十話  護衛

 第三区、上空。


 チョウキのヘリコプターに搭乗してから約十分。一行は軽い気持ちで談笑していた。


 「チョウキは自分の夢を叶えられて良かったわね。好きなことを仕事に出来るって素晴らしいことだと思うわ」

 「ありがとよ。ミミも何か人形の服とか小物を作る仕事とかに就きたいのか? そういった専門学校行ってるってことは」

 「繋ぎでやってるだけよ。今年で十九なのにまだはっきりとした夢も見つかってないのに…」

 「無理に好きじゃない仕事に就いても続かないだろ。いざとなったら、俺の探し屋の非正規社員で雇おうか?」

 「んー、その時は考えておくわ。あ、あそこ…」


 第四区に差し掛かった所で、上空から五階建てビル程度の大きさのハンベルがゆっくりと前進している姿が目に入った。


 地上ではラプス調査隊数十名が銃で攻撃しているが、全くと言っていいほど効いていない。前進を阻止しようと足止めしているらしいが、これでは弾の無駄遣いである。


 あのハンベルは今までに見たことのない大きさであり、さっきまで元気に話していたのが嘘だったたいに、機内は静まってしまった。


 いつものハンベルとは違う。大きさが全てを物語っている。そう、大きさが、うん、大きさが…。


 「あんなデカいのが出るなんてね…」

 「…あそこに行ったら弾が当たって着陸出来ねぇなぁ」

 「ならそこの旧病院跡地で降ろしてくれ」


 俺がチョウキにそう指示を出すと、ヘリは廃病院の方へ向かい初めた。その間にヘリのドアを開け、ロープを地面に向けて落とした。


  「…ミミ、本当に大丈夫か。無理そうだったら言うんだぞ」

  「まぁ…ちょっと怖い気もあるけど……私には私でやらなきゃ行けない事があるからね。心配してくれるなんて優しいわねシンヤは」

  「最近話題沸騰の人が怪我でもしたらファンはビックリするだろ。ほら、行くぞ…」


 そう言うとミミはフフっ、と笑った。何がおかしいのだろうか。照れ隠しなんてしてないと思うのに …。


 ヘリが空中で停止するのを確認した所で出入口へ向かい降り、片手でロープを掴んだ。


 それに続きミミも怖気なくズンズンと降りてくる。普通の人なら怖がるのに何なんだコイツは…。


 「シンヤ、絶対に上を見るんじゃないわよ」

 「安全に降りるために余所見なんかする訳ないだろ。ていうか言われなくても分かってるし…」

  「…あ、そう言えば今日スパッツだったわ。でも上見ちゃ駄目だからね」

  「見ないっつーの! 少しは緊張感持て!!」


 高さが数メートルになった所で、俺はロープから手を離し、病院の屋上へと着地した。それに続く形でミミもフリルをフワリと浮かばせながら地面に降り立つ。


  「よっ、と。無事降りられたし、そろそろナールさん出ておいで!」

  「出ておいでって、自分で出してるじゃん」

  「うるさいわね、こればかりは仕方ないでしょ…セット完了!」


 ナールさんの準備も出来たところで、早速集合場所に向かおうとしたその時、下の方で車が向かってくる音がした。


 そして車は停車し、俺らを呼ぶ声が聞こえた。恐らく…ヒユウだ。


  「迎えに来てくれるなんて、意外と親切なのね」

  「アイツじゃなければ良かったんだが…文句は言ってられないか…」



 ※



 地上へワイヤーロープを使って降りて直ぐに車へと乗車する俺とミミ。

 

  「その、確認するんだけど…応募してくれた人、ってので合ってるかい? そうならその前から着ていたその服装では戦いに不向きじゃないかな?」

  「失礼かもしれないけど、新米に心配されるような筋合いはないわ。ヒユウ君、昇進狙ってるんだってね。そんな甘いもんじゃないわよ」

  「ミミさんは一体ラプスの何を理解しているんだい…」


 ヒユウは困惑した顔をしながらエンジンをかけ、車を発進させた。


 ミミとヒユウは2、3回程面識があり、高校時代に俺とチョウキと一緒に遊びに行った経験がある。仲は良くも悪くも…普通って感じである。


  「…で、今の状況はどうなんだ?」

  「押されてる。データによると、出現回数を増やす度にハンベル粒子の増殖が加速化し、前に遭遇した時の何倍の大きさになっているらしい。手に負えなくなる前にケリをつけたい、って事なのさ」

  「ふーん、なるほどね。作戦とかはあるの?」

  「ゲリライベントだし、今まで遭遇してきた隊員もまともな情報を得られなかった。無茶かもしれんけど、行き当たりばったりで倒すつもりだってさ」

  「マジで言ってんの? ホント、何考えてるのかしら…ね、ナールさん」



 ミミは呆れた顔をして窓に頬杖をつき、片手でナールさんの頭を撫でながら流れ行く廃墟を眺めていた。


 俺も肘と足を組みながら考え始めた。何回遭遇したか知らないけれど、情報が一切取れてないと言うのは流石に無理がある。弱点は共通して心臓部分だとしても、どんな攻撃をしたか等の事は覚えてるのでは…一時的なショックによる記憶喪失か?


