10月13日
第8話
今日は探偵事業休止の日だ。私は久々の休日を楽しむために、買い物に行くことにした。殺人現場、幼児虐待、夫の死……ここ数日で多くの死や苦痛を目にしてきた。久しぶりに気分をリフレッシュさせたい。
「――あ、お前。あの時御子柴と一緒にいたやつか?」
この辺りではそこそこの大きさの商店街で会ったのは、刑事の神津さんだった。片手にはピンクと水色の風船を持っていて、足元に小さな女の子が一人走り回っている。彼も今日は休日だったようだ。
「この前はお世話になりました。あの、御子柴が生意気な態度ですみません」
私がお辞儀すると、彼は快活に笑った。
「何だお前、御子柴とまるで逆だな!よく上手くやれてるもんだ。いいんだよ別に。初めて会ったのはちょうど1年前くらいの百瀬絡みのヤマの時だった。それこそ最初は生意気なお子様だと思ってたけどよ、いざ蓋開けたらきちんと正しいことばっか言うんだ。……立ち話もなんだし、そこのベンチ座ろうか」
私がベンチに座るのとほぼ同時に、彼は缶コーヒーを持ってきた。見た目こそ屈強なボディーガードだが、気の利く良い人だ。
「今日はお子さんと買い物ですか」
「ああ。俺は働きづめだし、
菜実ちゃんの頭を撫でる彼の腕には、これでもかとビニール袋と紙袋がぶら下がっている。涼しくなってきたというのに、彼の額には僅かに汗がにじんでいた。
「奥さんは?」
彼の笑顔が少し曇った。しまった。この話題はタブーだった。
「あ、だ、大丈夫です。……すみませんでした」
「いい。目背ける訳にもいかんしな。……離婚してすぐ死んじまったんだ。お前が察してる通りだよ。殺した犯人は百瀬千枝。俺が奴の事件を担当したがる理由も分かるだろう?」
「……ええ」
彼の捜査は、いわば復讐だ。呪いという復讐の手段を得ていなくて良かったと、つくづくそう思う。もし呪いを知っていたら、今頃彼は崩壊している。彼だけじゃない。娘さんもだ。この人たちにはあの百瀬家のように呪いで壊れてほしくない。
「本来この子には妹がいたんだ。ただ、その……死産でな。妻は心を病み、義両親は俺のケアが不足していたと言い放ち離婚を強制された。……俺は妻に未練があるんだ。だから御子柴みたいな私立探偵にも積極的な協力をしてる。本来は良くないことなんだがな。妻を――
彼の表情が険しくなった。先ほどの笑顔は消え、刑事と――復讐鬼の目をしている。第三者の私には何もできない。復讐から引き離す権利もない。
「悪かった。楽しい休日に辛気臭い話聞かせちまって。この埋め合わせはいつかする」
「いいんです。元から私は人と話すのが好きですし」
「……そうか」
いつの間にか彼の目から復讐は消え、優しげな目に戻っていた。彼はベンチから立ち上がると、菜実ちゃんと手を繋いだ。
「――ああ、そうだ。新たに判明したことがある。百瀬の潜伏先だ。いつもは慎重なあいつが、潜伏先周りにゲソ痕を残してたらしい。目良木3丁目——森の奥にある廃診療所だ」
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