第10話
私は御子柴の袖をもう一度掴み、走って廃診療所を出た。ここにいちゃいけない。直感的にそう感じた。
廃診療所を出た私たちは一言も会話せず、そのままいつもの喫茶店に入った。
「御子柴、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただ少し気になってしまって。驚かせてしまったね、すまない」
「良かった……何があったの?」
「……ああ、君の角度からは見えなかったのか」
部屋の中のことだろうか。確かに私は部屋のある壁側にいたから、角度的には部屋の中は見えなかった。
「あの部屋で、何が?」
「いや、あの部屋で何か特別な事が起きていたんじゃない。問題はあのレインコートを着た奴だ」
「百瀬でしょ?」
彼は口をつぐんだ。その意味は否定だ。では、いったい誰だったというのか。
「――幽霊だよ」
「……は?」
本当に何を言ってるのか分からない。幽霊?あんな足音立てて走り去るような奴が?呪いがあるから幽霊も存在する、なんて道理があるか。
「幽霊?足がなかったとか?」
「君も見た通り、足はあった。裸足だったのは少し納得いかないけどね。それより、問題は奴の顔さ。君の反応を見る限り、僕しか見えなかったみたいだ」
心臓の鼓動が早まる。胸がぎゅっと締めつけられる。
『君の反応を見る限り』という発言からして、その人は恐らく私の知っている人。なおかつ百瀬以外の誰か。
そして、御子柴はその人を幽霊と断言した。
私は彼女に謝れるかもしれない。
「
正直に言えば、彼のその言葉は信じられなかった。直接彼女の顔を見たわけじゃないし、彼女が保科心咲であるという証拠が御子柴の言葉しかない。
人は自分の都合のいいように物事を考えがちだ。それこそ『姉が人を殺すような人間じゃない』と信じる百瀬千枝の妹の楓ちゃんは、顔がよく見えない写真を見て、これは姉の顔じゃないと断言し決めつけていた。
あの日——嫌になるほどの快晴だったあの日。心咲は御子柴の目の前で病室の窓から落ちていった。御子柴だって心咲が生きててほしいという願望があるはずだ。だったら、都合がいいように脳が錯覚させていてもおかしくない。
「御子柴が心咲は生きていると信じたいのはよく分かる。でも、私は信じられないよ。葬式にも参加したでしょ?目の前で……貴方の目の前で、あの子は……」
そこまで言って何も言えなくなった。私、まだ心咲が死んだことにどこか納得がいってないんだ。だから口に出すのをやめてしまうんだ。『心咲は御子柴と私を思って自ら死を選んだ』と。
呼吸がしづらくなって、目頭が熱くなる。目にわずかに涙が溜まる。私、あの墓参りの時点で受け入れられてると思ったのになあ。
「……西沢」
彼は何も言及せず、ただ私の背中をさすった。余計に涙が溢れてきてしまう。
彼女は私の呪いを解いてくれた。私は彼女に何をした?何ができた?
何もしてない。
何もできてない。
心咲は私の命を救って、心咲は私たちを思って自分の命を絶った。
私が、私が彼女を殺したも同然だ。
御子柴の言葉を信じよう。心咲は生きている。もしくは、亡霊としてこの世を
そして、私が彼女の魂を救う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます