十三話 弱み

 午後8時に始まった打ち上げは、密かな盛り上がりを見せていた。


 店では四人席を二つ用意してもらい、右半分が(花宮さん、ナギノ、ヒユウ)の三人に空席で、左半分が(俺、カナ、ミミ、高牧さん)が座っている、といった構図だ。


 「ミミもあと少ししたら酒が飲めるくらい大きくなったんだなぁ、時の流れは早いもんだ」

 「高牧のおじさんったらやめてよもぉ〜、でも飲める年齢になったら奢って〜」

 「甘え上手は健在だなぁ…別にいいけどよ」


 こんな親戚のやり取りっぽいのをずっと見せられてる俺とカナ。長すぎて苦笑いどころか、呆れた顔すら出来なくなってきた。


 ふと横を見ると、カナは弾けるレモンスカッシュを5口ほど喉に入れ、ジョッキを置きつまらなそうな表情を浮かべた。


 「いつもこんな感じなのか」

 「うん、ラウフが活躍しているだけで、実質私は何もしてないし、だからといって大人のする会話は分からないから、話す事が見つからなくて盛り上がれない…でも、今日はシンヤが一緒で少しは楽しいよ」


 少し、か…。本当に苦労人だな、カナは。


 「花宮さん、流石に飲みすぎっすよ! 体に悪いっす!」

 「私は普段から運動してるから健康だぞぉ。ほら、ヒユウもっとナポリタン食えよ、好きなんだろ?」

 「はい…食べさせていただきます」


 隣は隣で地獄絵図が完成している。こっちの席で良かったかもしれない。


 …思い返すと、何気にこういった飲み会というのは初めてだった。


 高校時代は、運動会や文化祭の打ち上げなんて参加した事なかった。単純に大人数が嫌いというのはある。偏見になるが、ただのウェイ系の人達がやるような、俺には無縁の行事だと思い込んでいた。


