十二話 畳の上で過去ばなし
地上に降りて来た俺とヒユウ。ドアから出てきて最初に見た光景は、ミミとラウフが建物の陰で体育座りしている姿だった。
「お前、このポテンシャルで何故ラプス安協に入ろうと思わない?」
「別に興味ないもん。ハンベルを倒すことは私の人生の目的にはいってないもの…あ、シンヤにヒユウくん!」
「──よくそんな顔出来るなぁ、ミミさんは…」
ヒユウの言う通りだ。さっきまでピリピリしていたと思ったら、目的を達成した途端すっかり笑顔になって…。
「じゃ~ん! 見なさいよこの爪! この爪を手に入れる為にここに来たと言っても過言ではないわね」
「でも、検問の時どうするんだ? 絶対外に持ち出せないのは知ってんだろ?」
「えーっとね…外には持ち出さないけど…研究所に…これ以上は言えないわ」
研究所…? 何のことだ?
「派手にやってくれたじゃねぇか、ラウフ」
「無事で何よりっす」
後ろから来たのは、花宮さんとナギノ。二人も何事もなかったようだ。
「だがラウフ、お前は体力温存の為に待機してろと言ったはずだろ」
「他の隊員が誰も止めに入ろうとしないから、俺が行くしかなかったんだよ。それに、犠牲者を増やしたくなかったからよ…」
でも結果的に、ラウフが居なければギガハンは倒せなかった。結果オーライって事にしておいてあげればいいのにな…。
「さて…お前この爪、何に使うつもりなんだ?」
「実験材料よ。これがないといけないの…」
「実験材料って…お前、アレを作ろうとしてるんじゃないだろうな? 誰一人成し遂げることが出来なかったアレを…」
「結構良い所まで行ってるのよ。ある人の手によってね」
「何だと? そんな話上層部の私でも聞いてないぞ」
「というわけで、これから研究室に向かおうと思うんだけど、ナギノちゃん、折角だから一緒に来てくれる? 実は私、その人と対面で会うの初めてでさぁ」
「あ、は、はいっす…」
「私も着いていく。色々事情徴収したいからよ」
「…しょうがないわね。花宮さんくらいなら許してくれるだろうし。じゃあまた後でね、シンヤ」
そういって三人はビルを離れていった。花宮さんは少しだけ何か知っていそうだったが…まあ、ラプス安協の人たちの問題だろう。俺が首突っ込んでも仕方ないし。
…さて、残されたのは俺とラウフとヒユウ。気まずい雰囲気が流れる。
「…悪かった」
重い口を最初に開いたのは、意外にもラウフであった。
「え?」
「あの日…色々と気が立っていたんだ、カナにまた迷惑掛けちまったって。だからつい、無関係なお前に八つ当たりしてしまった。謝りたくても、プライドが邪魔してなかなか謝れなくてよ…」
「僕の方こそ、ラウフさんの事避けていて…怖くて乱暴で、勝手にそう思っていたけど、今日のラウフさんは、ミミさんを助けていたり、指示が出来ていて…自分が間違ってたんだって気づけたよ。仲直り、してくれるかい?」
ヒユウはラウフに向けて、手を差し伸べる。
「…これからはお互い良好な関係で行こう」
その手を、ラウフはギュッ、と掴む。これで、仲直りは成立しただろう。
「はは、やっと出来た…この状態キープすんの、ずっと待っていたんだから…な…」
限界が来たようだ。一気に力が抜け、ふにゃふにゃになるラウフ。それをヒユウが肩を支え倒れるのを阻止する。
「…んん、あれ、ヒユウ先輩…? どうして…」
目覚めたカナは状況を理解出来てないようだ。
「ラウフの時の記憶ないのか?」
「お昼寝してたから覚えてない…あれっ、ギガハンが倒れてる。もしかして、ラウフが倒しちゃったの?」
「厳密には、ラプス安協の、そしてミミさんにシンヤくんだけどね。後の処理は残りの隊員でやっておくから、カナさんは今日はあがりでいいよ。僕から花宮さんに言っておくから」
「あ、ありがとうございます…」
「僕は報告書を書かないといけないから。それじゃあ、ここで」
後ろを向き、片手を振りながらヒユウもこの場から離れていった。辺りを見れば、ラプス隊員がゾロゾロと集まってきて、ギガハンの周りを囲み始めた。
「これから何をするんだ?」
「ハンベルが飽和されにないように薬品で固めておいたから、色々調べるんだってさ。でも試薬だから効果はいつまで続くか分かんないけど、って花宮教官は言ってたよ」
