十一話 ギガハン討伐
某ビル5F。大きな文字で壁一面に描かれている。
ナギノの背を追っていた筈が、いつの間にか先頭で階段を登っていた。後ろを振り返ると、ゼェゼェ息を切らしながらゆっくり登って来ている。エレベーター自体はこのビルにあるが、電気が入っていない為乗れない。無常である。
「ゼェ…ハァ…早いっすよシンヤさん…置いてかないでください…」
「──仕方ない、もう少しスピード落とすぞ。ワイヤーを上の階の手摺りに引っ掛けて一気に登る事は出来なくはないが、設備の劣化もあるし、何より二人だと重量オーバーだ」
「えぇ、そんなぁ…………ねぇシンヤさん、ボク達以外の足音が聞こえないっすか?」
「──空耳じゃないよな。ハンベルかもしれない、俺の背に隠れろ」
二人で足を止めると、徐々に大きくなり始める足音が反響して響く。ワイヤーの発射準備は整えた。後は誰かを確認するだけ…!
「腕時計を下げろ。私だよ」
「なぁんだ、花宮さんだったっすか。大声で自分だと言ってくれたら良かったっすのに」
「大声出すのは苦手なんだよ…疲れてるなら私の背中に乗れ。早くしないとギガハンが消滅するぞ」
「えっ、いや、その…じゃあお言葉に甘えて…シンヤさん、あまり見ないで欲しいっす…」
恥ずかしそうにおぶられているナギノを見て、こっちまで恥ずかしくなってしまった。
「んじゃ、行くぞ。そういや、ミミの奴はどうした?」
「ギガハンのとこに突っ込んで行きました。止めようとしたんですが…何かやる事があるみたいで」
「─お前も何したいか大体予測ついてるだろ。私にも思い当たりがある。それに他の隊員にもミミが来ている事は伝えてあるから、何かあったら世話になるといい。私はその気になればいつでも歓迎してやるよ」
「そうですか…てか、カナはどうしたんですか?」
「カナというかラウフだな。今は待機中だ」
早く投入して倒せばいいのでは? そう疑問に思ったが部外者が口出しする権限はないと見て、何も言えなかった。
階段を一段、偶に一段飛ばしで登りあがり、ついに屋上まで辿り着いた。
「探し屋、両手塞がっているから開けてくれ」
「シンヤでいいですよ………うわ」
扉を開けると、五体の普通サイズのハンベルがそこに居た。すかさず腕時計を構える。
「待て。お前の仕事はナギノの護衛だろ。それに専念しろ」
「でも…」
「黙って見てろ」
花宮さんはナギノを降ろすと、上着の第一ボタンを外し、内ポケットからなんとメリケンサックを二つ取り出し、両手に装着する。まさか、あれが花宮さんの武器なのか…?
ハンベル全員花宮さんを注目し、一体目が襲いかかる。すると花宮さんは素早くかわし、背後に回り背中に強烈な一撃を与えた。ハンベルは地面に叩きつけられ、粒子へと帰っていた。
残りのハンベルも次々と襲いかかるが、顔面を足で蹴られたり、腹を殴ったりと容赦なく叩きつける。その眼はラウフと似たものを感じるような、炎が出ているような殺気溢れる眼だった。
「シンヤさん、後ろっす!」
ナギノが突然叫んだと思ったら、後ろにもハンベルが隠れていたようで、ナギノ目掛けて片手を振りかざす。花宮さんに気を取られていた…!
「しまっ…!」
「うわあぁぁぁぁ!!」
反射的に腕時計をハンベルに向け、腕を目掛けてワイヤーを発射する。頼む、間に合え…!
