一話 ラプス安全協会の新人
最初にやって来たのは、旧KAWADAビル。
というか、依頼の殆どは、このビルの所有者からなのだ。
KAWADA株式会社は七年前の大災害の後、隣町にまた新たなビルを建設して、事業を行っている。
ただ移動の際、一部書類などをこの旧KAWADAビルに残してきたらしい。
ラプスタウンは危険な街となった今、仮に社員に取らせに行ったとしたら、きっとケガして帰ってきて、そのあと会社に責任を追われる事になりかねない……という理由から、俺に頼んでる。
何なら、書類やら備品やらを一遍に全部持って行ってやろうかとも思う。ただ、一気に仕事を片付けてしまうと、KAWADA株式会社からの仕事が来なくなってしまう。だから、一応口にしないよう、ひっそりと黙っているのだ。
錆びたドアノブを捻り、裏口から入る。表口はガラスやら鉄骨やらが散乱してい、て、まともに入れたものじゃない。
そして、時々一段穴が開いた階段を、慎重に登っていく。一体何度目だろうか……。エレベーターでも使いたい気分だが、このビルは電気が通ってないので使用できない。仮に予備電源から使用しても、途中で止まったら大変だしな……。
何とか五階に辿り着き、営業部の部屋に入る。そして、棚に入ってあった”五月分、見積書・注文書”と書かれたファイルを取り出す。中をパラパラと確認してみた所……俺は馬鹿だし良くわからない。
あ、あくまでも内容確認のために見たのであって、個人情報を奪うつもりはないからな。
──さて、まず一つは終わり。次の場所へ向かうとするか……。
ガタッ。
安堵した所で、外から段ボールが倒れる音がした。
すぐさま態勢を変え、壁に張り付く。
俺はここに来るまで、段ボールには一切触れていないはずだ。なのに倒れるのは不自然である。となると、ハンベルだろうか……。
今日はハンベル濃度が低いとは言えども、出るものは出るよな。……仕方ない、この命を奪われる前に、倒しに行こう。
俺は営業部の部屋から抜け出し、五階フロアの部屋を探し始めたのだった。
※
奴は、会議室にいる事が分かった。
ただ、不思議な点がある。それは、ドアがちゃんと閉まっている事だ。ハンベルには、ドアを閉めるという習性はない。だが、外から窓越しでうっすらと、影が動いている事を確認出来てしまうのだ。
俺は手首に付けた腕時計型ワイヤーを起動させる。
この腕時計型ワイヤーは、祖父が生前に残したものである。何かあった時は、これを使え……と。
俺はこれで、数々のピンチを乗り越えてきた。崖から落ちそうになった時、数体の怪物に襲われた時、他にも、そして、これからも救われる事になるだろう。
軽いメンテナンスを済ませた俺は、意を決して……ドアノブを開けた。
開けたと同時に、6の下にあるボタンを押し、ワイヤーを斜め左方向に発射させる。そして、リューズ(時間を合わせる時に使う出っ張り)を引き出し、前に回転させる。すると、ワイヤーは右方向に曲がっていく。
こうして相手を巻き付けていく、というのがこの武器の特徴である。この間、約5秒。
部屋が薄暗いため、スマホのライトを使い、対象を照らし出す……。
「……ヒック、ヒック……酷いよぉ……」
ワイヤーに絡みついたのはハンベルではなく、ラプス安協の制服を着た、メソメソ泣いている一人の少女だった。
「わ、わわわわ悪かった!! 今解くから‼」
6の下にあるボタンを再び押し、ワイヤーを腕時計に収納させた。
「ケガはないか?」
「ない……もう、誰かいると思って必死に隠れたら見つかってこれとか……そもそも、関係者以外はこの街に入っちゃいけないんだよ! いたずらしに来たなら、早く帰ってください!!」
「通行許可証ならここにある。それに、俺は”探し屋”だ。いたずらしにここに来たのではない」
「探し屋……あー! もしかして、鷹目シンヤさん!? 失礼しました……私、ラプス安全協会の岩指《いわさし》カナ。シンヤさんの話は良く聞いているよ」
