五話 何者
あの事件、あの日の午後。
私は、小学校で授業を受けてた。シンヤも知ってると思うけど、とても雨が強かった。
確か国語の時間だった。給食後の国語の授業は眠くてウトウトしてる子も多かった。だけど、一瞬で目を覚ますことが起きたんだ。
雷鳴が響き、爆風が私たちを襲ってきた時、私は落ちて来た蛍光灯が足に直撃し動けなくなった。そんな時に…般若のような顔をしたハンベルが、唾液を流しながら私の元に来たの。
頭が真っ白になった。何が起きているか分からないまま過ぎていく時に気を取られて、気づいたらハンベルが手を出してきて、最低限の守りを取った。背中にハサミで切り裂かれるような感覚が襲ってきたの…その時の傷が、この傷。
かつて体験したことのない痛みを感じて、涙を流す余裕もなかった。そして第二の攻撃が入ろうとした時、ラプス安協の人が助けてくれて、何とかなったんだ。
救助後は、隣町の病院で入院していた。治療を受けていたけど、不思議なことに、完全に傷口が閉じなかった。お医者さんから、これ以上の回復の見込みはないと言われたからで、リハビリを受けた後に退院した。
※
その後、私は家に置きざりにした物を取りに行くために、再びラプスタウンに足を運んだ。辿り着いて見えたのは、私が覚えている街とは全く違う光景であった。大好きだった公園も、お花屋さんも、みんなボロボロに成り代わっていた。
まだ入場制限が緩かったから、KEEP OUTのテープを潜り抜けて、昔あった家まで行ったの。破片や石ころが散乱していて足元が悪く、何回も躓きそうになった。幼いながらもよく頑張ったなー、って自分でも思う。
やっとのことで家に着いた私。暫く掃除もしていなかったから、臭い匂いが充満していたのを覚えてる。持ち帰りたいものは沢山あったけど、お気に入りのぬいぐるみと学校で使う道具をリュックに詰め、片手にテニスラケットを持ち家を出た。
帰り始めて数分後…ただならぬ気配を肌で感じた。…遭遇しちゃったの、ハンベルに。学校で会ったハンベルの三倍もの大きさだった。テニスラケットを片手にしても、あの時の恐怖が蘇ってきて、手は疎か足すら動かなかった。
次こそは死んじゃう…そう思っていた時だった。新幹線くらいの速さで、何か得体のしれない物体が、ハンベル目掛けて飛んできた。またラプス安協の人が助けてくれたのかと思っていたけど、それは違ったんだ。
そしてその物体は、私の頭を飛び回った後…私の傷口に入り込んできた。痛みという衝撃が走った後、今までとは明らかに違う体の異変に気付くことが出来たの。
手を握ってみたのが、一番手ごたえがあったかな。感触がまず違うし、力持ちになったような感覚になった。
「…驚かせたなガキンチョ。悪いがお前の体、少々貸してもらうぞ」
突如聞こえた謎の声。それは外からの声ではなく、脳内から聞こえたものだった。逞しく、頼りがいのありそうな男性の声。ていうか貸すって何? あの頃は幼かったから、状況をあまり把握出来てなかった。でもこれだけは分かった。私は体を乗っ取られているのだって。
※
得体の知れない何かに意識を奪われ…それからの記憶はないんだ。どうやら意識を奪われたら、その瞬間の記憶を脳が覚えないようになるらしい。意識が戻った時には既に、荷物も全部一緒に家に戻っていたよ。
「目覚めたか…危険な目に合わしちまったな」
ベットの上で、得体の知れない物体がハエのように飛んでいた。
「きゃあっ!? だ、誰なの!?」
「俺はラウフ。人間でもハンベルでもねぇ、何かだ」
「そうなの…? よくわかんないけど…でも、ハンベルを倒してくれたんだよね。ありがとう!」
「お前の体を使って雑魚狩りしただけだ。その所は勘違いすんな」
出会った時からいけ好かない態度ばっかりとっていたラウフ。でも今では、あまり話すのに慣れてないだけだったなんじゃないかな、って思うよ。
「…カナって言うんだな」
机に置いてあった連絡帳を見たのか、私の名前を把握してくれたみたい。文字は読めるんだね…。
「お前はまだ体が弱いからな。だからお前がある程度成長した時に、戻って来る。覚えとくんだな」
「ちょっと! それどういう──」
「力を貸して欲しいんだ。お前の潜在能力は、私の真の力を目覚めさせるような予感がするのだからな…じゃあ、それまで元気に生きてろよ」
そう言葉を残した後、窓から飛び出て、ラプスタウンの方へ飛んで行った。…その時は、何が何だが、本当に分からなかった。
※
「──取り合えず、第一章はこんな感じかな?」
「この量でまだ第一章なのか…?」
「じゃあ、やめる?」
カナは俺の顔を覗き込んで、そう言った。時計の針も八時半を回り、辺りにはラプス安協の人らが続々に集まって来たような気もした。
「そうだな。俺もお前も、お互い仕事があるしな。その後の話はまた時間があるときにじっくり話してもらおうか」
「そうだね。じゃあ、今日も一日頑張ろ!」
「ああ。それじゃあこの辺で…」
ベンチから腰を上げ、広場を後にしようと思ったその時、足が勝手に急ブレーキを掛けた。何かと思い顔を後ろに回すと、小さくて綺麗な手が服の裾を掴んでいた。
「──どうした」
「連絡先…交換しよ。次いつ会えるか分からないし…」
「ああ、了解だ」
ポケットに入れていたスマホを取り出し、友だち追加画面のQRコードを映し出した。それをカナが読み取り、「ちょいまち…」とカナが呟いている内に、俺の画面に【友達追加】のメッセージが飛んできた。
「これを押して…出来たぞ」
「シンヤのアイコン、時計の形なんだ。そう言えば、腕に身に付けてる時計、変わってるよね。それってどういう──」
「勤務時間だ、カナ」
後ろからポン、とカナの頭を叩いたのは、眠そうな面をした花宮教官だった。
「あ、花宮教官! さっきは急に逃げ出してごめんなさい…」
「別に怒ってねぇよ。お前の気持ちも分からなくねぇから。──シンヤも、色々迷惑掛けたな。これ、少ないが…」
花宮教官は内ポケットから茶色い封筒を取り出し、俺に差し出してきた。少ないと言っておきながら、ノート一冊分位の厚さはあった。
「受け取れませんよこんな額! しかもカナと打ち溶け合って更に報酬をもらうなんて…」
「黙って受け取れよ。これから世話になる前金みたいなもんだからよ。ほら、素直に受け取れ」
封筒を俺の胸に押し付け、花宮教官は「ほら行くぞ」と言いながらカナを連れて、車に向かって歩き出した。
「じゃあ、また今度ねー!」
カナは手を振りながら、車に乗車した。エンジンが掛かり、スピードを増しながら走り去って行く車に、俺は手を振って見送った。
──改めて封筒を見る。この厚さだと、三か月分の収入はあると思うが…恐る恐る封筒を開け、中身を確認する。…そこには目を疑いたくなる光景があった。
入っていたのは、全て【ラプス安全協会 会館内で使用可選べる割引券】だった。枚数を数えると、その数40枚。有効期限は半年後までだった。確かにこれでも嬉しいが…現金だと少し期待してしまった自分を殴りたい気分になった。
帰り際にチョウキを誘って、数枚使うか…そう思いながら、崩れかかったコンクリートを歩きながら、次の依頼場所へと向かっていく、鷹眼シンヤなのだった。
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