──上手いこと腕に絡まり、何とか阻止することが出来た。あと0.2秒遅ければ ナギノは…。そして電撃を流し、ハンベルを麻痺させる。
そして花宮さんが駆け寄り、核に一撃を与え消滅させた。
「あ、危なかったっす…」
「ったく何してんだよ、ナギノが無事だったから良かったけどよ」
「すみません…不覚でした…」
花宮さんの戦いを見るのに夢中になって、自分の任務を忘れるとは…何という失態…。
「…そう気を落とさないでくださいっす。シンヤさんが助けてくれたからボクは無事だったんすから」
「悪い…そう言ってくれると助かる…」
「お前らそんな事よりもだ、あれ見ろ」
何だと思い、花宮さんが立っている方に歩き、目を向けると、そこにはギガハンの頭部がビルから見えた。
ギガハンの足元で戦っているのは、ヒラヒラのゴスロリ服を来た女性、ミミである。ギガハンが右足を上げミミを踏み潰そうとすると、ミミは素早くその場から避け、足が地面に着地した反動を見計らって、ナールさんのナイフ攻撃で攻め続ける。
「…ミミさんは何を狙ってるんすか。あれをずっと続けている様じゃ埒が明かないっすよ?」
「──アイツはギガハンの討伐をしている訳じゃない。恐らく、足に何かがあるんだろう」
「…ど、どういう事っすか? 何のためにそんな事を…?」
「──さぁな」
花宮さんは冷たい声でそう呟いた後、溜息をしてポケットのスマホを取り出した。本当はミミが何をしたいか勘づいていそうだった。
そして花宮さんはスマホを耳に寄せ、誰かに電話を掛けた。
「…私だ、行け。お前に任せる」
ただその言葉を放っただけで、電話を切ってしまった。一体何なんだ…?
「こっちもミミの都合に付き合ってられねぇ。我々ラプス調査隊やるべき事が残っているからよ。…手伝いに行ってやれよ」
「でもまだバイトが終わって…」
「はぁ…どこまで真面目なんだよお前…もう勤務時間終了って事にしとくからよ…他の団員の邪魔が入らない内にさっさと援助しに行ってやれ」
「…お言葉に甘えます。ではまた後で」
花宮さんがそう言うなら…と思い、出入り口の階段へと向かう。
屋上から飛び降りるのは流石に危険だ…ならばあの階まで行けば何とか…。
※
5階、オフィス廃墟。
書類やガラスが散らばっており、足元が非常に悪い。だがガラスの割れた窓枠から見えるのは、ギガハンの核部分。
この距離だとワイヤーが届くかもしれない。
タイミングを見計らって…今だ! と発射したワイヤーはギガハンの核目掛けて飛んで行く。よし、刺さる…と思った瞬間だった。
ワイヤーの先端が弾かれてしまったのだ。
な、何だよあれ、鉄で出来てるかのように滅茶苦茶硬い…数々のハンベル粒子が集まった結果、あんなに固まったとでも言うのかよ…。
マズい、勝ち筋が見えない…クソッ、どうしたら…。
「お困りのようだね。シンヤくん」
俺以外誰もいないはずの部屋の後ろから聞こえたのは、本日二回目のアイツの声。
「…そうだよ、ヒユウ。ラプス安協の仕事はいいのか?」
「ギガハンの討伐かい? 勿論遂行させてもらうよ。その為に僕は花宮さんに呼ばれてここに来たんだからねぇ。モタモタしてるとギガハンが気化するでしょ?」
「見ていなかったのか? 奴の核は金属のように固い。あれをどうやって突破するんだ?」
「隙を奪えば何とかなるさ。焦ると危ない目に会っちゃうよ。シンヤくんはここで見てるといいさ、これはラプス安協の仕事なんでね」
ムカつくが、確かにヒユウの言う通りでもある。あくまで俺はここでは一般人に等しい。ここは専門職に任せるのも…。
「…出来るわけないだろ。親友の手助けをしたいんだよ」
「知ってたさ。半分は俺っちも同じ気持ちだからね…出番さ、ウィンザー」
ヒユウが胸ポケットから取り出したのは、さっき高牧さんから借りた物と同じような銃だ。引き金を引くと、弾ではなく、謎の気体が飛び出し、徐々に形を成していく。完成系は、カラスのような鳥、と言えるのだろうか…。
「ラプス安協の研究チームが生み出した鳥型生命体、ウィンザー…ま、シンヤくんは知ってるよね」
「何度か見かけた事がある程度だが、このウィンザーを使ってどういった作戦で行く?」
「俺っちがウィンザーに飛行する方向を指示させる。シンヤはタイミングを見計らって、どの部位でも良いからギガハンをワイヤーで縛り付けてもらう。その後は…」
「その後は何だよ?」
