第18話

「……行こうか」

 御子柴のその言葉を皮切りに、私たちは白い廃墟へ歩みを進めた。一歩ずつ進むたびに、この白い廃墟での心咲との思い出が浮かび上がる。今思えば彼女は、私の前で一度も弱い所を見せなかった。私は助けられてばかりだったのに。

 今度は私が助ける番だ。

 玄関に入り様子を見る。目の前の階段も左右に広がる廊下も掃除が行き届いてるように見えた。やはりここには誰かが住んでいる。

 しかし妙だ。人がいるはずなのに物音一つしない。

「……西沢、まずい――」

 御子柴がそう言い切る前に、私たちの背後から黒い何かが御子柴の頭目掛け振り下ろされた。鈍い音と共に倒れこむ御子柴。背後にいる何者かの様子を確認しようと振り向いた瞬間、目の前に血の付いた鈍器が私にも振り下ろされ――気を失った。


    *


 ズキズキとした痛みと共に目を覚ます。隣には御子柴が倒れている。未だ気を失っているようだ。ぼやけた視界の中で周りを見渡すと、そこはどこかの部屋だった。天井はなく陽が降り注ぎ、椅子と机が真ん中にあるだけの簡素な部屋。ここには見覚えがあった。

 私がかつて呪われていた時に住んでいた場所。心咲との思い出の場所だ。

「ようやく起きたか、寝坊助」

 声のする方を見ると、黒いレインコートを着た女がいた。テレビで散々見た顔。百瀬千枝だ。退屈そうに左手に持っている包丁を眺めていた。

 それと、彼女の隣にもう一人誰かいる。車椅子に乗った下半身のない男だ。百瀬千枝に協力者がいたのか。

「……私たちをどうするつもり」

「私に聞かれてもな。どうするんだ?」

「……まだ殺しはしない」

 百瀬に尋ねられたその男は無表情で倒れこむ私たちを見下ろしていた。冷たく、人を人として見ていない目だ。

 隣で御子柴が目を覚ました。周りを見渡してから車椅子の男を見て、信じられないと言いたげな表情を浮かべた。

「なんで、生きてるんですか……?貴方は確かに僕の前で百瀬に殺されたはず……」

 『目の前で百瀬に殺された』。ということは、この男は――。

有賀ありが莞司かんじ……?」

「おや、知られているのか。嬉しいね。呪いの研究をしてきた甲斐があったかな」

 心咲がいるのだから有賀が蘇っていても変ではないか。しかし、なぜ有賀は百瀬に協力を?有賀は百瀬に恨まれ殺されたと聞いたが。

「貴方は百瀬に恨まれて殺されたんじゃ……?」

「ああ。確かにあの時は死にそうになったな。助けて貰ったんだよ」

「……百瀬とは言わないですよね。あの時の百瀬は確実に貴方を恨んでいたはずだ」

「御子柴くん。普通に考えて変だとは思わないか?」

「何がです?」

「俺はあの廃診療所に住んでいた。なんで普通に生活が出来ていたんだ?車椅子生活だったのに、なんであの時俺はからすを捕まえられていたんだ?」

 御子柴の顔色が変わった。同時に私も悟った。あの時どころか、今も変なことだらけだ。百瀬は顔が割れている。有賀は車椅子。なぜ普通に生活できている?なぜ隠居ができている?

 答えは簡単だ。協力者はもう一人いる。表向きは世間に馴染んでいる一般人。その実、犯罪者をかくまう犯罪者。

 加えてもう一つ考慮することが。今回の私たちの侵入はバレており、私たちはこうして捕らえられてしまった。これらが意味することは明白だ。

「――もう一人の協力者は、神津さんですか」

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