七話 ヒユウとラウフ

 数か月前、勤務中に起こった出来事だ。


 いつものようにバイクに跨ってパトロールをしていた。太陽が隠れて肌に悪い天気だったのを覚えている。


 お昼を食べながら三区画の公園跡地の前を通りがかると、何やら怪しげな雰囲気を醸し出している人が滑り台の上に立っている姿が見えた。


 こういうのは部隊の先輩とかに任せるのが最適だな…とは思ったんだけど、何だかそれに惹きつけられるような、自分で制御出来ないというか…よく分からない感情になった。


 俺はUターンをし、公園の入り口付近のバイクを止め、公園内に入っていった。そこに居たのはフードを被っていて、顔が良く分からない、中学生くらいの子どもだった。


 少し話すのには気が引けるけど、唾を飲み込み、意を決して話してみることにした


 「やぁ君、一応確認するけど、ラプス通行許可書は持って」

 「邪魔すんな。こっちだってやる事やってんだからよ」


 威圧が凄かった。話す時に頭から外したフードから見た顔は、幼くも勇ましい少女の顔だった。そしてその少女は不満そうにラプス通行許可書を俺に投げた。


 それをキャッチし、確認する。名は「岩指カナ」。写真と印象が全く違うな…まあいいや。


 「…うん、確認したよ、じゃあ、返却するね」

 「違ぇよ、預かってろって意味で渡したんだよ。…ったく、使えねぇな」

 「いや君さぁ、初対面かつ明らかに年上の俺にする態度じゃないよねぇ? ちょっとは身を弁えるというかさぁ…」

 「呑気に話してる暇があったらさっさと離れろよ。──来るぞ」


 彼女がそう言った瞬間、強い風が俺の頬を叩くように通り過ぎた。自然に発生した風ではない、人工的…いや、何と言えばいいだろうか。とにかく、自然的なものではない事は確かである。……なんて考えていると、彼女の周りには、ポスト程の大きさがあるハンベルが三体囲んでいた。ヨダレを垂らしながら、今にも食ってしまいそうな気迫だった。


 「危ない! 離れ…」


 「どぉりやああぁぁぁああ!!!」


 腰に付けている光線銃を取り出す暇もなく、カナからハンベルに襲い掛かり、強い拳を振り上げた。三体のハンベルは宙に舞い、カナは飛び上がって、急に伸びた爪で核部分を粉々にした後、華麗に着地した。


 頭が回らなかった。俺でもこのくらいのハンベルを撃退するには5分程かかるのに、一瞬で片づけてしまう…あまりにも衝撃に、俺は腰を抜かしてしまった。


 「記録は13.78か…おい、ボーっと突っ立ってんじゃねぇぞお前、ああ?」


 彼女は俺の胸ぐらを掴んで持ち上げ、顔に近づけた。眼が正気じゃない、人間じゃないみたいだった。


 「…今度邪魔してきたら、こいつらと同じにするからな、わかったな?」

 「わか…た…」

 「通行許可証は返してもらうからな…まだまだ狩り足りねぇが、体力の限界が近い…そろそろ戻らなきゃな…」


 そう独り言を呟いた後、残像を残し、その場から消えてしまった。一人残された公園に、今度は自然の風が吹いていた……。






 「今までに見たことがないあの力…夢なのかと思ったけど、先輩にこの事を報告したら、確かに最近、謎の人物がハンベル狩りをしているって言われてねぇ。そしてその本人がラプス安協に入って来たなんて言われたら怖くて…」


 一通りの話を終えた後、ヒユウは手に持っていたカプチーノをまた一飲みした。心なしか、表情筋が緩んでいるように見えた。


 数か月前…は色々と忙しかったから、ラプスタウンの状況など知る由もなかった。ハンベル狩りなんて初めて聞いたぞ。


 「それは色々と迷惑かけちまったな」

 「気にしていないっすよ花宮さん。そういえば、カナはどうしたんですか?」

 「直ぐに家に帰らせた。日中の労働と夜のハンベル狩りで、カナの体がもう持たないからよ。ラウフはカナの体にも限界がある事を理解してくれたら楽なのによ…邪魔したな。明日、シンヤと犬山はゆっくり休むといい。ヒユウは…訓練所で自主練頑張れよな。お代は私が払っておく」


 花宮教官は席を外し、会計へと向かっていった…ここ前払い方式だぞ…。


 「ラッキー、なんかありがとよヒユウ」

 「僕のおかげじゃないよ。シンヤが僕に話すきっかけをくれたからねぇ…」


 心なしか、ヒユウを許してしまいたくなるような気持になってしまう。何も偽りのない、素直な感謝をされるのは少々気がおかしくなる。


 「さて、と。僕たちもお開きにしようじゃないか。二人共、くれぐれも新種のハンベルには気おつけてねぇ。ま、この僕がラプス安協に居るからには安心だけどねぇ!」


 うん、いつものヒユウだ。ムカつく。





 結局、ヒユウの印象が変わることはなかった。でも、あの態度を変えられた方が気持ち悪いかもしれないな…。


 ラプスタウンの隣町、千賀市、街灯の下、一人歩く帰り道。体のあちこちが悲鳴をあげているのを、一人になってようやく気が付いた。二日間もあんなに動いたらそうなるか…。


 明日の午前中はオンライン授業だし、午後は何をしようか。最低限として依頼物の発送準備はしなくちゃな…今日の夜にやるか…。


 ポケットから振動を感じた。それも一回ではなく数回。その後に着信音が流れる。電話…カナから?



