八話 病んでないもん

 ──ラプス施設内、会長室。


 静かなこの空間の中、澤武会長と一人の研究員が白のソファに座り、調査員からの報告書を並べて眺めてから20分。


 「益々、事態は深刻化していますな」

 「…これらの資料を見る限り、彼らも本格的に動き始めている用ですが、そろそろ八区画以降も開放すべきではないでしょうか。ハンベルの発生源もこの区画間からと推測出来ますし」

 「──まだ推測段階、証拠を揃えないとGoサインは出せないのだよ。それに、彼らとの約束があるから、それまで待つしかない」


 澤武会長はポケットから葉巻を取り出し、先端にライターで火を付ける。煙を調査員に向けないように吹く。


 「彼らとの約束って…あれは片道切符かもしれないのに、そんな曖昧な考えでいいのですか!? このままハンベルの狂暴化が進めば、ラプスタウンのみならず、他の町まで影響が出てしまうかもしれないのですよ!」

 「落ち着きたまえ、今の段階での話だ。調査員だって強くなっている、それに、新しい調査員が色々成果を残しているらしいではないか。それでも及ばないのなら…奥の手を使えばいいだけだ。私は、信じる事しか出来ないからなぁ…レイナくんには、様子見と伝えてくれ」

 「…はい、失礼します」


 調査員は資料をファイルに纏め、会長室を後にした。一人残った会長は、葉巻の火を消し、会長席の側に置いてある写真を手に取って、一人ボソッと呟いた。




 「──待ち続けて早6年、か。あの日々が恋しくなるなぁ…」



 ※

 


 ラウフの事が気になって、今日のオンライン授業は集中出来なかった。気づいたら講義は終わっていて、残っているのは俺一人だけだった。


 爺ちゃんの事、何故知っているんだ? 接点は何だ? 俺はそんな話一度もされたことないのに…爺ちゃんに電話したいところだけど、滅多に電話に出ない人だから、聞くにも聞けないよな…。


 ──ウダウダ考えていても仕方ない。気を取り直そうと、郵便局に行って昨日回収した依頼物を持ち主へ発送しに向かった。春になったと言っても、もう夏のような気温で、腕まくりが必要なくらいだ。周りを見ても半袖を着ている人が多く、黒いカーディガンなんか来てるのは俺くらいだ。





 郵便局で手続きを終わらせ、出入り口を出ると、グゥ、と腹の虫が鳴った。時計を見るともう12時を回っていた。コンビニでカップ麺でも買っていくか…。


 最寄りのコンビニに入り、ドリンクコーナーに向かった。すると、こんな暑いのに関わらず、真っ黒のゴスロリファッションを纏っている女性がいた。普通なら無視対象にするが、そうはいかないのだ。何故なら…。



 「──あら、シンヤじゃない。こんな暑そうな恰好して」

 「お前が言うな、ミミ」


 前から言っていた、小学校からの幼馴染、螺梶野らびのミミだからだ。今でも仲良くしている。


 「これからお昼? 今から近くの公園で食べない?」

 「え、まあいいけど…」

 「決まりね。あ、私に考慮してカワイイ食べ物にして、サンドイッチとかクラムチャウダーとか選びなさいよ」

 「ハイハイ…」


 でも、結構めんどくさい性格している。理想のカワイさを追及するなら他人も巻き込んでしまう、そういう奴だ。



 ※



 色々昼ごはんを買った後、近くの広い公園へとやってきた。晴天で、外でご飯を食べるにはちょうどいい。


 「そこのベンチにしないか?」

 「何言ってるのよ、こんなにいい天気なんだから、レジャーシートの上で食べましょ」



 そう言ってミミは、バックから取り出したファミリーサイズのレジャーシートを広げ始めた。オイオイマジかよ…。



 「…ミミは最初から一人でランチしようとしていたのか?」

 「一人じゃないわよ、リュックに沢山のお友達が入ってるんだもん。ほら、出ておいで~」


 ミミがリュックを逆さにすると、四体の人形が落ちて来た。クマ、ウサギ、ネコのぬいぐるみ、そして一体だけ全長70cm程の男性のドール。ほんわりとした空気を一気に濁すようなインパクトで、少し恐怖を覚える。


