六話 ラプス会館

 十件目の依頼物を回収した時、時刻は午後五時を回っていた。


 四区画にある大型ビルの屋上の階段を登りきると、上空でチョウキが運転しているヘリコプターが、ブレードスラップ音を鳴らしながら空を舞っていた。チョウキは俺が来たことに気づいたのか、ドアを開け、俺目掛けて縄の梯子を落とす。地面まで落ちて来た縄にガッシリと掴まると、上で縄が巻き上がって徐々に上昇し、地面が遠ざかっていくのが分かる。


 上空に上がるに連れ風が強くなり、服がパタパタと鳴き出す。マフラーなんか付けてたら顔に巻き付いて大変な事になりそうなくらいだ。カラスも間近で飛んでいて、当たってこないか不安になる。


 ドアまで無事辿り着き、ヘリコプターの中に入り込む。…相変わらず中は脱ぎっぱなしの服やサンドイッチが入ってたであろう袋が散らかっている。だが、これを見て安心している俺がいるのも事実。


 「二日もお疲れさんよ。体がもうクタクタだろ?」

 「流石に詰め込み過ぎたかもしれないな…それに、ここは予想通りに行くような場所じゃないって事を忘れていた」

 「それってどういう事だよ? もしかして、昨日のラプス安協の新人か?」

 「そうだ、カナの事だ。色々、チョウキにも話したい事があるんだよ」


                  



                  ~





 ヘリコプターの駐車場に辿り着くまでの間、カナとの出会いからラプス安全協会 会館内で使用可・選べる割引券を貰うまでの経緯をチョウキに話していた。


 「40枚もかよ!? そんな量一人使い切れるか!?」

 「出来る訳ないだろ。だから、帰り際にでもチョウキを誘って行こうと思ったんだ」

 「そりゃいいぜ。それなら、久しぶりに館内のバイキングでも行こうぜ。そこなら、少食のお前でも適度な量を食えるだろ?」

 「ああ、そうしよう。でもその前に、風呂に入りたい。汚れた体で家に帰れないからな」

 「他にも、エステ行ったり映画観たり漫喫行ったりも…」

 「言っておくが、タダじゃないんだぞ? それに、そんな長居出来る程店も営業してない…」

 「分かってるっつーの。冗談だよ冗談」


 チョウキは昔から変わらない。もしかしたら、変化に気づいていないだけなのかもしれない。日常の一部に溶け込んでいるから。こうやって帰り際にチョウキと話をするのが、この仕事のやり甲斐なのかもしれない。


 こう楽しい時間を過ごしている内に、どんどんラプス会館へと近づいていく。



                  ※

 


 ここで、ラプス会館とは何か説明しようと思う。


 ラプス会館とは、ラプスタウン内で付着したであろうハンベル粒子を雑菌する為に必ず立ち寄る必要がある、地下含め4階建てになっている施設である。その中に、温泉ランドのような施設が沢山あり、消毒後に立ち寄る事が一般客でも可能なのである。