それって…花宮さんもラウフもヒユウも居なくて大丈夫なのだろうか。急に効果が切れたらどうする気なんだか。
「…ねぇ、シンヤ? 一緒にラプス会館に行かない? ちょっと横になりたい…」
「疲れてるもんな。行くか」
「うん。ありがとうね、シンヤ」
カナの提案で俺達も、この場から離れる事にした。後は任せました、他の隊員さん……。
※
「あぁ〜、何かした記憶ないのに疲れたなぁ〜…」
消毒ルームを通過し、簡単な服装に着替えた後にロビー近くにある畳の和室で休憩する事にした。
カナはうつ伏せになって寝転がり、動く気配を感じさせない。
「疲れている人に言うのも何だが…こんな姿を公共の場の皆さんに見せていいのか?」
「こんなリラックスした姿見るの、シンヤは初めてじゃないでしょ。それにラウフだって自由に色んな格好するし、今更恥なんて…」
カナも色々苦労してるんだな…自分の知らない所でどんな事されてるか分からないなんて…。
「シンヤって、休みの日とか何してるの?」
「一応今日は休みの日なんだが、まぁ…チョウキと遊んだりミミと話したり、それ以外は家事の手伝い…かな」
「家事って事は、料理もするんでしょ? 何か得意料理とかあるの?」
「インスタントラーメン」
「何ドヤ顔で言ってんの、それくらいなら私でもできるよ」
カップラーメンよりかはマシだろう。一応鍋でお湯を沸騰させるという手間があるのだから、ちゃんとした得意料理だろう。何か反論でも???
「だったら、そういうカナはどうしてるんだ?」
「私はね、家で映画見たり、少し遠くまでお散歩したり、ギター弾いたりも。でも時々お昼寝しちゃうから、その時はラウフに行動させてあげてる」
「気になったんだが、ラウフは今カナの意識領域に潜在しているのか?」
「えっと、ラウフが今起きてるってこと? 今は寝ているけど、起きている時は脳内に話しかけてくるよ。人格がラウフに変わるタイミングは、私に危機が訪れた時、重要な会話をする時、そして私が寝ている時。このどれか一つが当てはまれば、ラウフとチェンジするって事」
ちゃんと条件が存在しているらしい。好き勝手ラウフが自由に変えているものなのだと…。
「そうだ。折角だし、この前出来なかった話の続きでもしようかな」
「い、嫌だったら無理に話さなくてもいいんだぞ?」
「シンヤには知ってほしいから尚更話すよ…じゃあ、ラウフとまた再会した時の話から…」
※
あれは中学三年の秋だった。家で勉強をしている時、突然チャイムが家に響き渡った。お母さんが玄関から出ると、何やら深刻そうなトーンで話しているのが聞こえた。
「カナ、下りてらっしゃい」
お母さんの呼びかけに、今後何が起こるか分からない恐怖に怯えながらも、階段を下りていく。
そして玄関に立っていたのは…花宮教官だった。まだこの時は花宮さんと呼んでいたけど。
「ラプス安協のカオリちゃんよ」
「─どうも、花宮カオリだ。少し話を聞いてもらいたくてお邪魔した」
「話って…私今受験生で忙しいんですけど、また今度にして…」
「五年前に、得体のしれない何かに体を侵略され、ハンベルから身を守ってくれた…なんて経験はないか?」
その話を聞いた瞬間、勉強どころでは無くなってしまった。多分話を聞き逃したら、勉強に集中出来る気がしなかったと思うし。
「あ、ありますけど…ていうか、お母さんはこの人の事知ってるの?」
「あら、覚えてないの? カナがハンベルに襲われた時に助けてくれたのよ」
「幼い時の記憶だ。それに、一人ひとり顔や名前を覚えるほどの時間はなかった。忘れていても仕方ないだろ。だが、五年前の記憶があると言う事は…今日はその事について話をしたいのだが…勉強の邪魔になるから駄目か?」
「い、いいいいえ! 是非聞かせてください…」
やっぱり、第一印象の花宮さんは怖かったな。絶対に聞け、みたいな威圧感があったし。
そしてリビングに移動して、花宮教官との話が始まった。
「その得体のしれない何かなんだが、今、我々ラプス安全協会の元で管理されていてな。そいつの名は…」
「ラウフ…でしたっけ?」
「その通りだ。そのラウフが言うには、岩指カナという少女との再会を果たしたいと。どうやら、カナの体が一番移動するのに適しているらしい」
