第14話

 山中である上にトンネルの近く。まだギリギリ夕日は昇っているはずだが、ここは全くの暗闇だった。夕闇どころではない。

「やあ」

 御子柴はまたもや先に待っていた。片手には懐中電灯を持っており、その光で僅かに彼の輪郭が分かる。

「懐中電灯は消すよ。いつ犯人が来るか分からないからね」

 彼が懐中電灯を消すと、いよいよ辺りは完璧な闇に包まれた。草木がわずかに擦れる音と、足をわずかに動かした時に鳴る落ち葉が擦れる音だけが聞こえる。心臓の音が外に漏れるんじゃないかと思うくらいに静かだった。

 ……トンネルの奥、杉尾崎町方面から足音がする。こちらに近づいてきているようだ。それと同時に御子柴が携帯を開きメールを送信する。

「警察の人……?」

「それはない。今、神津さんにトンネルから麓までの道路を塞ぐようにメールした。来るんだとしたら恐らく、今回の被害者だろう」

 夜に徒歩でトンネルの前に来る。そんなことがあるだろうか。あまりにも奇妙だ。

「誘われてきたのかな」

「恐らくそうだ。思わず飛びつきたくなるような何かがあるのだろうね」

 足音の主はトンネルに入り、途中で立ち止まった。

「――約束通り来ましたよ!早く……早く会わせて下さい!」

 男の声だった。彼は私たち以外の誰かに語り掛けているようだった。トンネルの中には誰もいなかったはずだが。

「どこなんですか。うちの娘は……!」

 娘。あの言い分的に、人質を取られていたようだ。しかし周りには誰もいない。またしばらく沈黙が続いた。

 突然、枝が折れる音と何かが斜面に沿って滑り落ちてくる音が聞こえた。動物か岩か、はたまた百瀬千枝か。

 そっとトンネルを覗くと、入り口に黒い影が立っていた。標的が来るまで山の中に潜んでいたのだった。しかし、フラフラと立っていて今にも崩れ落ちそうだ。

「逃げてください!」

 御子柴が叫び静寂を破った。同時に、皆が動き出す。人質を取られていた男はこちら側に走り始め、それを百瀬が全力で走り追いかける。

 急いで懐中電灯をつけ中を照らした。

「う、あがっ……!」

 遅かった。百瀬は既に男に追いつき、包丁を喉にあてがって思い切り横に引いた。喉元から噴き出る血が地面や壁、百瀬の黒いレインコートに飛び散る。頭が地面と衝突し、地面に赤い血だまりが作られ始める。そのすぐ側に百瀬は突っ立っていた。血がべっとりと付いた包丁が、懐中電灯の光を受け、妖しく光っている。

「遅かったか……」

 しかし、トンネルの入り口には懐中電灯を持った数人の警官。百瀬はトンネルの中に閉じ込められている。

「逃げられないよ、百瀬千枝」

 御子柴は柔らかくも圧のある声で話しかけた。彼女は何も答えない。俯き、死体をじっと見つめている。

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