「はいお帰りなさいませお客さ…なんだアンタ達か。いつもの消毒ルームへ進んで」



 入口を進むと、受付ユナさんが無表情+疲気だるい声で俺らを案内してくれる。一日中そこで突っ立っていれば疲れも隠し切れないだろう。


 「あーいよ。お疲れさん」

 「──チッ、生意気な…」

 「そんな態度とるなよ怒ってんぞチョウキ。すみませんこいつが…」

 「ごめんねシンヤくん。私ちょっと限界が近いかもしれない」


 ユナさんの態度がどんどん悪化しているのを察して、沸点に達する前にチョウキの背中を押しながら消毒ルームへと進んでいった。


 「何だよユナの奴。感じ悪いぜ」

 「ユナさんは立ち仕事で疲れてんだぞ。それに先輩なんだろ、もう少し敬ったらどうなんだ?」

 「先輩だろうが後輩だろうが、関係ねーよ。…もう過去の話だしよ」


 チョウキの態度も戻らないまま、ドアを開け脱衣場に入る。ここで服を脱ぎ、下着の状態で消毒ルームに入室するのである。


 中はサウナの様であり、蒸気が漂う空間となっている。チョウキと一緒に木の凹みに座り、壁に付いているテレビを観る。


  「…大学は実際に行かないのか?」


 チョウキが俺に質問をする。


  「オンライン授業でも出席扱いになるから行く意味を感じない。奨学金返すためにこの仕事やってんだから、休む暇もない」

  「たまには顔くらい出してみろよ。もう六月なんだし、話せる仲間くらい作っとけばどうだ?」

  「六月から急に顔だして友達作る方が尚更難しいだろ。それに、無理して作ろうとなんて思ってないし、ラプスに居ればいいし…」

 

 自分でも意地を張っている事に気づいてるけど、本当はそういう仲間も欲しい。…なんて、親友の前で言う事じゃないよな、と心の中に留めておく事にした。



 ガチャン、とドアノブが下がる音がした。同時に扉が開き、入ってきたのは…ウザいアイツだった。



  「やあシンヤ、お前も上がりかい? それに…チョウキも一緒だね。本当に二人は仲良しだよなぁ」

 「ヒユウ、久しぶりだな。ラプス安協の仕事はどうだ?」

 「順調さ。毎日人の役に経っているのを実感して楽しいよ。ンま、その話はそれくらいにしないと、そこの人がまた機嫌損ねるからねぇ〜」


 その通りだ。おかげでとても気分が悪い。締めたい。


 「それよりも、六時から会長から緊急発表があるらしいよ? 二人は知らなかっただろうけど…ほら、モニターをご覧」


 モニターに目を向けると、画面にはこのラプスタウンを管理する会長、澤武氏が深刻そうな表情をしながら座っている姿が映し出された。元々数多いしわが険しい顔で増えているように、危機感が伝わってくる。


 〔──ラプスタウンにお集まりの皆さん、そして隊員諸君。今日は今ラプスタウンで起きている異常事態についてお伝えすべく、緊急会見を開かしてもらいました。


──単刀直入に申しますと、ここ最近のハンベルの出現率が異常であります。

ハンベル濃度が薄いのにも関わらず、大量にハンベルが発生するという事例があります。


 また…新種のハンベル目撃したという情報が入っております。目撃者の話によりますと、顔が縦長でしっかりとした体つき、全長10mと高身長です。もし遭遇してしまった場合、状況に応じて判断し、直ちにラプス安協までご連絡を。


 隊員諸君は即座に討伐に掛かる事、但し危険を感じた場合は直ぐに退散するようにお願いする。


 会見は以上です。常に警戒心を持ちながら行動する様、ご協力をお願いします。何か質問がある方はDMにて個別でお答えします〕



 画面が切り替わり、モニターはまたニュース番組へ変わった。



 「──新種のハンベルねぇ。実際に俺っちもお目にかかりたいものだよ。それで討伐したら早くも昇進、なんてのも夢じゃないだろう?」

 「自身だけは変わらないよなお前。俺は撃退専門じゃないし、自ら倒そうなんて思わないぜ。でも、遭遇しないのが一番いいのかしれないよなシンヤ?」

 「……」

 「どうしたんだよシンヤ? 今は新種のハンベルよりも、あの新人隊員の事か?」

 「なっ…シンヤ、これ以上の追及はするなと言ったはずだろ! まだお前…」



 「ヒユウはカナの何を見てそんなに怯えてるんだ? 見た目か? 言動か? その辺を教えてくれないか? どうしても知りたいんだよ、そうでないとカナが可愛そうで仕方ない…頼む」


 俺は立ち上がりヒユウの前に立ち、勢いよく体を45度曲げた。


 幾らムカつく奴でも、これだけは聞いておきたかった。ラウフがヒユウに何をしたのか、ヒユウはラウフに何をされたのか。このモヤモヤを解決できるのは、直接聞くのが一番だと思った。新種のハンベルなんてその次の話だ。


