四話 ラウフのせいで
「──ラプス安協の者だ」
ドアのベルの音と共に埃が舞う。またしても気持ちの良くない目覚めだ。何事かと思って寝ぼけた目を擦りながら辺りを見ると、ドア付近にラプス安協の制服を着た女性が立っていた。
そして目覚めた俺の元へ歩いて、顔をじっと見つめて来た。顔立ちが良く、ジェンヌのようである。本当に女性かと疑ってしまう程だ。
「夜遅くに電話したのはお前だな?」
「そ、そうですが、見たことのない顔…もしかして係の人?」
「ああ。普段は教官としているから、ここらでフラフラ歩いてる奴らは私の事を認知してねぇだろうな。それよりも…カナ、いつまで寝てんだ、ほら起きろ」
女性はカナの体を揺らしたり頬を叩いたりしながら起こそうとした。そしてカナもゆっくりと体を起した。
「──ふぇ? どこ、ここ? もしかして私また…ってシンヤ!? どうしてシンヤがここに…」
「あ、ああ、おはよう…」
「どうしてって、お前を運んでくれたみてぇだよ。…ったく、夜遅くにフラフラ出歩くなと言ってるのによ」
「夜遅く? 私ちゃんと帰ってベットで寝ていたはずなのに──もしかして、ラウフが勝手に…?」
あの時の記憶が一切無いらしい。ラウフ人格との脳内共通装置はないのであろうか。もしそうだとするなら、カナが不憫で仕方なくなる。
「運んできたってことはもしかして…ラウフの事をシンヤは知っちゃったってこと…?」
「ああ、ラウフはカナから色々話を聞け、と言っていたが…カナ?」
眉は下を向き、表情も暗くなってきた。
「…ょくなれると思ったのに…」
「え?」
「折角仲良くなれると思ったのに…またラウフの事を知られたら…!」
寝袋から出てきたカナは、表情を崩して目を抑えながら喫茶店を飛び出してしまった。寝袋が少し濡れていた。
女性は、「またか…」と嘆いてソファに腰を下ろした。またかという事は、過去にも同じことがあったのだろうか。
「…自己紹介がまだだったな。私は花宮カオリ。ラプス安協の新人育成係の教官で食っている」
「へぇ…俺は」
「鷹眼シンヤだろ? 我々ラプス安協で知らない人は殆ど居ねぇよ」
──そんなに俺の知名度上がってんのかよ…商売が上手く言っている証拠なのか、それとも邪魔だからなのか…どっちなんだ。
「それで、今はカナだけを特別に見ているんだがよ…アイツはラウフ人格のせいで、それを見て恐れた友達が離れていったらしい。だから、ラウフ人格が宿ってる事は自分から話したがらないんだよ…昼休憩の後、お前の事、私に楽しそうに話してくれたぞ。シンヤとなら、なんだか仲良くなれそう、ってな──シンヤはラウフが怖いか?」
「それは…最初は恐怖心がありましたが、それは3秒だけの話で、後は彼女の強さに興味深々でした。だから、今は恐怖心はありません」
「じゃあ、それを今から本人に伝えてこい。お前なら、カナの理解者になれるだろうよ」
──こんな性格の俺が、そんな大役が俺に務まるだろうか?
