10月16日

第16話

 眠れないまま朝を迎えた。あれからどうやって家に帰って来たかも覚えていない。気づけば私は家のベッドで横になっていた。

 朝日が窓から差している。昨日のことが夢みたいで、それでも思い出そうとすると心咲のあの顔が脳裏をかすめる。

「探さなくちゃ……心咲を助けなくちゃ……」

 私はベッドから起き上がり、着替えて歯を磨き、何も食べずに家を出た。

 いきなり誰かに腕を掴まれた。彼は私が家を飛び出すのを分かっていたようだ。

「離して、御子柴」

「駄目だ。君、明らかに寝ていないだろう?昨日色々なことがあったんだから、今日は休んだほうがいい」

「逆だよ。色々あったからこそ私は行かなきゃ」

「君に何かあったらどうするんだい?」

 私は御子柴の手を振り払った。

「心咲が助けを求めてたのに、私が呑気に休んでられる訳ないでしょ」

 再び脳裏に彼女の顔が浮かぶ。『助けてください』という彼女の言葉を思い出す。

 私は御子柴を置いて、意味もなく街を歩き始めた。何か後ろで御子柴が言っていたような気がするが、まるで聞こえなかった。

 彼女のあの言葉。あの表情。どう見ても演技には見えなかった。間違いない。心咲は誰かの言葉に従って人を殺している。この一連の連続殺人の実行犯は心咲だが、真犯人がいる。となると、その真犯人は──やはり百瀬千枝だろうか。

 しかし、やはり目的は見えないままだ。昨日の出来事から、彼女は姿を消してしまうから張り込みは無意味だと分かった。となると、やはり本拠地の捕捉と探索が最重要事項だろう。

 彼らは廃診療所を本拠地にしていた。殺人現場というのも相まって人が全く近寄らないからだろう。彼らは人の目を気にして避ける。

 となると、次の本拠地も人が滅多に来ない場所ということになる。しかしこの街にはそういう場所はあまりない。それこそあの廃診療所しか。

「――しざわ」

 今、声が聞こえたような。御子柴?

「西沢っ!」

 突然に腕を引っ張られ、後ろに倒れこんでしまった。と、同時に私の目の前を白いトラックが高速で横切る。残り20㎝先に進んでいたら、私は。そこまで考えて想像するのをやめた。

「君まで死んでどうする!」

 初めて聞く彼の怒声にも近い声だった。

「……ごめんなさい」

 足と手が震えている。上手く立ち上がれそうにない。

「決して自惚うぬぼれてはいけない。何でも自分だけで解決しようとするんじゃない。ミツバチは単体で敵わない天敵に対し集団で立ち向かう。協力の重要性は、ここ1年で君もよく学んだはずだ」

 彼は携帯を取り出しメールを見せた。送り主は神津さんだ。


神津


『潜伏先について』

百瀬が潜伏しているであろう場所を独自に発見した。

商店街奥、裏路地を行った先にある白い廃墟だ。

あくまで独断の調査だったので警察の方にはまだ報告はしていない。

行くのはお前らの自由だ。止めはしない。俺は情報を提供しただけだからな。


 御子柴が地べたに座り込む私に手を伸ばした。その手を取り、立ち上がる。

「僕の調査に協力してくれるかい?西沢助手」

「もちろんです。御子柴先生」

「だからその呼び方は……まあ、いいか」

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