 ──ヒユウの顔を恐る恐る見ると、口をポカンと開かせ、丸い目をして俺を見ていた。ヒユウらしくない顔だ。いや、俺の方こそらしくない台詞だが。



 「…シンヤがそこまでするなら、仕方ない。俺っちが見たカナを教えよう…でも一旦、ここから出ない? もう君たちの消毒はとっくに完了しているはずだと思うんだけど?」


 言われてみればそうだった。話に夢中で時間をつい忘れていた。椅子から立ち上がり、ヒユウの言う通りに、俺達は消毒ルームから出る事にした。

  



 ※



 ラプスタウンの外には、ラプス安協の隊員が居住する社員寮がある。入居は強制ではないのだが、大勢の隊員がそこで住んでいる。もちろん、ヒユウもその一人である。


 ラプス施設はラプスタウンと直結しているので、隊員は施設の裏側から入場できる。そうすれば面倒な消毒はしなくていいのである。


 俺とチョウキが浴場で体を癒している間に、ヒユウは寮に戻って色々と準備をしてくれた。そして今、机の前には色とりどりの料理が並んでいる…と言いたいが、単色なのが三つしかない。

 

 「ん~。ナポリタンはいつ食べても美味しいねぇ。あっさりとしたケチャップが俺っちの舌を喜ばせるよ」

 「オムライスこそ史上最強の料理だろ。卵とケチャップの組み合わせは最強のタッグだ。なぁシンヤ?」

 「やっぱりカレーだろ…俺が言うのも何だが、バイキングの意味なくないか?」


 割引券を使えるからいいものの、これではレストランと変わらないだろう。副菜とかも取らないでバクバク食べていて…。


 「そんな事よりもヒユウ、カナの事について話してくれないか」

 「分かってるさ。その前にドリンクバーでカプチーノを取って来てもいいかい? シンヤの為に分かりや~すく話すし長くなるから喉が渇くのでね」

 「…早くしろ」


 ヒユウが席を外した瞬間、大きな溜息を吐いた。ちなみに無意識だ。


 「ヒユウなりの対応だろ。分かってやれよ」

 「──ヒユウが地位を気にしながら生きている所が気に食わないんだよな…普通に接してくれれば俺だって普通の対応するさ」

 「マウント取りが好きなだけなのかもしれないぜ。知らないけどよ…ほら、戻って来たぞ…あれ?」


 「早速割引券を使ってくれたみてぇだな。それにしても、ヒユウとシンヤが知り合いとは驚いた。しかも、犬山とも接点があったとは、意外と繋がりってあるもんなんだな」


 ヒユウの後ろに付いてきたのは、花宮教官だった。制服ではなく、黒いパーカーにジャージパンツという、かなりラフな格好だった。


 チョウキは物資調達の際に花宮教官と話す機会があるので、知り合いである。何故か彼だけ苗字呼びだが。


 「花宮さんも来るんですねここに」

 「約束をドタキャンされたんだよ。そうじゃなかったら一人で居ないっつーの。で、お前らは今日何の集会だ?」

 「その、カナについてっす。俺がカナを恐れている理由をシンヤに教えろと…」

 「詳しく知りてぇな。私にも聞かせろ」


 花宮教官は片手に持っていたコーヒーをテーブルに置き、腰を下ろして足を組んだ。更には頬杖までし始めた。謎の緊張感が襲う。


 「別に、敬語交じりじゃなくてもいいからよ。私が居ないつもりで話してみろ」


 そんな事を言われても…という表情をしているヒユウ。あんな鋭い目で見られたら、存在を認知しないで話すなんて到底できない。


 ヒユウはン゛ン゛と咳ばらいをした後、注いで来たカプチーノを飲み、行きを吐く。 


 「…それでは、始めよう。数か月前の話だが…」

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