九話 日雇いバイト
「俺も同感だ」
数日ぶりに耳にした声が、瓦礫の方から聞こえてきた。目線を声のする方へ動かすと、やはりそこには俺が想像していた人物がバランスを保ちながら立っていた。
「──何あの子? シンヤの知り合い?」
「まぁ…と言っても、まだ数回しか会ってないけどな…」
「…少し話がしたい」
ラウフはわざわざ瓦礫の頂上から飛び降りるような形で、平らな地面に着地する。怪我しそうでヒヤヒヤするな…。
そしてラウフはミミに接近して、犬のような眼差しでじっと瞳を覗く。
「お前…何なんだ? 尋常じゃないパワーを秘めている。つい昼間からカナの言う事を聞かずに人格として現れてしまう程だ…あまり言いたくないが、喋ってるのでも精一杯だ」
「人格? 何言ってんのこの子大丈夫? まぁでもパワーを持っているのは認めてあげるわ」
「そうだな…その人形無しでも、十分戦える能力を秘めている。ハンベルとの戦い方を見ても初めてではないように感じた。もしかしたら…俺と同格…」
──あのラウフが強気にならないだと? ミミはそんなに強い力を眠らせていたのか? それともラウフの具合が悪いとか…。
「挨拶が遅れた。俺はラウフ、花宮教官直属の下で活動している。同業にはラプス安協のエースなんて言われているがそれは違う。周りが弱いだけだ」
「──随分と強気な子ね…私はミミ。専門学校に通っているちょっぴりお茶目な女の子! そして得意なのは…〔ワンワン! ニャア~。ヒヒーン!〕」
「ここには俺らしかいないのに動物の声が聞こえてきただと…まさか新種のハンベルか!?」
腹話術を知らないとは…意外な一面を見せるなラウフは。少しぶっきらぼうなイメージが吹き飛んだかもしれない。
「エースが腹話術も知らないなんてまだまだね。でもそういうところカワイイ~」
「馬鹿にするな…そんなお前に提案がある。今日《こんにち》ラプスタウンには新種のハンベルが出没している。数々の隊員が遭遇しては滅多打ちにされる。そんな状況下の中、我々ラプス安協が求めるのは、ミミ、お前のような存在だ。是非とも、ラプス安協に入会してみないか?」
「嫌よ」
ミミは即答だった。何のためらいもなく、考える時間もなく。
「確かにお前の気持ちも良くわかる。確かに色々大変だが、ミミのようなパワーを持てば、ラプス安協が抱えて来た数々の悩みも解決できる筈だ。検討くらい…」
「私はあんな化け物退治よりも、人形作りの方が楽しいの。その気持ちは揺るがないわよ。スカウトは遠慮してよね」
「でも…」
「そこまでにしろ、ラウフ」
ラウフの肩にポン、と手を置いたのは、気配を感じさせずスッと現れた花宮教官だった。
「やりたくもないのに無理やり誘うのは違うだろうが。それに勤務中は緊急時以外お前の人格を表にしないと言ったはずだ。規則は守ってもらわないと困るんだよ」
「…わかったよ。だけど俺はお前の心を開くまで諦めないからな……」
ラウフは不服そうな顔で花宮教官の傍に寄り添った。そして反対側に足を1歩踏み出したが、先日の件が気がかりになった。
「待て、この前の電話の意味は何だ? 何故俺の爺ちゃんの名前を知っている? 」
ラウフはピタッと足を止め、ゆっくり顔を回した。
「その話か。話すにはまだ日が浅いと先日も言ったはずだろ」
「気になって他の事に集中出来ないんだよ…何か少しでも話してくれないか」
「──少しだけだ。厳密には俺の旧友、と言うべきか。そいつが十八朗の事を色々教えてくれた。俺は実際に会った事はないから詳しくは知らないが、話した事は他人に十八朗の事を話すなと口止めされてる。だから無闇に話せないんだ。わかったか?」
「…そんな大切な事話して良かったのか?」
花宮教官がラウフに問う。
「親族なら話しても困る事はない。…そろそろ昼休憩の時間。ここで失礼しよう…」
再び振り返り、足を一歩、二歩と踏み出したラウフと花宮教官。
俺はまだ心の整理が出来ていなかった。ラウフの過去が全く予想出来ない。カナの話だと過去にラウフに遭遇し、数年間のブランクを得て再開し…そのブランクの間に何か…そもそもどうやって生まれて…。
「悩んでいても解決しないわよ。私達もお昼にしましょうよ。ね、ナールさ~ん」
「…そうだな。ラウフに話を聞く以外、分からないよな」
ミミの提案でハンベルが消え閑散とした第四区を離れる事にした。
※
「やっぱり、ストロー刺して飲むエナジードリンクはこの世で一番美味しいドリンクよね~」
「まあ…確かに美味いけど、程々に飲まないと病気になるぞ。昔はオシャレにレモンティーとか好きだったのに、好みは変わるもんだな」
「アンタ人の事言えてないわよ。シンヤだって昔はよく食べていたのに、今となっては少食になっちゃうなんて」
「う…そうだな」
俺とミミは路地裏でスヮム広場の移動販売車で売っていたロールサンドを片手に会話を弾ませていた。