 「はいじゃあみんなお行儀よく並んで~、クマ郎、ウサ蔵、ネコ吉はバターロール、ナールさんはサンドイッチね。私は体に考慮してサラダチキン、じゃあ、いただきまーす!」

 「…いただきます」


 遊具で遊んでいた子供たちもピタリと動きを止め、ミミの方をじっと見つめている。(またあのお姉ちゃんだ…)と言ってる子もいる。初めてじゃないのか…。


 「シンヤったら緊張してるの? じゃあ写真係でもやってよ~、SNS用に欲しいからさあ、お願い」

 「…うん」


 ミミからバキバキに画面が割れたスマホを受け取り、ミミが人形たちと楽しく食べている様子をカメラに収めた。…何してるんだろう、俺…。


 


 ※



 ぬいぐるみ達が暑そう、という理由でミミがカバンに仕舞った後、レジ袋からエナジードリンクを取り出し、飲み口を開けストローに刺して飲み始めた。


 「やっぱりこの飲み方最高よね~。シンヤもやってみなよ」

 「飲み口があるんだから普通に飲めばいいじゃん…最近の調子はどうだ?」

 「別に普通よ。…理解のある友達も少しは出来たし、昔に比べたら生きやすくなったような気がするし」


 ミミは、昔からこういう感じ、という訳ではなかった。小学生の時は運動神経も良く、徒競走も常に一位だった。班行動ではいつもリーダーシップを発揮していて、頼れる存在だった。


 中学校は別だったから知らないけど、高校生になってから連絡を取る機会が増えたのだが、その時にはもうこれだった。



 「シンヤも、ラプスタウンで頑張ってるんでしょ? あんな重労働よく続けられるわね」

 「まあ、楽な仕事じゃないのは確かだがな」

 「…私も行ってみようかしら、ラプスタウン」

 「やめておけ、今ラプスは異常事態が起きているから、常連でも近づくなと言われているくらいだぞ」

 「へぇ、面白いじゃない。明後日は専門学校お休みだし、試してみたい事があるの」



 ※



 後日、ラプスタウンの入り口前へやって来た俺とミミ。仕事の要件以外でここに来るのは久しぶりだ。


 今日のハンベル濃度は低い…だからと言って当てにならない。もはや数字として機能しなくなってるからだ。



「今日はハンベルいっぱい狩っちゃうよ~」



 肩を回しながら張り切っているミミは、今日もゴスロリ服。ハイヒールで登山するくらいの場違いな格好である。少しは安全に配慮した服で来てほしかった。



 「おやシンヤくん、今日は随分と身軽な格好で来たねぇ」



 門番のジュウロさんが、いつもの笑顔で迎えてくれる。



 「まあ、プライベートというか、友だちの付き合いで…」

 「そうかい…おっと嬢ちゃん、見ない顔だけど、通行証は持っているのかい?」

 「当ったり前でしょ、ほら、これよ」



 ミミは不満そうな顔をしながら、ジュウロさんに通行許可証を見せる。それを見たジュウロさんは、疑いの顔から直ぐに驚きの顔へと変貌した。



「ら、螺梶野らびのミミって、まさか、あの…」

「そう、今SNSで密かに話題のドールマニア、螺梶野ミミよ。サイン欲しかったら後であげるわ。行こ、シンヤ」

「…そういう事で、じゃあ」



 驚きのあまり固まってしまったジュウロさんを残して、ラプスタウンへと入場した俺たち。ジュウロさんはインフルエンサーが来たことに驚いてるんじゃないと思うし、そもそもそんな活動しているなんて知らないだろう。