 けれど、普段から大人しい人達でも飲み会はするものなんだ。案外悪くない事なのだろうか、と考え方が改まりつつある。


 「ねぇ、カナちゃんは何か恋バナとか持ってないの〜?」

 「アハハ…持ってないですよ。学校だって陰の者なのに…シンヤは持ってないの?」

 「まさか〜、シンヤが持ってる訳ないわよ。ね?」


 ね? じゃねぇわ。否定出来ないけどさ。


 「やっぱり恋バナってのは、いつの時代になってもあるもんなんだな。俺も若い頃は…」

 「高牧おじさんの話は興味な〜い」

 「んなこと言うなよ〜、あ、お兄さんビールもう一杯お願いします〜」


 高牧さんの付近に置かれているジョッキの数は五個。これは飲みすぎなのか、それともまだまだ足りないのか… 未成年だから分からないけど。



 「ちょっと私お手洗い行ってくるね〜」

 「あ、私も行きます」



 カナとミミは一緒に席を離れ、俺と高牧さんの2人になってしまった。



 「…シンヤくん、今日はキミのお陰で本当に助かった。ワイヤーで引っ張ってくれなかったら、ギガベルは倒せなかったよ」

 「そんな事ないですよ。殆どがラプス安協の力があってこその討伐でしたから」

 「もっと自分を誇ってもいいんだぞ。キミは凄い才能を持っていて、それを欲している人は沢山いる。勿論、俺もその1人さ。また困った時は、頼っていいか?」

 「…はい」



 ラプス安協は俺の才能を必要としない。だから採用試験に落とされたのだと思ってた。


 だけど、今の高牧さんのを話を聞いて、それは違うような気がした。何か、特別な理由があるような、そんな感じだった。



 「そういえば、まだバイト代を払ってなかったな。カオリに頼むと現金渡してくれないだろうし、俺が用意しておいたんだ」

 「聞こえてるぞ。でも実際商品券を渡そうと思ってた」

 「ほら見ろ…はい、少し多く入れておいたから」

 「そんな、ありがとうございます…」


 受け取った茶封筒の中を見ると、七万円程入っていた。労働と報酬が見合っているのかは知らないけど、何故か罪悪感が残った。


 月三~四万程の稼ぎしかない探し屋の仕事で、こんなに貰うのは初めてだ。何かアカリに買ってあげようかな。


 「そんなまじまじと中身を見てどうしたんだ? 少なかったかな?」

 「とんでもない! こんなに貰えるなんて信じられなくて!」

 「ハハ、それなら良かったけど…あ、お兄さんビールありがとね」


 そんな会話を繰り広げてる間に、ミミが席に戻って来た。


 「なになに高牧のおじさん、シンヤとどんな話してたの?」

 「給料の話さ。ほら、お前の分」

 「え、私全然働いてないのにいいの? でも貰えるものは貰っちゃうわ。ありがと! 高牧のおじさん!」

 

