三話 もう一つの人格

 六件目の依頼物も回収した。辺りも暗くなってきたので、俺は野宿の準備を始めた。春に入ってもう少し日が延びると思っていたが、俺が時間の経過を意識していなかったからであろうか。


 野宿先は、四区画の喫茶店である。──ここで一旦、ラプスタウン全体の話をしようと思う。


 ラプスタウンは全部で十二区画存在する。入口に近いのが一区画として、それに隣接して二区画、三区画…といったような感じである。

 そして現在立ち入ることが出来るのは、一区画~七区画間だけである。残りはラプス安全協会の上層部が立入禁止と決めているので、一般人は疎か、安協の人間も進入することはできない。ハンベル粒子の発生源が近いからだとか、そういう証拠もない理由からである。

 でもルールはルールなので、守るしかないのである。破ってしまったら、ラプスタウン永久追放だって冗談じゃなくなる。


 今回泊まる喫茶店では、知り合いが昔経営していた店で、使用許可も下りているので使わせてもらっているのだ。勿論、電気や水道は通ってないので、ライターや水は持参である。

 圧縮された寝袋に空気を入れ、ソファ席に勢いよく広げて敷く。そしてレジカウンターに置いてあるカンテラを持ち出し、天井に吊り下げる。明かり一つでは薄暗いが、何個もやれる状態じゃないので勘弁。


 一通り準備が出来た所で、本棚にあるミステリー小説を取り出す。ここの喫茶店は本の種類が豊富であり、長く使わせてもらっているが、まだここにある全ての本を読み切れていない。

 

 文字を目で追っていると、瞼が自然と閉じてくる。疲れも溜まっているから、今日は特に酷い。そんな時は本を机に置き、明日を迎えるモードに入るのだ。カンテラの火を消して寝よう。ゆっくり眠ろう………。

















 ガガガガガガ。


 不快な音が耳奥に侵入するのを確認。スマホを起動すると、夜中の二時を回っていた。嫌な目覚めで苛立ちながらも、入口のドアを開けて外を確認する。──俺は、瞬時に警戒態勢に入る。

 

 眠い俺の目に入ったのは、あのだった。ハンベル濃度が低いとはいえ、出現してしまったか…。

 なるべく穏便に済ませたいところだが、ラプス規約により、[繁殖を防ぐためハンベルは見つけ次第倒せる者から撲滅すべし]という決まりなので、急いで机に置いてあったワイヤー付き腕時計を腕に身に付け、喫茶店を飛び出す。


「ガガ?」


 全長2m程、中間サイズか。群れを成していない為…すぐ仕留められる。

 時計の6の下にあるボタンを押し、ワイヤーを発射させる。そして、リューズ(時間を合わせる時に使う出っ張り)を引き出し、前に高速回転させる。


「ウガガガガガッ!!」


 しかし、発射場所が悪く、ハンベルにワイヤーを弾き飛ばされてしまった。そして、ハンベルの大きな爪が俺の胸を狙ってきた。それをすぐさま避ける。その攻撃が二回、三回と続く。

 疲れも取れ切っていない、息遣いも激しくなってきた。このまま避け続けたら体力が…こうなったら…。


「こっちだ、ついてこい」


 俺は走り出し、ハンベルが通れる路地裏を曲がった瞬間、振り向いてポケットに入れていた”中継型アンテナ”を前の六方向にばら撒く。そしてそれぞれ設置したアンテナに向けたワイヤーを発射すると、アンテナ間でワイヤーが飛び交い、蜘蛛の巣のようなネットが完成した。


「…ウガガガ!」


 こちらに向かってきたハンベルは、見事ネットに絡みついた。そこで九の隣にあるボタンを押す。すると、ワイヤーは凝縮され、ハンベルの体を締め付ける。


「ウガガガガガぁぁぁぁ!!」


 断末魔と共に、ハンベルは形を崩し粒子へと戻り、空気中に還元されていった。寝起きだからか、体が上手く動かせなかった。ただの言い訳かもしれないが。


 ワイヤーを仕舞い、アンテナも回収する。さて、喫茶店に戻って二度寝しよう…。




「ウガガガガァァァ!!」



──嘘だろ、もう一体いるなんて聞いていない…もう体が動か…。






「はあぁぁぁぁっっ!!!」


 耳に入るは勇ましい声。そして目の前にいたハンベルは突然スライス状となり、粒子へと戻った。そしてその先には、見覚えのある顔があった。


「…カナ? こんな時間に何をやって…」

「黙れ、次のが来るぞ」


 ──口調が違う。おどおどしたあの声を忘れたかのように。

 昼間のヘアゴムを外しており、セミロングの髪が夜風になびかれる。手には赤色に光る大きく長い爪。だがカナの爪から直接伸びているのではなく、誰かの爪が生えてきているような…。