 入場して間もなく、ミミは早速カバンの中身を漁り始める。取り出したのは、鉄で出来た謎の装置と、名前何だっけ…。



 「ナールさんごめんなさい、真っ暗の中一人ぼっちにさせちゃって。でも安心して、今からは私と一緒に舞うのよ、ね? 〔ああ、もちろんだよ、ミミ。死ぬまで君と一緒さ〕いやあ、ナールさんったら!」

 「久々にミミの腹話術見た…」

 「腹話術なんかじゃないわ、ナールさん本人の意思で話しているのよ、ねー?〔ああ、もちろんだよ、ミミ〕」


 本人はそう言っているが、ミミは小学生の頃から既に腹話術が出来ていて、クラスの人気者だった。それから年月を重ね、俺の想像を遥かに超えた先へ辿り着いてしまったのだ。

 

 「ふーん…その装置は?」

 「今からナールさんに付けるのよ………………出来た!」


 形状を説明するとこうだ。まず手袋があり、五本指先に見えない糸が垂れている。その糸を辿ると、ナールさんの四肢と頭に付いているのが分かる。


 「ちゃんと出来るか不安だけど…まあいいわ。ナールさん、ハンベルが多い第四区にでも行きましょう〔ああ、もちろんだよ、ミミ〕」


 さっきから同じ事しか言ってなくないか? と心の中で問いかける。二人の関係に、第三者が介入する訳にはいかないから。







 「え、何この数」



 第四区は、俺らの想像を上回る数のハンベルで溢れかえっていた。岩陰から観て、視界をズラしてもハンベルがまだいる、そんな状況だ。



 「でもこれくらいなら、ミミでも行けるだろ」

 「まあ、当たり前よ。でも、私がピンチになった時は助けてよね。…じゃあ、行くわよ!」



 自信満々のミミは立ち上がり、大量のハンベルの大群に向かって走り始めた。フリルをフワフワ揺らしながら走るその後ろ姿は、昔見た魔法少女ものを彷彿させる。



 「ハンベルさーん、こちらにちゅーもーく!! 私と一緒に遊んでくれる人ー?」



 それを聞いたハンベル達は困惑している。いや人間でも困惑するわ。


 そして、先陣を切ったハンベルがミミに爪を向ける。危険を感じ取り片足が出てしまったが…その瞬間だった。



 「やっちゃえ! ナールさんっっ!!」

 


 ミミがそう叫ぶと、ナールさんの目が赤く光り、核目掛けて十数メートルに渡る赤い光線を轟音と共に放った。核を貫かれたハンベルは断末魔と共に、跡形もなく消えてしまった。


 周囲のハンベルはこの光景を見て、怯んで背を向けてしまう。だが…。



 「〔ハンベルさん達、どうしたんだい? まだまだ遊ぼうじゃないか〕」



 一番近くにいたハンベルをロックオンしたかと思うと、糸先が伸び始める。その最中にポケットに潜ませていた小型ナイフを取り出し、ハンベルの反撃を交わし、交わし、隙が生まれた瞬間に調理師も驚く速さで振り回した。


 何かあったら助ける、と言ったけれども…自分よりも遥かに強い戦い方を見せられてしまっては、足も出なくなる。



 「もう終わり? つまんないわ」



 数体いたハンベルを一瞬で倒してしまったミミ。恐ろしい…。


 まだ満足し足りないミミに向けて、俺は質問をする。


 「…一体、どういう仕組みだ?」

 「私の脳信号を手袋に伝えて、そこから伸びている糸を通じてナールさんに命令を出してるの。ネットで買った商品だから、まだ使い慣れてないけど。でもすごいわナールさん!〔ああ、もちろんだよ、ミミ〕」


 どこの闇サイトで買ったのだろうか。ビーム打ったりナイフ振り回したりするなんて兵器レベルだぞ。海外からの輸入品だったとすれば検問で引っかかるはずだし…。


 「でも、ナールさんの凄さが分かったからもういいわ。帰りましょ」

 「まだ昼前だぞ。もう少し堪能したらどうだ」



 「俺も同感だ」


 


 

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