「一番って…ラウフさんは他の人でも試したんですか?」
「そうみたいだ。カナが背中に傷を負ったのと同じように、ハンベルに襲われた人は多くてな。その傷から身体に入り込み、コントロールを得る、というのがラウフの仕組みだ」
その時はちょっと気持ち悪いと思った。見ず知らずの女子の体を乗っ取ってそれが適任だとか、ラウフが人間だったら直ぐに通報するレベルだよ。
「…まあ、そのラウフが私に会いたいのは分かりましたが、結局、その後は何をしたいんですか?」
「いや、とても言い難いんだが…その…カナもラプス安協に入って欲しいんだよ」
「はぁ!? 嫌ですよそんなの!! 大体、今年は受験もあるって言うのに、そんな急に入れだなんて…」
「勿論今すぐ結論を出せ、と言うつもりは一切ない。ただ、こちらからは学業との両立可能なサポートはするつもりだ。ラウフとカナの力を合わせて、ハンベル撲滅の勢力になって欲しい、というのが我々ラプス安協の願いだ」
「多分受験後も私の意見は変わらないと思いますけど…」
「でもとりあえず、そのラウフくんには会ってみたらどうかしら。カナを助けてくれた恩人なんでしょ? お母さんはラプス安協に入れとは言わないけど、せめてお礼くらいは言っておきなさい」
確かに、私自身もラウフと再開くらいはしてあげてもいいかなって思えた。でもあの時は私の体を利用しただけって言ってたし…。
「…まあ、勉強の息抜きにはいいかもしれないですし、会うだけなら…」
「分かった。後でやっぱり無理って言うのは無しだぞ。…じゃあ岩指さん、カナを預かります」
「よろしく頼むわね、カオリちゃん。カナも迷惑かけちゃダメよ?」
こんな人の前で迷惑なんかかけられるわけが無い…そう思いながら私は花宮さんの後に着いて行った。
※
車に乗せられ、ラプス会館に入った後に連れて来られたのは、薄暗い研究室のような場所。薬品やフラスコなんかが置いてあって、不気味さを更に増していた。
そして奥の方で誰かとブツブツ話している声が聞こえた。甲高い声…女性の方だ。
「ナギノ、カナ連れて来たぞ。あいつは?」
「お疲れ様っす。別の研究を手伝いに行ってて、本日は私が代役って事っす。あ、初めまして、カナさん。私はラプス研究員の空風ナギノっす」
ナギノちゃんは優しい笑顔で、私にそう挨拶してくれた。
「ど、どうも…岩指カナです。よろしくお願いします…」
そういえば、そこがナギノちゃんとの初めての出会いだったなぁ。後で歳が同じだってわかった時は嬉しかったよ。
…それはまた今度話すとして。
「では早速、奥の部屋にご案内するっす」
ナギノちゃんは奥にある扉に手を掛け、奥に押し込む。その奥には、真っ暗な部屋の中に円柱のケースがあり、その中には得体の知れない光の物体が閉じ込められていた。それは間違いなく、あの日見たものと全く同じものだった。
「ラウフさん、カナさん来たっすよ」
「…そっちから来てくれたんだな。久しぶりだ、元気にしていたか?」
「あ、はい…あの時は助けてくれて、ありがとうございました」
「お礼を言うのは俺の方だ。良い宿主を見つけられたんだからな。花宮から諸々話は聞いたか? 俺からも言うが、お前にはラプスに入って欲しいんだよ」
強引に勧誘するラウフ。でも私の気持ちは変わらなかった。
「嫌です! 大体何で私なんかを選ぶんですか! 私の代わりなんていっぱい居ると思うのに…」
「代わりが居ないからお前に今こうやって勧誘してるんだ。…お前、ハンベルに襲われた時に傷を負っただろ。そしてその傷口は閉じる事は無い。その傷を見せないため海にも入れないで、可哀想な思いをしただろうに」
「そ、そうだったけど…」
「もしも俺がお前の宿主になったら、その傷口を閉じてやるよ。ただ、俺がお前の細胞を侵食している間だけだがな」
「…え?」
悪くない提案だった。友達に市民プールに行こうと誘われても、傷のせいで断っていた。泳ぐのは嫌いじゃなかったから、尚更悔しかった。
でも、この条件を飲むのも少し気が引けた。容姿を良くする為にラプス隊員として働くのも、少しリスクが高いと思った。
「…どうするっすか、カナさん」
