二話 親友とウザい奴

 カレーを食べ終えた俺は、早速仕事に取り掛かる。

 二件目、三件目は広場からかなり近場だった為、徒歩で行けた。だが次の四件目は、徒歩で行くには少し難しい場所にある。

 そこに行く為の道は、瓦礫や土砂で塞がっている。頑張って登って行くにしろ、崩れて下敷きになって大怪我になるのは今後の人生に支障が出るのでゴメンである。


 ズルいのは、ラプス安協の人間は、そこに行くために専用地下トンネルを開通しており、一般人は立ち入り禁止なのだ。ふざけやがって。


 じゃあ、そんな俺はどうやって行けばいいのかと言うと、’ヘリコプター’で向かへばいいのだ。

 三件目の近くに、大きな敷地がある。そこは、ヘリコプターの駐車場だ。

 入口の小屋に顔を覗かせ、アイツがいるのを確認する。


 「チョウキ、いつもの場所まで頼む」

 「……ぁあ、ようやく来たか、シンヤ。準備すっから、先にヘリに乗ってくれ」


 アイツとは、俺の親友”犬山チョウキ”だ。

 チョウキは現在、ヘリコプターを使った運送業を営んでいる。十八歳の誕生日を迎えた次の日にはヘリコプターのライセンスを取得しに行き、たった一ヶ月で合格した。

 出合った時からヘリコプターが好きだったチョウキは、いつかヘリコプターに関わる仕事がしたいと昔からよく言っていた。その夢が結構早く叶ったのは、相当の熱量からなのだろう。


 ヘリの後部席に座って待機していると、運転席のドアが開き、眠気覚ましの栄養ドリンクを飲みながらチョウキが入ってきた。


 「忘れ物はないか?」

 「…大丈夫」

 「じゃあ、出発するぜ。○$#▲%……」


 俺には理解出来ない離陸前の掛け声を始めた後、ヘリコプターは爆音と共に、地面から離れて空へと向かった。

 安定圏内に突入するまでは、チョウキに話しかけないのが約束。事故を招くかもしれないからだ。

 空中から見る外の景色は、ゴミやら看板やらが散乱しており、いつ見ても非日常を味わえる。綺麗、とは言えないが。


 「……安全圏内突入、っと。てかシンヤ、今日は約束より十分も遅かったじゃねえか。一体何やってたんだ?」

 「それは……ラプス安協の隊員と少し色々あってだな……」

 「ラプス安協ねぇ……よく好かれるよなお前」

 「そう。でも、変わったヤツでな、KAWADAビルはラプス安協は侵入禁止だと知らない、こんな知識も無しに入れると思うか?」

 「さあな。俺らはラプス安協の人間じゃねぇし、何か理由があってそうしてるんだろ」

 「そうだろうか……」


 ただただ、考えすぎなのかもしれない。就任して三日目と言っていたし、新人に付く先輩からまだ教わってない事も多いだろう。


 でも俺は、何かあるような気がしてたまらないのだ。普通じゃない、特別な何かが。

 

 「お前、今日はラプスに泊まるのか?」

 「ああ。二日で終わらせないと、色々厄介な事になるからな」

 「無理はするなよ。いつハンベル濃度が上昇するかわかんねぇからな」


 厄介になる、というのは、ラプスタウンは一週間に三日しか立ち入りしてはいけないというルールが存在する。それに、三日連続というのは出来ず、二日連続で滞在するのもあまり良い印象は持たれない。一般人のみならず、安全協会も同じルールに則っている。


 このルールが成立した理由は、ハンベル粒子をラプスタウン外に持ち込まない為である。

 ハンベル濃度が低い日であろうと、ラプスタウンは常にハンベル粒子が空気中を浮遊している。それが衣類等に付着し、外に持ち込まれると、ハンベルが外でも生息する事になりかねない。

 なので、ラプスタウンから退場する時は、隔離施設で消毒の後、二時間の隔離が必要である。その後副反応が出たら、また隔離施設行きになるのである。とは言え、副反応が出たという人は聞いたことないのだが。