 ウッキウキで茶封筒を受け取るミミ。そして中身を見て俺と同じく驚いた顔をする。遠慮ってもんを知らないんだなこいつは…。



 「そろそろ私帰ります。お母さん心配させちゃうので」

 「そうか、お疲れさん…ってカオリ今日酒飲んでんじゃねぇか。誰が送ってくんだ?」

 「しょうがねぇだろオッサン、飲んじまったら吐いても飲酒運転にはなるし、車は出せねぇぞ」

 「じゃあどうすんだよ、今日頼れるやつ他に居たっけな…」


 会話を聞く限り、どうやらカナはいつも花宮さんの車で送り迎えしてもらってるらしい。相当揉めてるようだが…。



 「…俺が送ろうか?」

 「し、シンヤが!? でも今日は家族の為に早く帰るんじゃ…」

 「今日の晩ご飯は、悪いけど妹に作ってもらう。それにこの時間に一人で歩くのは危険だ。何かあったら皆が困るだろ?」

 「シンヤ…」


 「悪いな、じゃあお言葉に甘えて頼ませてもらうよシンヤくん」

 「私とヒユウくんはもう少し残るわ。二人ともじゃね〜!」

 「え、ボクも…?」

 「当たり前だろぉ? ほらもっとパスタ食え食え」

 「頑張れよヒユウ。じゃあ、また」



 ポケットから取り出した財布から三千円ほど出して机に置いた後、出口に向かった。


 振り返れば、皆が手を振って送ってくれていた。俺も軽く手を挙げて挨拶し、その場を去った。



 ※



 薄暗い道を照らす街頭の下を歩きながら、俺はカナの家まで向かう。



 「ごめんね、私の都合で振り回しちゃって…」

 「気にすんな。俺は夜の散歩、結構好きだ」

 「そう…? でもそう言ってくれて嬉しいな」


 普段は夜の散歩、と言うよりは買い出しみたいなものだ。この時間帯は惣菜が安くなる。狙い目なのだ。



 「ミミさんって、少し変わっているけど、元気を周りに振りまいていて、いい人だよね。昔からそうなの?」

 「そうだな。昔からあんな感じ」

 「へぇ〜…でも、なんでミミさん、花宮教官と高牧さん、それにナギノちゃんと面識があったんだろう?」


 ギク、と一瞬体が凍ってしまった。


 「あ、何か知ってるんでしょ?」


 俺はカナの前に立ち止まり、肩に手を置いて、真剣な眼差しでこう話した。


 「その話はタブーだ。本人、またはラプス安協の人には絶対に話すんじゃないぞ」

 「でも…私だけ知らないのもなんか不平等じゃない?」

 「きっと、もっと仲良くなれば本人から打ち明けてくれる。ただ、俺の口からは言えない」

 「ミミさんの親友でも?」

 「…親友でも。分かってくれ」


 約束は約束だ。カナであっても言うことは出来ない。あの事は、俺が話す事じゃない…。


 「─そうだね。正直、凄くモヤモヤするけど、ミミさんの為なら…親友なら尚更約束は守らないといけないもんね。聞かないでおく」

 「うん、ありがとな」


 どうにか理解してくれて良かった。これがラウフだったらどうだったろうか…。


 「あ、ちょっとコンビニ寄っていい?」


 帰り道の途中には、何時でも明るいコンビニがひっそりと立っていた。


 「いいけど…もう食べ物はいいだろ?」

 「違うよ! ちょっと飲み物買うだけ!」

 「そ、そうか、すまん…じゃあ俺外で待ってるから」


 カナが店内に入ったあと、背面に本のコーナーがある窓に寄りかかって待つことにした。


 カナは少人数だと話せるが、大人数になると口数が少なくなるタイプだな。俺も同じだ。


 確か高校生だったよな…ラプス安協として働けるのは、一般的には高校生からだが、カナは花宮さんのスカウトで入ったから、特待制度で入隊したと推測できる。


 特待制度は、早ければ中学生からでも適用される。相当な実力があればの話だが。実際にそれが適用されて入隊した人は少ないみたいだけど…。



 「おまたせ! もう飲んじゃお〜」

 「お前それ、チルする飲み物…」

 「…はぁ〜、そうそう、最近ハマってるんだよね〜。リラックス状態になって、直ぐに眠れるから、お気に入りなの」



 それ寝る前に飲むやつじゃないのか…?こんな所で眠られたら本当に困るんだが…?



 「じゃあ帰ろっか…ぅあぁ〜…眠い…」



 カナは眼をウトウトさせ、瞼を閉じて開いた! と思いきやまた閉じて、膝から崩れ落ちた。


 顔から着地しないように肩を抑えたら、スヤァ…と寝息をたてる声が耳元で聞こえ始めた。


 言わんこっちゃない! どうするんだこれ…ラプス内じゃないから流石に抱き抱えて帰るのも怪しく思われるし、かと言って無視する訳にも行かないし…どうしようどうしよう…。




 ──あれ、寝息が止まった?


 顔を覗き込むと、眼がぱっちりと開いていた。思わず「わあっ!?」と声を挙げてしまった。



 「…今はラウフだ。シンヤ話させる為に、ワザと寝てくれたみてぇだな。でも効果出るの早すぎだろ…」



 俺の手を払い、膝を叩きながら立ち上がるラウフ。さっきまでの柔らかい表情も、一気に強ばっており、俺って今全くの別人と話しているんだと実感させられる。



 「…あ、この髪だと話しづらいか?」



 ラウフは髪を結んでいたヘアゴムを引っ張ると、風に揺れる花のように髪を靡かせた。



 「…さて、カナの母さんが心配する前に、さっさと帰るか。別に見送りなんて要らねぇけど…じゃあ、行くぞ」



 ラウフに手招かれ、明かりが少ない道へと戻った。


 歩幅がさっきより広く、あるくスピードも早い。追いつくのに少し体力を使う程だ。


 ──そういえば、コイツには聞きたいことが山積みだ。まずは何から聞こうか…。



 「…そうだ。お前、何で俺の爺ちゃんの事知ってたんだ?」

 「昔、研究室でその時計についての資料を見たことがあんだよ。迫力のある紋章だったからすげぇ興味深くて。だから自然と制作者の名前も覚えちまった」

 「俺の爺ちゃん、そんな凄い人だったのか…って、何でその資料がラプスの研究室にあるんだよ!?」

 「そこまでは知らねぇよ。逆に聞きたいんだが、十八朗はラプスと関わりがあるんじゃねぇの?」

 「─あまり聞いた事ない…爺ちゃん家に行くのも三年に一度くらいだし…でも、ラプスタウンの事件については知っている筈だけど…」

 「ふーん…」



 確かに、爺ちゃんが作ったイーグルウォッチは凄い。昔、使い方をレクチャーされて、あっという間に習得した。


 それは俺の才能なのか、はたまた爺ちゃんが誰にでも使えるように設計したのか、それは爺ちゃんのみが知っている。


 ─ふと疑問が浮かんだ。でも、それって聞いていいのか駄目か悩んだ…。


 「…次は何聞きたいんだよ? 凄い表情だぞ」

 「バレてたか…ラウフって、今何歳なんだ?」

 「ざっと10歳くらいじゃね?は多分もっと…あ」



 ──オリジナル? つまり、ラウフの元となった人…ラウフはオリジナルでは無い…?