「ま、ちょっとした実験さ。確実性はあまりないから期待しない方がいいよ」
ヒユウは苦い表情を浮かべながら、ウエストポーチの中身をチラッと見た。そして、窓辺に向かい、下の方を向く。
「ミミさ〜ん、激戦中申し訳ないけど、一旦後ろに下がって貰えないかな〜〜」
ナールさんを駆使して足元を狙い、踏まれそうになってはサイドにスライドして避けるミミに、大声で呼びかけるヒユウ。
「何よ! ギガハン討伐はラプス安協の仕事だから一般人は邪魔ってこと? 冗談じゃないわ!!」
そうミミの声が微かに聞こえる。今のミミはギガハンに夢中で正常さを失ってしまっている。
「誤解しないでよ〜、僕たち、そしてミミさんもウィン・ウィンの関係になれる案があるから、お願いだよ〜!」
「乗るわけないでしょ!! 私一人だけでこの問題を解決するんだから!!」
ヒユウの言葉だけでは作戦が続行できない…体力も徐々に削られていってる」だろう、いつ倒れてもおかしく無い。俺が何とかしないと…ん、あれは…。
「おいミミ、指示に従え」
右手を掴み、建物の影へと誘導しようとしているのはラウフ。
「ちょっとラウフちゃん、急に出てきて何よ! 離して!」
「お前のやりたい事は把握している。だが体力の消耗は死に直結する。そうやって倒れていった奴を俺は何度も見て来たからよ」
「私だって!!!!!」
「…っ!?」
喉の奥から叫ぶミミに、ラウフも思わず怯んでしまう。ミミはすぐにハッとして、キョトンとしたラウフの顔を見つめる。
「私だって…何人もハンベルにやられていくのを見てきたわよ…」
「…ならお前も分かるだろ、少し頭を冷やせ」
「でも……」
ナールさんを地面に向けて俯くミミに、ギガハンの拳が襲い掛かろうとした。
「危ねぇっ!」
咄嗟に反応したラウフはミミを横に押し倒し、ギガハンの大きな拳を小さな拳で受け止める。衝撃で地面を引きずりながら後ろに下がり、砂埃が巻き起こる。
「クソッ…今のカナの体じゃ返しきれねぇ…うぉりゃっ!!」
力では押し切れないと判断したラウフは、足を蹴り上げ、ギガハンの手首に命中させる。そしてギガハンは唸り声を上げ、手首をもう一つの手で抑え始めた。
「シンヤ!! 今の内に首元を縛れ!!」
「──作戦と違うが、了解だ」
ラウフの指示通り、ワイヤーを発射させ、ダイヤルを回し首元に巻き付けた。
「引っ掛けたぞ!」
「そしたら引っ張って傾斜を付けろ! ヒユウ先輩はウィンザーで薬の落下準備ををしろ!」
「ひ、ヒユウ先輩…? 」
「戸惑ってる場合じゃないだろ、今はギガハン討伐が優先だ」
「……わかったよ、シンヤ。ウィンザー、ラウフの指示が出るまでこの薬を持っていてくれ」
ヒユウはウィンザーの足に薬を持たせ、寂れた街の空へ旅立たせる。
そして俺も後ろに下がりながらワイヤーを引っ張り、35°は傾けられた。
「──これくらいで行ける…覚悟しろよ、ギガハン」
引っ張っていて見えないが、ラウフはギガハンの足から登って行っているのだろう。もうそんな事しても不思議だと思えない自分が怖いくらいだ。
そしてラウフが俺の肉眼でも見える距離になった時、ワイヤーを離し、ギガハンを解放する。
「ここで決めてやるッ! うぉりゃあぁぁぁあああっっっ!!!」
小さな力強い拳が胸を突き破り、ギガハンはバランスを崩して後方へ転倒する。そして、倒れた衝撃破が我々に襲い掛かる。
「今だウィンザー!」
衝撃破にも負けずに飛び回っていたウィンザーは、足で持っていた薬を離した。落下している中、どこからか発砲音が聞こえた。同時に薬が入っている瓶は粉々になり、液体が空中で飛び回る。
「花宮さんがやってくれたみたいだね。ほら見てよ、シンヤ」
液体はギガハンの体に巻き散らかされ、ギガハンはみるみると元気が無くなり、動いているのかいないのか分からない状態までになった。
「…取りに行くのなら今だぞ」
「わかってるわよ! ナールさん、ギガハンの爪を貰っちゃって!」
ミミはギガハンの元へ向かい、ナールさんの自慢のナイフで爪部分を切り刻む。見ていて自分の爪もモゾモゾしてくる。
「…やった! 目当ての物ゲット!」
「こんなの貰って何になるのか知らないが、まぁ、よかったな…」
嬉しそうなミミと呆れるラウフ。とにかく早く合流しなくてはな…。
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