10月15日

第13話

 次の日、私は街を歩きながら考え事をしていた。家だとどうも落ち着かない。

 たった一晩で逃げれたのは、恐らく私たちが来たことで場所が知られていると思ったからだ。しかし仮にそうだった場合、あの時私たちを見たのは心咲だけ。彼女が百瀬千枝と繋がっていることになる。

 どうして?なんのために?考えても答えは出てこない。

 ふと視線を上げた。視界の端にちらちらと入り込む何かがあったのだ。

「あ、また脱出してる」

 それはクロアゲハだった。殺人が起きる場所に現れるクロアゲハ。そうだ、まだ私たちには手がかりが残っているじゃないか。これを追って張り込みをして、姿を消す前に捕まえればいい。無理に本拠地を見つけなくてもいいのだ。

 私は携帯を取り出し御子柴に電話をかけた。

「もしもし、御子柴?」

「どうした?」

「クロアゲハを見つけたよ。今日の夕方か夜、また殺人が起きるかもしれない」

「……張り込みか。そのままクロアゲハを追って」

「言われなくてもしてるよ」

 クロアゲハはふらふらと色々な場所を飛び回った。商店街を通り、住宅街を抜け、神社の前を横切る。

「御子柴、やっと着いたみたい」

 クロアゲハは頭上でしばらく旋回した後、街灯の上に留まった。

 そこは葉が色づいた山中にある歩柳ほやなぎトンネルの前だった。一面に紅葉の絨毯が広がっており、歩くと葉を踏む心地良い音が鳴る。この先は隣の錦菊きんぎく村に繋がっている。

「歩柳トンネル前」

「分かった。今からそっちに向かうよ」


    *


 御子柴と合流してから、私たちはどこに隠れるかを決めた。トンネルは更に逃げ場がない。より囲い込めるよう私たちは錦菊村側に潜み、警察には杉尾崎町側を塞いでもらうことにした。

「トンネルの壁にこれといった出入り口もなし。トンネル内に明かりがないのが気がかりだけど」

「懐中電灯も持って行こう。……西沢」

「なに?」

「今日の夕方で、全て解決させよう」

「……うん」

 今までの傾向からして、今日の夕方か夜に犯人は――百瀬はやって来る。なぜ心咲は協力しているのか、どうやって神隠しのように行方を眩ませることができるのか。あの彼岸花は何なのか。あらゆる謎が解決する。

「少し、楓ちゃんには申し訳ないね」

「仕方がない。これが僕たちの仕事だからね」

「そうだよね」

 私たちは社会への貢献という立場から、良心に従って調査を進め裁く側だ。誰かへの情でほだされてはいけない。それでも、楓ちゃんはあまりにも可哀想だ。

「……ごめんね」

 脳裏に楓ちゃんの泣きそうな顔が浮かび、私は御子柴に聞こえない程度にそう呟いた。

「それじゃあ、また暮之葉神社の時と同じように17時半集合で」

「うん。また後で」

 私たちは色々な人たちの思いを背負っている。夫のように命を落としてしまうと警告をした浜先生。犯人は百瀬千枝ではないと妄信する妹の楓ちゃん。百瀬千枝への復讐に憑りつかれた神津さん。

 そして私もまた、心咲を追うという自分の思いを背負っている。

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