岩指《いわさし》カナ。セミロングで後ろ髪をヘアゴムで纏めている。
身長は155cm程で、戦場には似合わない顔立ちである。
ラプス安全協会は、毎日このラプスタウンに来てハンベルを倒したりしている。だが、安協はこの旧KAWADAビルへ調査に来た事がなかった。だから俺は、真っ先にハンベルだと推測してしまったのだ。
「ちなみに忠告しておくが、ここはラプス安全協会は立ち入り禁止だぞ」
「そうなの!? 知らなかった……ねぇ、下りるまで一緒について行ってもいい? 一人じゃ怖くて……」
「お前、それでよくラプス安全協会に入れたな……まあいい。早くしないと怪物が寄ってくるぞ。特に若い奴は……」
「ああ待ってぇ!」
カナは俺の服を掴んで、一緒に付いてきたのだった。こんな姿を上の者に見られたら、間違いなく掃除係に降格だろう。
「カナは幾つなんだ?」
「十六歳。シンヤさんは?」
十六…一応年齢基準には達しているな。
「十九だ。ちなみに学生だ」
「それはどうでもいいけど。でシンヤさんは……」
「どうでもいいはないだろ。それと、シンヤでいい。安協と比較したら俺はへっぽこだ。改められて呼ばれるような人間じゃない」
「なら……シンヤは何で安全協会に入らないの? すっごく強いのに」
「入ろうとした。試験も受けた。でも、採用はされなかった」
「え……」
俺も二年前、ラプス安全協会の採用試験を受けた。
自分で言うのも何だが、俺は成績で言うと上から二番目だった。だが、結果は不採用であった。
七年前、あの時助けてもらった人達に憧れて目指したのはいいものの、結果はこれだ。裏で何が起きていたのか分からないが、俺は大人しくその結果を受け止めるしかなかった。
「ご、ごめん、傷つけるような質問をしようとは思ってなかったの……」
「別にいいさ、俺はこの仕事で満足しているから」
「そっか……ねぇねぇ、この後一緒に広場でお昼ご飯食べない? 一緒に着いてきてくれたお礼にご飯奢ってあげるよ」
「まだ一件目だ。昼を食べる暇もない」
「えー、今日はカレーの屋台らしいのに」
「仕方ない、行こう」
本当に正直な奴である、と自分ながら呆れてる。まあ、好物には逆らえない。カレーだけは、な……。
※
安全委員会の溜まり場、スヮム広場。いつ来てもここは苦手だ……。
「何でそっち行っちゃうの? 広場で食べようよ」
「安全委員会の中に紛れ込んだら、気まずくて食べれないっつの……」
「もー、しょうがないなぁ……」
カナを路地裏の方へ案内し、暖かいカレーを持ち運んで、ダンボールの上に座った。
「こんな暗い場所で食べてたら美味しいものも美味しくなくなっちゃうよ」
「俺は影に生きていくのが似合ってるんだよ」
「何それ、全然カッコよくないよ……」
「そうか…カナは仲間と一緒に食べないのか?」
「うん。年上ばかりで他の人と中々馴染めないからさ……」
カナの口角は、谷から段々と平地になっていった。
俺は最初から一人でこの仕事やってたから、カナの気持ちを理解したくても出来ない。
「……まあ、最初は誰だってそうさ。これからじゃないのか?」
と、適当な回答しか返せなかった。
「そうだよね。でも、もし友達が出来なかったら、シンヤの所に行こっかな〜?」
「そんな寂しい事言うなよ。まあ、会ったらいつでも相手くらいならしてもいいけど」
「えへへ、ありがと。……あっ、そろそろ先輩の所に戻らなきゃ。じゃあまたね!」
カナはカレーのプラスチック容器を置きっぱなしにして、その場を去っていった。
アイツ、ずっと一人、なのかな……何故だか親近感が湧いてしまう。
次会った時は、容器はちゃんと捨てろって事を教えてやるか……。
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