12月23日(木)14:50 〈夕梨は気づかなかった。〉

 子どもの頃から、12月の街並みが好きだった。

光を集めるたくさんのクリスマスツリー。雪や星を模した装飾。神秘的な白と、心が浮き立つ鮮やかな赤と緑。

いつもの街が、まるで別世界のように変わる季節。


『いつか好きな人と一緒に、クリスマスを過ごせたら…』


子どもの頃の、漠然とした憧れ。

それを現実にするために、夕梨はとある高級志向のファッションビルに来ていた。

と言っても、目的は買い物ではない。このビルの敷地内に開設されている、冬季限定のスケートリンクを見に来たのだ。


(…うん、平日のこの時間なら、あんまり人は多くなさそう)


リンクの外から、スケートを楽しむ人々をさりげなく眺める。

明日はクリスマスイブだが、平日なのでそこまで混雑はしないと予想する。懸念は自分と同じ立場の大学生がたくさん集まらないかだが…それでも、早めの時間に来れば問題なさそうだ。

このリンクは夕方になると周囲が綺麗にライトアップされ、イルミネーションも楽しめる。人気なのはその時間帯だ。昨日の夜に下見に来たときには、あまりのカップルの多さに肩身が狭くなってしまった。

本当はイルミネーションも朝飛くんと一緒に見たかったけど…人混みがあまり好きじゃない彼をイルミネーションにまで連れ出すのはさすがに悪いから、仕方ない。

よし、と心の中で意気込み、夕梨は両手をぎゅっと握った。


(やっぱり明日はお昼過ぎに待ち合わせて、ここに来よう。少し滑って、もしそこまで混んでなかったら近くのクリスマスマーケットを見て……)


時間をかけて必死に考えた明日のプランを、頭の中で復唱する。

乃愛と一緒に近場のデートスポットを調べた日から、夕梨は可能な範囲でよさそうな場所の下見をしていた。

本当はそこまでする必要はないのかもしれないが、とにかく不安だったからだ。

自分が実際に見て「いいかも」と思えないと、とてもじゃないけれど彼を誘えない。

それに「楽しみにしてて」と言った以上、期待外れなデートには絶対にしたくない。

夕梨は下見を終えて帰る前に、もう一度スケートリンクを眺めた。リンクの中心ではしゃぐカップルに、ふと目が行ってしまう。

滑って転んで、「最悪!もうやだ」と言い笑いだす彼女。「なにやってんだよ」と呆れた笑顔で、彼女を立たせようと手を貸す彼氏。


(明日は私と朝飛くんも、あんな風に楽しめるかな――)


普段はあまり可愛げのない自分でも、こういう場所だったらいつもより素直になれたり…少し甘えたり、できるかもしれない。

淡い期待で胸が高鳴る。


(…と、いけない。ぼんやりしてないで、早く帰らないと)


ヒュウ、と冷たい風が吹き、夕梨は体を震わせて時計を見た。15時05分だ。

これで明日、2人で遊びに来る場所は決まった。けれど、まだやることは終わりじゃない。

帰ったらすぐ明日の晩ご飯の準備をしないといけない。そのためにまずはスーパーに寄って……とにかく、急がないと。


速足で歩き出す。

駅に向かう間、夕梨は先週の金曜日…デートプランを考えるのを手伝ってくれた、乃愛との会話を思い出していた。


『どうしよう乃愛。やっぱり良さそうなレストランはどこも予約いっぱいだ…』

『まあ、もうイブの一週間前だしね』

『うぅ……何かいい案ないかな』

『んー。そしたら夕梨せっかく1人暮らしなんだから、手料理でも作ったらいいんじゃない?』


平然とそう言った乃愛。だが、夕梨はすぐに首を横に振った。


『無理だよ!私あんまり料理得意じゃないし、手の込んだものなんて作れない』

『なら例えば出来合いのチキン買ってきて、スープとかサラダだけつくるとか』

『でも朝飛くんに手抜きだって思われるのも辛い…』

『じゃあ頑張るしかないじゃん…。大丈夫だよ、夕梨はやればできる子だから』

『あと私の部屋、乃愛の部屋みたいに全っ然女の子らしくないよ』

『そんなの気にしないって。それより、まだ家に呼んだことなかったんだね。まあそこは、夕梨が抵抗感あるならやめとくのがいいと思うけど――』

『それは……大丈夫と思う…』


そうして、明日の晩ご飯は夕梨が作ることに決めたのだ。ビーフシチューと、トマトとチーズがメインのサラダと…。あまりクリスマスっぽくはないメニューだが、仕方ない。日中は外に遊びに出ているため、せめてメインの料理は今日のうちに作れてしまうものが良かった。

だが、控えめに言っても夕梨は自分が不器用だという自覚があった。そのため、作り慣れていないものをいきなり作って失敗しないように先日リハーサルをしたら、緊張のあまり見事に指を切ってしまった。それも2か所も。

けれど朝飛には、明日の晩ご飯のことは直前まで内緒にしていたかった。それゆえに、一昨日彼に指のケガを見られた時には、焦って咄嗟に手を隠してしまった。

心配してくれた朝飛には申し訳なかったが、あの時はあまり余裕がなかった。明日になったら、ちゃんと謝ろう。


(どうか明日は全部上手くいって、朝飛くんに喜んでもらえますように――)



そんなことを考えているうちに、気づけば駅に着いていた。

自宅の最寄り駅に向かう電車を待ちながら、夕梨はかじかんだ手でスマートフォンを取り出す。

少し緊張しながら、朝飛へのメッセージを打ち込んだ。


『連絡が遅くなってごめんね。明日は、13時半くらいに駅前のいつものところでどうかな?』 

ドキドキしながら送信ボタンを押すと、すぐに返事が来た。


『わかった。それで…そのあとは?』

『ここに行きたいなって思って』


すぐに、夕梨は前もって準備していた、スケートリンクが載っているサイトのURLを送った。

既読がついてしばらくしてから、再び返事が来る。


『いいな。スケートなんて久しぶりだ』


その一言に、夕梨は嬉しさがこみ上げる。

脈打つ心臓を落ち着けるために、ゆっくり息を吐いた。…真っ白だ。


けれどそこまで寒さを感じないのは、やはり気持ちが昂っているからだろうか。



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