最終話

「今度は僕から質問します。なぜこんな殺戮を企てたんですか?」

「おっと、御子柴くんなら分かっていたと思っていたが」

「僕にはまるで分かりません。研究が目的であればまだしも――」

「研究目的だ」

 有賀は淡々と経緯いきさつを語った。しかしその内容は淡々と語るにはあまりにも残酷だった。

「目的の一つは、俺の研究。題して『概念への呪いの可否』だ。殺戮が進むにつれ、君たちのような私立探偵への依頼が増えただろう?」

「はい。警察への不信感の高まりが背景にありました」

「そう、不信感だ。そして不信感は、古来呪法のトリガーになり得るのだよ」

「……そういうことですか」

 古来呪法とは1年間、1秒も欠かさずに対象を頭の中で思い続けることで発生する呪いだ。代償はなく、ほぼ無意識的に対象を呪える。

「大切な誰かを失った人間の恨みは強い。恨みや不信感によって警察という組織そのものに古来呪法が発生するのか。今回の殺戮はその研究の一環だ」

 有賀が口を閉ざすと、今度は百瀬が語り始めた。

「そんで、第二の目的。こっちは酷くシンプルだな。だ」

「復讐……?」

「この町全体へのな。警察に呪いが発動して機能しなくなると、町はどうなるか分かるか?」

「他の市町村に助けを求める、とか」

「まあそれもあるだろうが、それ以上に自治集団が増える。『警察は役立たずだ。俺たちでどうにかしよう』ってな。そこで私たちが殺戮を止めると、奴らは自分の自治でどうにかなったと思い込む。他の市町村の警察すら排除しようとする。だが、ただの住民による自治なんてたかが知れてる。いずれ無法地帯の完成だぜ」

「でも、他の人たちは関係ないでしょう!罪のない人たちを巻き込むなんて――」

「同類だよ。私の両親も、この町の奴らも。罪だらけだ」

 その声は低く、暗く、それでいて少し悲しげだった。

「なあ、西沢。御子柴。一か月飯抜きにされて三角コーナーを漁ったことは?」

「それは、ないですけど」

「休日に家を出ようとしたら『勉強しろ』とぶん殴られたことは?」

「……ないです」

「両親に呪い殺されそうになったことは?大事な妹を人質のように扱われたことは?」

 百瀬の語気は徐々に強まっていった。怒りと恨みをはらんだ言葉だった。

「周りにそんな仕打ちを受けてる人間がいたら、お前らはそいつを助けたか?」

 私は何も言えなかった。ここで『助ける』と答えても無駄だ。私は助けられていない。百瀬千枝も、百瀬楓も。私は保科心咲さえ助けられなかった人間だ。

「……ほら、答えらんねえだろ?そういうことだ。この町の奴ら全員、助けずに見捨てた。殺したも同然だ」

 彼女は冷たい刃を私の喉元に当てた。

「だからこっちから殺してやるんだよ。この町の奴ら全員。『今度はお前らの番だぞ』ってな」

「とは言え、私たちは御子柴くんたちを殺さないわ。むしろ協力して、死者蘇生の呪いを完成させてほしいの。そのためならどんな犠牲だって払う。この街の住人が死ぬだとか、研究倫理がなんだとかどうでもいい。貴方たちはまだ分からないのよ。自分の子どもを失う痛みと喪失感が」

 そうか、思い出した。彼女の子どもは死産してしまい、心を病んだ。それが神津さんと浜先生の離婚のきっかけだった。その深い悲しみと絶望は私には計り知れない。

 それが浜先生が有賀たちに協力する理由だ。

「大切なものを取り戻したいという心は、みんな持っているわ。あの暮之葉神社のお爺さんも、歩柳トンネルのお父さんも。皆失ったものの影を追い続けていた。西沢さん。貴方にも分かるわよね?」

 私にもそれはよく理解できた。できてしまった。失ったものほど追いかけたくない者はない。しかもそれが目の前に立ち現れたとしたら尚更だ。私もまた心咲という一生掴むことのできない影を追いかけて、掴む手がすり抜けて。ようやくここまで来たと思ったら、心咲は彼岸花を依り代にした亡霊だなんて現実を突きつけられて。

 最大の絶望は、希望を持たせた後に奈落へ突き落とすこと。御子柴の言葉ほど正しくて、心を貫くものはない。

「……よく、分かります」

「そうでしょう?それが私たちが貴方をここに呼んだ理由その2。貴方たちがいれば百人力よ。すぐにでも完璧な蘇生が完成するかもしれない」

「それ、は……」

 それはまさしく私の理想だった。心咲と会い、共に過ごし、遊ぶ。記憶がなくても、心咲であることに変わりはないのだから。

「御子柴……私、どうしたらいい……?」

 私はもう何も分からなくなってしまった。人の倫理も、心咲への思いも、全てがぐちゃぐちゃになり始めていた。

「僕には……僕は答えられない。君が決めるんだ」

 私はうなだれじっと考え込んだ。心咲を取るか町の人々の命か。

 数時間ずっと悩んでいるような心地さえした。私はようやく一つの結論を出し、顔を上げた。相変わらずの笑みを浮かべる浜先生の方を見て、口を開いた。

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