 「…とにかく、俺は人を守る為に生まれた存在、それだけは確かだ。オリジナルの事は聞かなかった事にしろ」

 「…分かった」



 何かモヤモヤする…だが、俺もカナにはミミの事を聞くなと言ったし、追及する立場では無い。大人しく黙っていよう…。



 「──ほら、着いたぞ。ここが俺の居候地だ」



 つまり、カナの家に着いた事か…住宅地に挟まれた、二階建てで白塗りで、庭には綺麗な花が一面咲いている。


 ラウフが鍵を開けてもらうためにチャイムを押す。多分他人の家の施錠を開けるのは抵抗があるのだろうか…。



 「チャイムを押すってことは、ラウフくんねぇ〜。あら? そちらの方は?」



 ドアから出てきたのは、カナのお母さんらしき人だった。エプロンを着ていて、家事の途中だったみたいだ。



 「カナがよく自慢げに言ってただろ? ラプスタウンで探し屋をしている、シンヤだよ」

 「どうも、鷹目シンヤです…」

 「あ〜! あなたがシンヤくんねぇ! いつもカナとラウフくんがお世話になってます〜」


 礼儀正しく頭を下げるお母さん。よくお世話してます…。


 「今日はカオリが飲みすぎて車を出せなくなったから、代わりにシンヤがウチまで送ってくれたんだよ」

 「そうだったのね。ご迷惑をお掛けしました。良かったら、ウチでゆっくり休んでかない? 紅茶を入れるわ」

 「気持ちはありがたいのですが、家で待っている家族が居るので…」

 「シンヤくんは家族思いなのねぇ。なら

また今度家にいらっしゃい。カナが自慢げに話すから、色々知りたくって!」



 自慢げに話すって、何を自慢する事があるんだよ…俺、普通の事しかしていないはずだけど…。



 「じゃあ、今日はありがとうね。ラウフくん、入るわよ」

 「先に入っていてくれ。少しだけシンヤ話したい事がある」

 「迷惑かけない程度にしなさいよ〜」



 カナのお母さんは奥に進んで行き、玄関に残された俺とラウフ。



 「…お前に頼みがある」

 「頼み…?」

 「俺はカナを守る為に生まれてきた。本人がそれを拒もうが、遺伝子的に仕組まれてるんだ。俺の一番の強みは、カナの体を支配して守ることだ。だが、それだけではカバーしきれない」


 ラウフは両手を後ろに組んで、軽く足を動かしながら話す。


 「外面的にはいつでも守れる自信はあるが、内面的には守れる自信がねぇ…実際、俺のせいでカナを傷つけてしまう事なんてよくある。だから…」


 急に俺の両手を掴み、上に上げさせる。



 「カナが傷ついた時は、シンヤが寄り添ってくれないか。俺の欠点を、どうか補って欲しいんだよ。頼む…」



 ラウフなのに…表情が柔らかい。心から訴えるその姿に、違和感というか、感動というか…よく分からない感情が俺を襲った。


 こんな面を見せるほど、本気で願っているようだ。だけど…。



 「そんな事か。言われなくても、そうするつもりだぞ」

 「本当か?」

 「ああ。ラウフだって、困ったら俺を頼っていいんだぞ。上手く話せるかは別としてだが…」

 「…感謝する。こんな事、カナが起きている時になんか恥ずかしくて言えねぇよ…」



 ラウフは髪を指で巻き、恥ずかしさを誤魔化そうとする。



 「…それだけだ。お前も気をつけて帰れよ。じゃあな!」



 顔を赤めて、ラウフは扉を強く閉めた。



 キザでクールで素早い。そんな存在だと思っていたけど、ラウフって意外と人間味があるんだな…と思わされた。




 でも…俺なんかに守れるかな…?

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