 年数を重ねる度に、ハンベルも進化し続ける。どんな力を手に入れてるかは知らないが、このままでは良くないな。


 そうこう考えていると、ビル近くに待機所らしきテントがフロントガラスから見えた。


 そこには隊員の他に、ラプス研究員らしき人も待機している。データを取るのは確かに大切だが、戦闘場に立たすのは危険では…あぁ、そういう事か。


  「はぁ…察した。バイト内容って、研究員の護衛なのね」

  「出来るサポートって、マジでそのレベルのなのか…ま、仕方ないな」



 バイト内容に少しガッカリしながらも、駐車した車から降りてテントに向かう。すると、あちらからガタイの良い男性が、車が過ぎ去った事で我々の存在に気づき、こちらに近づいて来た。圧倒的な威圧感を感じ、思わず唇を隠してしまう。


 「──シンヤ君にミミ…さんだな。花宮の無茶ぶりに応えてくれてありがとう。俺は高牧ノリアキ。高牧と呼んでくれな。今回の仕事内容は…」

 「研究員の護衛でしょ、高牧のオジサン? 大体なんで私がこんな雑用みたいな仕事をしな…ンンン!」 


 突然失礼な発言をしたので、思わずミミ口を塞いでしまった。


 「すみません!! ミミが失礼な事を…」

 「構わんよ。何しにここに来たのか知らないが、協力してくれると言うのならは何も追求はしないつもりだ。改めて…今回の衛をしてもらうのは…ナギノ、ちょっとこっち来い」


 高牧さんに手招きされてこちらに来たのは、脛まで覆う程の白衣を纏い水色のセミロングをした高校生位の女子だった。背はミミより少しだけ小さい。ちなみにミミの身長は157㎝らしいからそれより下。


 「何なに? 今度はこっちに用事っすか?」

 「我々研究チームの手伝いしてくれる素晴らしい二人をナギノに紹介しようと思ったんだよ。お世話になるんだからしっかり挨拶しろ」

 「あ~そういう事っすか。えー、初めまして。ボクはラプス安協研究チーム所属の空風ナギノって言います。二人の事はよく存じているつもりっす。シンヤさんは探し屋で活躍しているのをよく見かけますし、ミミさんは……人形マニアとして有名っすよね。その腕に付けているのも…」

 「そ…そうよ! 良く知ってるわね。今日はナールさんと一緒にアンタを守ってあげるわ。ね、ナールさん?〔僕達に任せるといいさ。今日はよろしく、ナギノちゃん〕」


 あの間が気になるが、取り合えず打ち解けは出来たみたいだ。


 「さて、二人に来てもらったことだし、早速現場に向かってほしい。それぞれの武器で守護ってもらっても結構だが…一応ラプス安協特製の光線銃を所持しておいて欲しい。我々に協力してもらう以上、ラプス安協のルールに則って行動してもらわなくては困るのでな」


 こんな場面で初めて安協の光線銃を持つことになるとは…初めての質感に戸惑いを感じながらも、ポケットにしまい込んだ。


 「三人とも、危険を感じたら直ぐに撤退しろ。有力な情報を採取出来るよう祈る。行ってこい」

  「行ってきまーす」


  高牧さんに見送られながら、我々は大型ハンベルの元へと向かい走り始めた。


 ゴスロリのスカートと膝までの白衣で走っていて膝に布が当たっているから、着てない人から見ても明らか様に邪魔そうに見える。


 そう考えていると、突然前方からハンベルが粒子を構築し現れた。


  「うわぁ、厄介だわ…」

  「ギガハンの構築しきれなかった漏れがこちらに来ているのかも…二人とも、処理を頼むっす」

  「勿論、無視して他の奴らにまで影響が出たら困るからな」


 ポケットから中継型アンテナを取り出し、三体のハンベルを囲むように投げ込んだ。すかさず空中に設置したアンテナに向けたワイヤーを発射させ、アンテナ間でワイヤーが飛び交い、ハンベル三体を凝縮させた。


 「今だミミ!」

 「私じゃなくてナールさんだっての!!」

 

 ナールさんは目を光らせた後、小型ナイフを取り出し、ハンベルを滅多斬りしてしまう。核を突き破れば良いだけの話だが、ナールさんはお構い無しである。


 四肢も切断され、惨い形となったハンベルは再び粒子となり、空中に還元された。


  「二人共凄い武器…連携も直ぐに出来るし、息も合う…どうしてっすか?」

  「どうして、って言われても…長年一緒に居たら、何がしたいとか分かっちゃうのよね」

  「ミミなら分かってくれると信じてたから。長年一緒に居たからな。さぁ、早く行くぞ…待て、あっちから先に来たみたいだぞ…」


 さっきの三体のハンベルを倒してるのに夢中で、巨大ハンベルがこちらに近づいて来てるのに気づかなかった。目の前で見ると圧巻で、思わず足が震え出す。


 「遂にご対面ね。さっきナギノちゃんがポロッと言ってたけど、あんたギガハンって言うのね…」

 「進行が進んでいる…このままギガハンがこちらに来ると、他の調査員や研究員が危ないな…だか俺らの仕事はナギノのガードだ。後は安協に任せて俺らはビルの上に行こう」

 「私は行かない。ここでギガハンの足止めをする」

 「バカ言うな。さっきはハンベルを上手く倒せたからって、次はそう簡単に行く相手じゃないかもしれないんだぞ」

  「言ったでしょ、やる事があるって…ナギノちゃんを頼んだわよ」


 そう言い残して、ミミはギガハンの元へ走り去る。今すぐ追いかけたいけど、ナギノの護衛もあるし…そうだな…。


 「あのシンヤさん、早くミミさんを追っかけなくていいんすか?」

 「アイツが何したいのかは知らないが、納得行くまで好きにさせておけばいい。何をしたいかなんて無暗に追及しない方が、ミミも良いだろ。仮にピンチになったら、ラプス安協の皆様方が助けてくれるはず、だよな?」

 「ボクに聞かないでくださいよ…シンヤさんがそう思うなら早速、ビルの屋上に向かうっす」


 入口に駆け込むナギノの背を追いかけるように、俺はビルの階段を登り始めた。


 ナギノにはああ言ったけど、ミミ…絶対にナールさんの動作テストが目的じゃない。アイツの目的は…。



 

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