違う。もし兄が大怪我して仕事を続けられなくなったら、私が仕事するから。その為にハンベルと戦える様に強くならなきゃいけないと思ってたから…」
アカリはブランコから立ち上がり俺に説得してきた。
その姿に、俺は暫く固まった。アカリが自分のラプスタウンに行ってハンベルと戦おうとしていた事、そして俺が大怪我をする前提で行動を実行しようと見据えていた事実。
思い返してみれば、自分が大怪我をしてしまうかもしれない、だなんて考えたこともなかった。俺がギガハンと戦って生きていたのも、俺の強さがあったからではなく、周りに恵まれていたからだよな。
運が悪かったら死んでたかもしれないのに、命を簡単に捉えすぎていたのかもしれないな…。
「──どしたの、急に黙り込んで」
「…お前の話、妙に納得しちゃったんだよ。だけど…俺の代わりになって動いたら、お前に危険が及ぶかもしれないだろ? そうなら、俺は父さんの意見と同じになってしまう。父さんの気持ちも考えてみろ、お前が死んだら、もう立ち直れ無いほど落ち込むぞ…」
「…やっぱり、兄も同じ意見…か」
「何暗い話してるんすか?」
「「うわぁっ!?」」
後ろから急に現れたのは、ラプス安協研究チーム所属の空風ナギノだった。今日も白衣で外に出ていて、顔を見るよりそこでナギノだと認識した。
「事情は聴いたっす。まぁ、その点はご安心して欲しいっす。ある程度の実力を残していない人はそもそもラプスタウンで一人行動させてないっすから」
「…え? だれ?」
「あ、申し遅れたっす。ボクの名前は空風ナギノ。主にハンベルについて研究しているっす。今日は花宮さんに車でシンヤさん家に行くついでにホームセンターまで送って貰ったんす。んで、今待ってる途中に二人が居たんで…で、本題に戻るんすけど、通行許可証を持っていても実力がない人は、ラプス隊員の護衛が付くっすよ。ボク、結構顔広いっすからいい人紹介出来るっす」
両方の人差し指を頬に当て、ニカッと笑みを浮かべるナギノ。少しあざとい面もあるんだなコイツ…。
「そうなんだ…でもナギノさん、実力を残せば単独行動も認められる、って事だよね?」
「そうっすけど、花宮さんに目を付けられてしまった以上、絶対に単独行動は認められないと思うっすけどね」
「どうして?」
アカリがそう問うと、ナギノはアカリの肩に手をポン、と置いて眼差しを凝視する。
「─いいっすか。我々ラプス安協は鷹眼家を大切に思っているっす。これからのラプスタウンの変化に対応出来る人材が居なくなったら、我々としても困るっすからね」
「…だったら、何で兄はラプス安協の試験に落ちたの? 兄は試験でもトップクラスだったのに、ラプスタウンの変化にも対応出来るはず。そうなると、ナギノさんの話だと矛盾するじゃん」
「それはボクも同じ意見っすよ。だって花宮さんから聞いた話っすから。何ででしょうね?」
「…そんな話、別にどうだっていい。行くぞアカリ、そろそろ終わってるだろ」
「私、もうちょっとナギノさんと話す。兄は先に帰ってていいよ。同じくらいの歳だっけ、なら話し合うかもだしさ」
「晩御飯迄には帰ってこいよ…」
二人をブランコに残し、一人帰路を歩く俺。
さっきから矛盾ばかりだ。大切にしているだとか何とか知らないけど、ラプス安協は俺の事をどうしたいんだ。おちょくってるのか?
大体、突発的に花宮さんは家に来るし、おまけにナギノも現れるし、何なんだ…?
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