12月19日(日)15:20 〈朝飛は惑わされる。〉


 どうも、数日前から夕梨の様子がおかしい。


街でよく見かけるチェーン店のカフェで、カフェモカの入ったマグカップを両手でゆっくり飲んでいる夕梨を見ながら、朝飛はここ数日の夕梨の様子を振り返る。

今日は元々会う予定ではあったが、行く場所を提案したのは夕梨だった。

一昨日、「ショッピングモールに行きたい」と連絡が来た時は少し驚いたが、嬉しかった。夕梨の方からリクエストを出してくれたのは初めてだったからだ。

そして今日。14時に駅で待ち合わせした時は、特に変わった様子はなかった。先に着いていた朝飛を見つけて小走りになり、目の前で「待たせちゃった?」と訊いてきた夕梨の少し慌てるような目は、いつも通りに可愛かった。


だがショッピングモールに着いてからの夕梨は、どこか挙動がおかしかった。

「行きたい」と言っていたわりに特に目的のものがあるわけではないようで、いつもなら自然と吸い寄せられてる猫グッズや雑貨には目もくれない。それどころか彼女は店や商品ではなく…朝飛の方をずっと気にしているようだった。


――まるでこっちの様子をうかがうような…もしくは、じっくり観察されているような。


そして、今に至る。

もしかしたら夕梨は、自分に何か言いたいことがあるけど言えなくて、機会をうかがっているのかもしれない…

しかし朝飛には、夕梨の様子が不自然な理由で思い当たる節は一つしかなかった。


「なあ、ところで24日のことなんだけど……」


ゆえに思い切って、夕梨にその話題を振ってみた。

大丈夫、今日は元々来週のクリスマスについて話そうと夕梨に伝えていたから、さほど不自然さもないはず…と、朝飛は自分に言い聞かせる。

しかし、対する夕梨は静かにモカを飲み続けており、全く動じていない――

――わけではなさそうだ。

表情に出にくい夕梨のことをあまり知らない人なら、絶対に気づかなかっただろう。しかし朝飛には、夕梨が動揺のあまり口元からマグカップが離せなくなったように見えた。

だから朝飛は、そのまま言葉を続けた。


「この前、夕梨は任せて欲しい、って言ってたけど…何かあったか?」

「えっと…別に何もないよ。ただ今回は、その。私の番かなって思っただけで」

「でも急だったし…何なら俺は、一緒に話せたらって思ってたんだけど」

「ありがとう。でも、大丈夫だよ」


距離を置くようにそう言った夕梨に、ついに朝飛の抱えていた不安が現実味を帯びてくる。


(これはやっぱり木曜日に、水野との会話を聞かれていたのでは――?)


あの日…バイト先に早めに着いた朝飛は、クリスマスのことを水野にしつこく聞かれていた。最後の方は面倒になり、適当にあしらえずつい教えてしまったのだ

プラネタリウムに行こうと考えていることや、予約しているレストランの名前まで。

夕梨が共有の休憩室に来てしまう可能性もなくはなかったが、まだ早い時間だから大丈夫だろうと油断していた。それが良くなかった。

だから休憩室を出ようとドアを開けて夕梨と鉢合わせした時、驚いて咄嗟に目を逸らしてしまったのだ。バツが悪かったのもある。

けれどもし聞こえてしまっていたのなら仕方ない。これを機に話せばいい…そう思い直したのだが、夕梨は「何も聞いていない」と言って、そのまま急いで帰ってしまった。


だが確実にあの日から、夕梨の様子がおかしい。

でも明確な理由はわからない。だから、はっきりさせないといけない。


「本当に?でも俺としても、全部夕梨に任せるのは――」

「いいの、そんなことは気にしないで」


そう言って、夕梨が視線を逸らした。


(これは…やっぱり何か、俺に言いづらいことがあるんじゃないか)


朝飛の中で、どんどん悪い方に想像が膨らむ。

それに耐えられず、もはや単調直入に訊くことにした。


「夕梨。やっぱりこの前の木曜日、俺と水野の話聞いてたんじゃないのか」

「えっと…どうして」

「あの日から夕梨、少し様子が変だから」

「…そんなことないよ」


言葉はあくまで頑なな夕梨。けれど、目はわずかに揺れていて、口元も不安そうに閉じられている。

だから朝飛は、もう少し引き下がることにした。自分も今、かなり険しい顔をしているだろう。


「勘違いならごめん。でも本当はあんな風に聞かせるつもりはなくて、夕梨に直接伝えようと思ってた。今まで2人で出かける時、夕梨はいつも俺に任せてくれてただろ。でもこれからは、それじゃダメだって思い直して」

「うん…わかってる。でも朝飛くんは何も悪くないよ。私が今まで…何も言おうとしてこなかったのが良くないの」


ついに、夕梨は悲し気な表情を隠さずにそう言った。

ああ、やっぱり…と、朝飛の心も痛む。彼女にずっと気を遣わせてしまっていたのだ。


「俺のせいだから、夕梨が謝ることなんて何もない」

「ううん、私がずっと朝飛くんに甘えちゃってたから、」

「いいんだよ。でも、そのせいで夕梨に気を遣わせてたこともたくさんあると思う。だからこの際、夕梨が俺に思うところとかあるなら、何でも言って欲しい」


朝飛がそう言うと、夕梨は少し考えるように目を伏せた。

今まで夕梨には申し訳なかったけれど、ここで思い切って話せてよかった。自分にしてはよく話せた方だと思う。これからは、もう同じ轍は踏むまい。

朝飛はそう思いながら、真剣な顔で夕梨の次の言葉を待つ。

そして、数秒後。夕梨は朝飛の顔色をうかがうように話し始めた。


「そしたら…ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「ああ、何でも」

「じゃあ確認なんだけど、朝飛くん、暗くて人が多い所とかあんまり好きじゃないよね」

「え、まあ」

「そうだよね、そしたらまた考え直さないと」

「…何を?」

「24日のこと。あと晩御飯なんだけど、やっぱり特別感ないとダメかな?」

「いや、それは別に全然…」

「そっか、良かった」


安心したようにそう言った夕梨。

しかし朝飛は、この会話をかなり重く受け止めていた。

夕梨の2つの質問は、朝飛には


(プラネタリウムは、暗いし人も多いだろうからやめよう)

(普段行かないような気取ったレストランは避けよう)


というメッセージに聞こえていた。

なるほど。当初自分が立てていた計画は、夕梨にとっては大ハズレだったようだ。当日の前に、ちゃんと話せてよかった。夕梨が思うところを伝えてくれたのも素直に嬉しい。

ただ、自分の不甲斐なさには呆れるしかない。


「俺…夕梨のことなにもわかってなかったな」


反省の意を込めて、夕梨にそう伝える。

しかし夕梨の顔からは、いつの間にか傷ついた雰囲気は消えていた。


「どうして?わかってなかったのは私の方だよ。でももう大丈夫。だから、24日は任せて」


真剣な目でそう言った夕梨に、朝飛は有無を言わさない何かを感じた。

それに、普段口数が少ない夕梨がこんなに言っているのだから、ここは潔く任せるべきなのではないか…と、朝飛は思い始めた。

今自分ができることは、夕梨の気持ちを大切にすることと、自分の不甲斐なさを反省することだけだ。


「…そしたら、お願いするよ」

「うん。楽しみにしててね」



苦い思いはしたが、ちゃんと話せてよかった。そう朝飛は思った。

――まだ、この時は。


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