第9話
太陽は頭上にあるのに、この森は酷く暗い。
「神津さんから話聞いた?」
「聞いたよ。突入は明日になるらしいね。足跡が見つかったのはラッキーだったか、もしくは――」
御子柴はひっそりと不気味に佇む廃診療所に視線を向けた。
「誘われているのか」
「私この廃診療所に入るの初めてなんだけど、ここが、その……」
「そう。
有賀莞司。この廃診療所に住んでいた世捨て人だ。御子柴と呪いの研究で意気投合した人であり、百瀬の最初の被害者でもある。私は会ったことがないが、御子柴いわく『有賀さんは研究熱心な素晴らしい学徒だった』らしい。
彼が発見した呪いに関する発見は2つ。そもそも呪いには代償が伴う。誰かを呪う時、自分は何かを失うのだ。それは腕や足から、五感や知性などさまざまである。そこで彼は、呪いの代償を払わせる者を自分以外に移す方法を発見したのだという。
もう一つ見つけたのは、呪いには意思があるということ。彼曰く呪いの知性は幼稚園生くらいらしいが、ともかく呪いとは道具ではなく『
「よく分からないけど、凄い人だったんでしょう?」
「そうだよ。失うにはあまりにももったいない人材だった。……そろそろ行くかい?」
私の目の前には
「……行こう」
*
空気が酷く湿っている。壁には蔦が張り付き、待合室のソファはぼろぼろになり到底人が潜んでいるとは思えない。それでも念のため声を小さくして話しかける。
「なんというか、最悪の場所だね……ここ」
「住み心地は悪いけど、だからこそ潜伏先にうってつけなんだろうね」
その通りだ。こんな所に人は住みつかない。しかも百瀬と因縁のある有賀さんの
「そこの角にある部屋が、有賀さんが普段使ってた部屋だ」
不意に彼の表情が変化した。彼の指差す先には部屋の入り口があった。妙なのは、そこから光がわずかに漏れていることだ。
私は御子柴の袖を引っ張った。これ以上行かない方がいいという警告だ。しかし彼は意に反して、足音を立てないようすり足で一歩ずつ前に進んだ。
「御子柴……?」
彼は答えようとしなかった。まるで何かに誘われてるような、操られているような足取りで、一歩、また一歩と歩みを進める。物の輪郭が見える程度の暗さの廊下を、自分の意思を持たないかのように進み続ける御子柴を、私はただ見つめることしか出来なかった。
──部屋から漏れていた光が、消えた。と同時に御子柴の足が止まる。刹那の間、まるで真空になったかのように音が消えた。
突然、けたたましく足音が響いた。体が完全に硬直してしまう。その足音と同時に、有賀さんの部屋から誰かが飛び出してきた。廊下が暗い上に黒いレインコートを来ているため、顔どころかその背丈すら分かりづらい。その人は足音と共に角を曲がり、そのまま闇の中へと消えて行った。
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