第7話

「嫌です」

 御子柴はあっさりと言い切った。その簡潔さに思わず私が驚いてしまう。

「捕まらない理由、貴方も警察から聞いたことがあるでしょう?」

「……忽然こつぜんと姿を消す」

「そう。人間の業じゃないのよ。ただの19歳二人が解決できるような代物じゃないの」

 確かにあの暮之葉神社でも百瀬——というより、犯人は突然姿を消した。もしあれが自殺でないと仮定したら、あれは人間にはできない所業だ。透明化や足音を消す呪いなんてものもない。呪いと魔法は違うのだから。

「貴方たちにこうして連絡を取ったのも、警告するためよ。これ以上踏み込んじゃいけない」

「あの、なんでそこまでして私たちを気にかけてくれるんですか?」

 これは素朴な疑問だった。特に私と浜先生は全くと言っていいほど関わりがないのだ。

「……死んだのよ、私の夫。警官やってたんだけど、百瀬に殺されちゃってね」

 彼女は席を立ち、アイスティー分のお金を机に置いてそれじゃあ、とファミレスを出て行った。まだアイスティーも半分残っているのに。

「……どうする?御子柴」

 私は横で机を見つめ続けている御子柴に声をかけた。声をかけなければ閉店時間までこうしていそうな雰囲気だった。

「あ、ああ。……続けるよ僕は。今更引き下がれない。妹の楓ちゃんのこともある」

 何となく分かってた答えだ。特に今回のは明らかな呪い絡みだから、尚のことだ。

「だよね」

 そう。確かに死ぬ危険性はあるが、私たちはこれ以上犯人を放ってはおけない。御子柴の助手になったあの日から、それくらいは覚悟していた。

 ふと、携帯の着信音が響いた。御子柴の携帯からだ。また百瀬の依頼かといった洋上で携帯を取り出すと、御子柴は画面を押した。

「はい、御子柴解呪探偵所です。……帰って来た?分かりました。また逃げ出したらお電話ください。ああ、いえ。今回のお代は頂きませんよ。ええ。良かったです。では失礼します」

「誰から?」

「クロアゲハ探しの依頼をしてくれた人。クロアゲハ、帰って来たらしい。今日は殺人が起きないかもね」

 嬉しいような、どこか手がかりを失ってショックなような。警察曰く犯人はまるで消滅するかのように行方を眩ませるらしい。それに犯行発覚以降、カメラにも最大の注意を払い肌一つ見せないのだという。つまり、確実に現行犯で捕まえる必要がある。あの時私たちが逃してしまったのは大きい代償だ。情報が得られたとはいえど、また一人罪なき市民が死んでしまったのだから。

 私たちはいつの間にか、多くの依頼と期待と責任を背負っていた。だが一度現場にも居合わせた以上、逃避は許されない。

 不気味なまでに紅い夕日を受けながら、私と御子柴は家路を辿った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る