「…ほら、着いたぜ。気を付けろよな」

「分かってる。お代はいつものサイドポケットに入れといた。じゃあ」


 ドアを開け、ロープを地上に向けて落とす機械を作動する。下まで落下したのを確認した後、ロープに垂れ下がりスルスルと下りていく。

 平らな道に足をつけた所で、ロープが凄い速さで巻き上がった。そしてヘリコプターは西の方角へ向かっていった。


 四件目の場所は…あの雑居ビルの中か。


 ※


 四件目の探し物は、ビールの王冠が沢山入った箱だった。依頼者によると、この時代の王冠はプレミアがついているらしく、昔会社で集めていたのを思い出したのをきっかけに俺に頼んだそうだ。そんな事わざわざ言ったら、盗むやつが現れそうなのに…。


 さて、次は五件目。ここは大通りだから、確か方向は…。


 「やぁ、落ちこぼれのシ・ン・ヤ」


 歩道橋から聞こえた煽り声。そいつは歩道橋を楽々と飛び降り、俺の側に近寄って来る。

 ラプス安協の制服に付いているワッペンを俺の頬に擦り付けてくるそいつの名は、”烏谷からすやヒユウ”。俺がハンベルの次に苦手な生き物だ。


「落ちこぼれの俺に何の用だ」

「いやね、暇そうだったから話しかけたのさ。あ、忙しくない? ごめんねぇ、シンヤは別の事で忙しいもんねぇ」

「暇なのはお前の方だろ。仕事の邪魔するなら営業妨害で訴える」

「やってみれば? ラプス安協の権力で俺っちの勝ちは目に見えてるけどさ」


 握りしめた拳が前に出ないよう、俺は必死に腰の辺りで抑える。

 そもそもこいつは俺が高校生の時に出会った奴で、いつも何かしら勝負を仕掛けてきた。だが俺の勝率は九十パーセント、殆ど負けたことはない。負けたので覚えてるのは、ぶどう早食い対決とマヨネーズ早飲み対決、くらいか? 後者は辞退したんだがな。


 高校在学中、俺とヒユウはラプス安全協会に入会しようと試験に勤しんできた。だが、俺は不合格、ヒユウは合格だった。

 それに調子に乗ったヒユウは、ラプス安協と自営業の収入の格差を理由に、こうやって煽ってくるのだ。誇れるものが出来た瞬間、弱くなるもんだな、と実感した。


 「ンま、俺っちは引き続きラプスタウンを巡回する役目があるから、こ・れ・で」

 「…待て」


 待てなんて言うつもりなかったのに、口が勝手に…。


 「あれ、営業妨害じゃないのぉ~?」

 「一つだけ聞きたい、セミロングで髪を結んだ子を知らないか」

 「──っ!? …あ、ああ。カナ、だったかな? そ、そいつがどうしたんだ?」


 ヒユウは突然冷や汗をかき、持ってたハンカチで額を拭き始めた。

 

 「あいつ、本当に試験に合格してラプス安協に入ったのか? さっきも進入禁止のビルに入ってたし。試験勉強の時の問題対決でやった筈だろ? なのに何で…」

 「お前は何も知らなくていい!! 関係者じゃない癖にそんな事知ったって仕方ないだろ。そんな事考えてる暇があったら自分の仕事に専念しろ!!!」


 不意に怒り出したヒユウは指笛を鳴らし、ラプス安協から支給されるバイクを呼び出した。そしてそのバイクに跨り、閑静な大通りを走り抜けた。


 ヒユウの焦る姿に疑問が生まれた。

 あの大人しそうなカナに対して、少し怯えたような…就任三日目とは言え、ラプス安協の人間だったら、入会試験でも顔を合わせるチャンスは沢山あるはずだ。その期間内で何か隠された真実を知ってたから、あんな態度を取ったのだろうか?  

 

 ──まぁ、ヒユウの言う通り、こんな事考えてないで仕事に戻ろう…。








 その時俺はそう思っていた。あれを目撃するまでは…。

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