「アイツの事だから、広場のベンチで泣いているだろうな。朝早いから、他の人は居ないからよ…私からの依頼、引き受けて貰おうじゃねぇか。いいか?」
基本、途中追加は断っているのだが、今回ばかりは見過ごせられない。自分と同じ境遇な気がするから…。
「──はい。了解しました…あ」
グゥゥ、と腹の虫が五秒も鳴ってしまった。なんとも恥ずかしい真似をしてしまった…。
「──そのなり具合、昨晩から何も食ってねぇだろお前。…そうだ、これ、カナに持って行ってくれ」
※
時計台の針は七時半を指す。餌を求めた雀達が可愛らしい鳴き声でタイルの上を歩く。廃墟ビルの窓に太陽が反射し、さらに反対側の窓と続いて眩しい。
光輝く朝。数年前はこの場所も人が待ち合わせの場所として溢れていたが、住む人が居なくなった今ではそんな光景は見受けられる訳がない。そう断定出来てしまうようになったのも良いこととは言えないが。
四区画はラプス安協がよく来るので、道路の整備はほかの区画と比べても綺麗な方である。アスファルトの上に瓦礫がない、というだけで褒められる界隈なのだ。
アスファルトを辿り、辿り着くは中央にある広場。花宮教官の予想通り、ベンチの上に、体育座りをしながら蹲っているカナがそこに居た。
「──カナ、少しだけ話、してくれないか?」
「知らない! 私なんかほっといてよぉ…!」
泣きじゃくるカナに対して、次に発する言葉が出てこなかった。声を掛けようにも掛けづらい空気なんて慣れた物じゃない。
だが言葉は出なくても、物で解決することだってできる。先程花宮さんに貰った物をカナの顔の前に持ってくる
「──ほら、お腹すいただろ。朝ごはんにしようぜ」
「私はもう大好物のクリームパンで釣られる歳じゃないもん!」
そう言っているが、しっかりと手を伸ばして掴んで袋を開封して口に運んでいる。好物には逆らえないのは誰でもらしい。
雫を流しながらも美味しそうに食べるカナを見て、実は俺の分のクリームパンをもらっていたので、一つ口に入れた。
「…クリームパンってこんな味だったか? 長年食べてなかったから新鮮な味がする」
「久々に食べる人もいるんだ…変なの」
流す雫も枯れたようで、代わりに貼れた瞼が浮かび上がった。少しは心が落ち着いてきたようだ。
「…それで、ラウフの話を…あまり聞かれたくないか?」
「そりゃあそうだよ。詳しく話したって、嫌われちゃうだけだし…みんなラウフのせいで私の人生メチャクチャになっちゃった…私だってラプス安協なんかに入りたくなかった。普通の女子高生でみんなと楽しく過ごしたかった…」
またしても雨が訪れそうになってしまう。
「…人と比べられるのって嫌だよな。自分が欲さない力を手に入れただけで、ここまで差があるなんて…」
「──シンヤ??」
「まずは俺の話から聞いてくれないか? 俺の事も、一応知ってほしいし…いいか?」
「…いいよ」
コク、とカナは縦に首を振ってくれた。俺は咳ばらいをし、第一声を発した。
「──俺には、探知能力があってだな。目を閉じて物を特定する能力なのだが、今もそれを利用して商売してんだけど。小学二年生の頃に目覚めた能力で、ある程度のクラスメイトには知られていた。この能力を褒める者もいれば、羨む者もいるのが人間。…ある日、俺はこの能力で女子トイレを透視しているなどという根も葉もない噂を誰かに流されて…」
言葉が詰まる。あの時の辛い記憶が脳裏に蘇ってくる。毎日恐怖、恐怖でしかなかった。
「──それで、どうなったの?」
「勿論、男女構わず俺を冷たい目で見るようになった。俺は一度もそんな事してないのに…人間、噂一つで評価をクルりと変えてしまう生き物って、幼いながら実感したな。…だけど、噂に流されない奴もいた。能力関係なしに友好関係を持ってくれる奴だって、この世には少しでも居るんだ」
「それって?」
「そんな噂、あるわけない。シンヤはそんな事する人じゃない、って言ってくれる人もいた。今でも親友だ。全員にその力を受け入れられなくたっていい。受け入れる人がいれば、それでいい。無理な接し方をされるより、そっちの方が、もっと深い関係が気づけるだろ?」
だから、チョウキとは、今でも仲が良い。ヒユウは何か違うが、あいつも一応俺の力は受け入れてくれている。
「──だから俺は、ラウフの事を受け入れる。理解者が増えるのは良いことだろ」
「…えへへ、ありがとう。私も、ラウフの事話すね」
クリームパンの袋を縛り、ポケットの中に入れたカナ。そしてベンチから立ち上がり──上着の制服を脱ぎ始めた…!?
「何やってんだカナ!? 朝だから人がいないとはいえ流石にマズいだろ!?」
「ちょっと黙って! 私だってこんな事したくないけど、こうでもしなきゃ話が始められないから…」
その言葉を聞いて、俺は黙らざるを得なかった。そしてストレッチウェアだけになり、眼に入って来たのは、肩甲骨から腰までに渡る大きな傷の痕。見ているだけで痛々しく思う。
「…この傷が、今の私を築き上げた。遡るのは……」
「ハンベルが大量に襲ってきた、あの日」
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