第17話

「神津さんの言ってた白い廃墟って、やっぱり……」

「君が呪われていた時、眠っていたあの廃墟だね」

 私はかつて呪われてあの廃墟に住んでいた。呪いを解く方法はその呪うことになった原因を解決することであり、心咲はそれを解決してくれたのだ。もし心咲がいなかったら私は死んでいた。まさか、またあの場所に再び足を運ぶことになるとは。

 確かにあの場所なら人は来ない。それにあの場所は心咲も良く知っているはずだ。……まあ、昨日会った時は私のことを覚えてなかったようだが。

「そういえばさ、昨日私たちのことを覚えてなかったのは何でだったんだろう?」

「ああ。恐らく彼女が蘇ったことに関連があるんじゃないかな。彼岸花に関する蘇生の呪いがあるけど、生前の記憶は失われるみたいな」

「……そうかも」

 昨日の記憶喪失という事実はショックだった。眠れなかったのもそれが原因だ。私の知っている顔と声なのに、まるで私の知っている心咲じゃないみたいで。どこかの誰かが心咲の皮を被って動いてるみたいな。

「加えてあれには時間制限があるんだ。どれほどの長さかは分からないけどね。彼女の足元を見ただろう?」

「変な走り方になってたよね」

「走り方もそうだが、彼女の足から僅かに彼岸花の花弁が見えた。足から徐々に彼岸花になってしまっていたんだ」

「……つまり、仮に心咲を助けても――」

「……一緒に過ごすことは叶わないかもしれない」

「そんな……」

 助けてもまた会えなくなるなんて。そんな残酷なことがあるか。

 と同時に気づいた。私は最初、彼女に謝ることを願っていた。それがいつの間にか一緒に過ごすことを願ってしまっている。僅かに見せられた小さな希望ほど残酷なものはない。

「それが呪いだよ。残酷で無慈悲で、倫理観なんて持ち合わせていない。呪いとは人を害するためだけに生きている、形而けいじ上の生命体だ。最大の絶望は、希望を持たせた後に奈落へ突き落とすことだ。……絶望したかい?」

「……でも、私……」

 誓ったんだよ。心咲を何としても救うって。こんなとこで躓いてる暇はない。

「やるよ、私。心咲ともう二度と一緒に過ごせなくても。心咲が私に助けてって言ったんだから」

 御子柴は笑みを浮かべた。それに私も微笑み返す。

「その意気だ。君のその執念を、とことん百瀬に見せつけてやろう。……ほら、もうすぐ例の廃墟に着くよ」

 細い路地を抜け目の前に飛び込んできた景色は異様だった。私の知る景色とはまるで異なっていた。

 視界の上半分には鮮やかな紅葉。オレンジ色や赤色に色づいた葉が白い廃墟を覆っている。

 視界の下半分には、一面の彼岸花。何百本という数が植えられている。まるで叢原火そうげんびが所狭しと廃墟を取り囲んでいるかのようだった。

 私と心咲の思い出の場所は、彼岸の様相をていしていた。

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