「今日はラウフと会いに来ただけだ。今直ぐに決めなくてもいいんだぞ」
「…ラウフさんって、勉強得意?」
「…勉強? まあ、高校レベルの問題までなら行けるんじゃねぇかな」
「じゃあ私の家に着いてきて、約三ヶ月間くらいの間、家庭教師してくれない? そうしたら、ラプス安協に入るのを検討してもいいよ」
気づけば敬語なんか使っていなかった。それに、ちょっと成績がピンチだったから、その時の私にとっては最上級の提案だった。
「──安い御用だ、後悔するんじゃねぇぞ。じゃあ早速、お前の家に向かわせて貰うからな」
どんな表情をして話しているかは、よく分からなかった。嫌な顔か、呆れた顔か、それとも…。
「…花宮さん、本当にそんな条件で大丈夫なんすか? 勝手な事したら会長に怒られるんじゃ…」
「ラウフはハンベルではない。よってラプスタウンの外に出してもルールには反してないから、そういう事になっても大丈夫だ、と会長は言ってるからよ。カナがその気になってくれるなら、私もその条件で別に構わねぇよ」
「そ、そうっすか…カナさん、ラウフの事についてはよく知ってるから、何かあったら私に相談するっすよ」
「うん! よろしくね、ナギノさん!」
…みたいな感じで、私とラウフはまた一緒に過ごすことになったの。
※
「って感じかな」
「なるほどなぁ…ん? 勉強教えて貰ったからラプス安協に入ったのか?」
「それだけじゃないよ。まぁ…それはラウフに聞いて」
中々気になる展開まで引っ張って、最後はラウフか…何があったんだが。
「…あ、ここにいたんすか、カナとシンヤさん」
「ナギノちゃん! それに花宮さんと…だれ?」
後ろからゾロゾロと入ってきたのは、ギガハンの爪を持ってどこかに行ってたミミ一行である。
「だれ? じゃないわよ。さっきまでの上からの態度はどうしたのよ? ラウフちゃん?」
「あ、あわわわ…」
「待てミミ! 今はラウフじゃない! カナだ!」
威圧をかけ、顔を近づけさせるミミに、俺がストップに入った。
「…え? あ、もしかして、さっき言ってた人格って…本当だったの!? ご、ごめんなさい、私ったらつい…」
「わ、私の方こそごめんなさい、ラウフが勝手な真似をするから誤解を産んでしまったみたいで…てか、シンヤの知り合い?」
「まぁ、多分カナ以外は全員知ってると…」
カナ以外の全員、気まずい表情を浮かべる。
「ま、まぁその話はまた今度にするっす。それより、今から駅前の居酒屋で打ち上げするんすけど、二人は来るっすか?」
「俺は妹と父の分の夕飯の支度もあるし、早く上がらせて貰うけど、行けないことは無い」
「私も今日は特に用事ないし、行けるよ」
「決まりっすね。準備が出来次第、門の前に集合でお願いするっす」
そう言って、花宮さんとナギノは去っていった。けれど、ミミだけはこの場に残ったと思ったら、畳の上に座って机に顔を伏せて大きな溜息を吐いた。
「─何で今日に限って留守にするのよ…まぁ、アポ取ってなかった私も悪いけどさぁ…」
「爪はその研究所に置いてきたのか?」
「そうよ。パスワードは知ってたから研究所に入れたけど、鍵だったら詰んでたわね…ていうか、さっきはごめんね、カナちゃん…」
「ぜ、全然気にしてません! それより早く行きましょ。 私死ぬほどお腹空いたな〜…」
これは絶対気にしてる素振りだな。態々お腹空いた〜なんて言わないしわざとらしい。まぁ、あのミミの威圧に怯えるのも無理ないけど。
「でも、私がラプス安協の打ち上げなんかに参加する資格あるのかしら…部外者だし、みんな私の事嫌な風に思ってるだろうし…」
「それなら俺だって部外者だ。他の人と話すのが嫌なら、俺の隣で座っていればいい。それに、何か答えたくない質問をされたら、俺が止めに入ってやる」
「…ありがと。いつも優しいわね、シンヤって」
「幼なじみだからだ。さっさと支度して行くぞ…」
そんな感謝の言葉を言われたら、恥ずかしくてさっきの発言を撤回したくなる。ミミだって色々あるだろうし、当然の事なのに…。
座っているミミの手を引っ張って起こし、俺らもレストランへ行く準備を始めたのだった。
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