「ウガガガガァァァ!!」


 すぐさまやって来た二体目の大型ハンベルが、咆哮を挙げながらカナに襲い掛かる。


「……遅いんだよ」


 カナの残像が、月明かりに照らされる。そして、カナは目で追えない速さでハンベルの背中を取り、獣のような大きな爪でハンベルを八つ裂きにした。


「ウ、ウガガガガァァァ!!」


 二体目のハンベルも、形を崩し粒子へと戻り、空気中に還元されていった。


──だが安心するのも束の間、周りには十体ほどのハンベルが俺たちを囲んでいる。


「この数…ハンベル濃度が低い日とは言え、一体どうしてこんなに……」

「何体いようと結構…経験値がまた増えるだけだ。お前も突っ立ってないで、そのワイヤーで私をサポートしろ」

「カナ、どうしてそんな口調…いや、説明は後で聞かせてもらう。やるぞ」


 あんな凄いのを見せられたら、目が嫌でも覚めるし、俺も負けずと力が湧いてくる。


 カナは小型ハンベルの攻撃を素早くかわし、反撃のチャンスを狙って蹴りを入れる。壁を使って大きく飛び跳ねたり、残像を残したり…昼間のカナとは全く違う一面がそこにあった。


「カナ、ハンベルをあの路地裏に一気に集められるか?」

「仕方ない…雑魚共、こっちだ」


 俺の要件に応えるカナは、本屋と酒屋の真ん中にある路地裏にハンベルを一編に集めた。


「──これでどうする?」

「串刺し状態にする。危ないから脇にいろ」


 多分カナが脇に行ったであろうから、俺は6の下にあるボタンを押し、ワイヤーをハンベルの核目掛けて発射させる。


 ワイヤーの先はザクザクとハンベルを貫き、カナが居る部分まで到達したであろう。


「止めは私がやる!! うぉりゃあああああ!!」


 カナは乱れ引っ掻きでハンベルを次々となぎ倒した。長い長い爪が、俺の服を少し破いた。俺まで粉々になるまで引っ掻かれそうになった。


 その場にいたハンベルは、完全に消滅し、辺りはまた静かになった。


「あっぶねぇ…気を付けろよお前」

「うるさい、当たらなかっただけマシだろ」

「それよりもカナ、何だその口調は。 昼間と全く印象が変わって……それが本当のお前なのか?」

「カナカナうるさい。私はカナじゃない、だ。カナは私の主人格だ」


 ──多重人格者、ってことだろうか? 情報が沢山入ってきて、正確に理解できない。


 もしかして、ヒユウがあの時怯えた態度を取っていたのは、このラウフという人格のカナを目撃したからだろう。──あの時上手く立てなかったのは、俺もラウフの力に驚愕していたからなのかもしれない。


「今、カナの人格は心の中で眠っている。詳しい話は、明日カナが目覚めたら聞いてみろよ。私も体力が持たない…この体、いったん返すぜ、カナ」


 勇ましい表情のカ…ラウフは、突然魂が抜けたかのように和らいだ顔になり…俺が見たことのある表情がそこにはあった。


 カナは足から崩れ落ち、地面に激突寸前の所で俺がキャッチした。スゥ、スゥ、と、小さな寝息が聞こえてくる。カナの人格に戻ったみたい。


 こんな所で一人で寝かす訳にも行かないし、どうしたものか…。


 宿場まで連れていくことにした。出会って一日目の人に、こんな事するのは初めてだ…。






 いつもは誰もいない筈のソファに、一人の少女が心地よい寝息を立ててスヤスヤ寝ている。今すぐに起こして訳を話してもらいたい所であるが、邪魔しては可哀そうに思えてくる。


 だが、俺が女子高生を勝手に屋根の下に連れ込んだなんて事案になると困るので、ラプス安全協会案内センターの方へ連絡を取ってみることにした。


「──もしもし、鷹眼シンヤと申しますが、ラプス安協の新人を一人確保したのですが、一体どうすればいいでしょうか…………あ、担当の者が明日来て、それまで保護…ですか。分かりました。四区画の喫茶店で待機してますので…はい、失礼します…」


 通話終了ボタンを押すと、画面に大きく3:24と時刻が表示された。いっその事このまま起きてても良い気がしたが、ハンベル濃度が低い日でもここまで発生している今の現状からして、明日分の体力を確保するのが賢明な判断であろう。


 カンテラの火を消し、埃まみれのソファの上で仰向けになる。月明かりで照らされる天井を見ながら、今日の出来事を振り返る。


 ラウフと会ったのは、ラプスタウンで仕事していて一番の出来事だったかもしれない。自分よりも強い人は星の数ほど居るが、あそこまでの力を持つ人間がこの世に居る事、それが驚きだった。俺レベルが10だとすると、ラウフはレベル50程だろう。


 ──何だか、もっとカナ、そしてラウフの事が知りたくなった。ほっとけなくなった。明日、カナから直接話を聞かせてもらおう…。


 




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