ミミも人前に出るのはあまり好きじゃないので、路地裏で食べようというクソダサ提案をしても快く許諾してくれた。
「…ここ数年で、ラプスタウンも色々変わったものね。ラプスの調査隊も昔に比べたらレベルが上がってたし、指揮官もしっかりしてる…」
「そういえば、花宮教官が出てきたら、口数が一気に減ったな」
「あのさ、考えて分からない? デリカシーないわね」
どうやら軽率な発言をしてしまったようだ。あの反応だと、花宮教官とは何か関係がありそうな様子だった。
会話を続けていると、シャッターが風で揺れる音が路地裏中を響かせた。意識を向けると、人影がこちらに歩いてくるのを確認出来た。
「よぉ、シンヤ…あれ、ミミも一緒か? こんな場所で何してんだ?」
人影の正体はチョウキだった。我々と同じくロールサンドを咥えながら登場してきたのだ。
「なーんだ、チョウキだったのね…アンタこそ何でこんな場所に来たのよ?」
「シンヤが今日もそこら辺に居るかなと思っただけだぜ。でも、ミミがラプスタウンに来るなんて、どんな風の吹き回しだ?」
「ナールさんの力を試したかっただけよ。別に、そういうのじゃないんだから…」
「ナールさん…? ああ、あの人形か」
「人形じゃないわよ! ナールさんはナールさん!」
人形というフレーズを言って地雷を踏んでしまったチョウキを待っていたのは、理不尽なミミの怒りだった。あくまでもナールさんは恋人以外の何でもないらしい。まあ、地雷撤去ご苦労様…。
こうやって、小学生の頃からずっとこんな関係を続けてられるのはいい事だよな…中学でブランクがあったけど、また昔みたいに話したり出来るこの環境は幸せだな…。
そんな事を思っていると、ポケットに入れていたスマホが着信音を鳴らし始めた。取り出し確認すると、知らない番号が表示された。
「…二人とも、この番号知ってるか?」
「知らねぇな。どこかの詐欺会社じゃねぇの? こういうのは無視しておけ」
「うーん、どこかで見覚えが…ストップぅ!!」
俺の指と着信拒否ボタンの距離2mmの所で、ミミに腕を掴まれた。あと少し遅かったら、確実に触れていただろう。
「な、何だミミ? 知ってるのか?」
「ラプスの社内携帯番号なの思い出したわ! もしかしたらラウフちゃんかもしれないから早く出なさい!」
「そ、そうなのか…?」
ミミの事を信じて応答ボタンを押し、恐る恐る耳にスマホを近づけた。
「もしもし…」
〔ようやく出たな探し屋。花宮だが、今すぐ日雇いバイトをしてみたいと思わねぇか?〕
「急に電話してきたかと思えば何ですか…受けるつもりないですが、一応内容は聞きます」
〔大型ハンベルの討伐手伝いだ。第四区で出現したみてぇだから、早い内に仕留めると上層部からご通達されて。ただ、一般人には危険に晒す訳にはいかねぇ。だから出来る限りのサポートしてもらう〕
「確かに悪くはないですけど…あ、おいミミ!」
傍で聞いていたミミがいきなりスマホ奪い取り、電話に応じ始めた。
「何よそれ、ラプス安協はとうとう一度不採用にした人にまで手を借りる様になった訳? 都合の良い事言って安々とOKでも貰えるんじゃないかと勘違いしてるんでしょ? アンタ達がもしシンヤを採用していれば、こんな事態にもならなかったのかもしれないのに」
〔緊急事態のに時に頼りになる人材を雇って何が悪いんだよ。それに、私は採用試験に一切関わってねぇし、探し屋の不採用理由なんて私が知りたいくらいだ。力を見込んでやったのに反抗的な態度取りやがって〕
「少し熱くなり過ぎたわね。で、報酬は?」
〔は? 報酬って、お前まさか…〕
「いやいや、報酬がなきゃバイトって言わないでしょ? アンタもそういう人材が欲しいのなら好条件だと思うわよ」
〔…信じていいんだな。報酬等の詳細はデータで送信する、ざっと目を通しておけ。第四区で集合、いいな〕
「言われなくても分かってるわよ」
そう言ってミミは電話を切ってしまった。
「おいミミ、本気で受ける気かよ? ラプスに来たのだって久々なんだろ? 流石にハンベルと戦うのは無理があんだろ…」
「──最近金欠だし、ちょっとした小銭稼ぎよ。それに、シンヤに頼るくらい深刻な状況なんでしょ? 人員が多い方がいいじゃない。じゃあチョウキ、ヘリ出して」
「自分の足で行くんじゃねぇのかよ…」
「グダグダ言ってないで、さっさと行くわよ二人とも」
「俺、そのバイト受けるなんて言ってないんだが…」
ミミに引っ張られながら路地裏を出て、第四区へと向かう我々。
それにしても、花宮教官は急にバイトを頼むなんて…俺らに何を期待してるんだが…。ラウフがさっさと倒しているのだろうと思っていたけど、そうでもないみたいだし…だけど不服である。
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