 「どうした」

 〔あ、シンヤ。もうラプスタウン出た?〕

 「出たけど…」

 〔お疲れ。私も今学校終わったとこ。今朝はありがとうね〕

 「俺は別に何もして…」

 〔してるって。私、シンヤのおかげで、今の私に自信がついた気がする。ラウフとも、これから良い関係を築けるよう頑張るね〕

 「そうか…体は大丈夫か?」

 〔全然平気。私、こう見えても腹筋とスクワットは毎日各200回やってるからね。ほぼラウフのせいでだけど…まあとにかく、今日はお礼が言いたかっただけ。また今度会ったら、ラウフの事教えてあげる。今日はもう寝るね、明日も調査の仕事あるからさ〕

 「…ああ、わかった…そんじゃ、また」

 〔あ、あともう一つ。初対面のJKを屋根の下一緒に一晩過ごさせるのは、あまり良くないから、気を付けて、ね?〕


 スマホから声が途切れた。冷や汗が止まらない…よくよく考えたらカナはまだ未成年…いや、一応上の人からの許可は貰ったし俺は悪くない…けどカナが気にしているのは確かだし…。



 「何してんの、兄」

 「うわぁ!!?」


 自転車にブレーキを掛け、俺に声を掛けのは、ポニーテールの妹、鷹眼アカリだった。


 「な、何だよアカリか…」

 「兄がテンパってるの、背後から見ても分かったよ。まぁ、兄にも事情があるだろうし、理由は聞かないけどさー」


 出来た妹で良かった、と心から思った瞬間だった。



 ※


 「ただーまー」

 「おーお帰り、アカリ。そしてシンヤも一緒とは珍しいじゃないか」


 家に帰宅し、父が玄関まで迎えに来てくれた。


 「偶々道で会ったんだよ。何か手伝いするか?」

 「いいや、二人共バイトと仕事で疲れているだろう? 今日はゆっくり休みなさい。お風呂の準備もしてあるぞ」

 「兄、お風呂の順番どうする?」

 「…俺ラプス施設内の銭湯に入って来たから、いったん休む」



 俺は階段を登り、自分の部屋に入って、リュックを置きベットに寝転がった。


 父の仕事は建設業。ハンベルが永来町に現れたあの日から、失業者がどんどん増えていった。そして現在住んでいる千賀市の都市化計画の波にのって、建設業をやっているのだ。でもそれだけでは稼げないので、昔から活動していたブログで収入を得ている。


 妹のアカリは高校二年生。運動神経が抜群で、陸上やバスケ等の大会で助っ人としてよく呼ばれる程だ。そのおかげで男女問わずモテているらしい。だが、彼女自身は冷めやすく飽きやすい性格をしているので、部活に所属する事は無く、クレープ屋でバイトしているのだとか。


 そして母は…なんて考えている場合じゃなかった。早くお客様への発送準備をしなくてはな…まずは梱包から…その時、ベッドから振動が伝わる。また電話が鳴りだしたのだった。相手はまたしても「カナ」だった。




 「もしもし、どうし」

 〔シンヤか? 眠っているカナの体を借りて電話してんだ。都合よく、カナの奴が連絡先を交換していて良かった〕

 「──ラウフか。元気そうで何より…そんな事より、お前から聞きたいことが山ほどあるんだが」

 〔私から掛けたんだから、私の質問に答えるのが義理ってもんだろうが。早速だが…お前、親戚に【鷹眼十八郎】という奴は居るか?〕

 「!? お、俺の爺ちゃんだが…何でそれを知ってるんだ!?」

 〔──間違いないみたいだな。お前の付けていた時計の紋章に身に覚えがあったからよ、やっぱり十八郎の孫だったか。実力もあるはずだ〕

 「──お前、本当に何者なんだ…?」

 〔話すにはまだ日が浅い、その日まで待ってろ。それよりも、最近ラプスタウンが異常事態に陥っているのは分かるよな? 何と、情報では新たなハンベルも出たらしいな。──これから気を引き締めて行動しないといけない〕

 「そうだな…お前も気を付けろよ」

 〔馬鹿言うんじゃねぇ、誰がお前なんかに心配されるってんだ…そろそろ切るぞ〕

 「待て! 最後に一つだけ…ヒユウに謝る気はあるのか」

 〔…あの時は調子に乗っていた事くらい、私も自覚してる。同じ仲間になった上、そろそろ和解するのもいいと思ったんだが、謝るタイミングが難しくてな…なんて、お前が気にする話じゃないだろ、じゃあな〕


 怒り気味に、ラウフは通話を終了した。…俺のおじいちゃんの事を知っているって…ラウフは何なんだ?


 整理しきれない状況に、俺はただただ呆然と立っている事しか出来なかったのだった。

 

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