第5話

 ここが誰もいない公園で良かった。もし誰かいたら人殺しの妹だ、鬼の妹だと罵詈雑言が飛んでくる可能性さえあった。

 しかし、仮に百瀬千枝が見つかって帰ってきたとしても、正常な生活は送れないだろう。人目に触れればまず逮捕だし、ひっそりと生きていくのはあまりにも難し過ぎる。きっと楓ちゃんはまだ分かっていない。

「……先に言っておくね、楓ちゃん。仮に私たちが千枝さんを見つけても、一緒には生活できないよ。彼女はもう沢山の人を殺しちゃったの。逮捕されちゃうんだ」

 この事実は伝えるべきだ。たとえ彼女がこの事実を認めたくなくても、いずれ訪れる現実だから。

「お姉ちゃんは、誰も殺してない……!」

 しかし、彼女は意外な言葉を口にした。声は震え、下をうつむき、カメラの紐をさらに強く握りしめている。殺してない、というのはどういうことだろうか。

「どうしてそう思うの?」

 御子柴は楓ちゃんを重要な参考人と判断し、刺激しないよう優しく話しかけた。

「……見たんです。写真も撮りました」

 写真。これは貴重な証拠だ。彼女のような幼さでは写真の捏造も考えにくい。

「ちょっと見せてくれるかな?」

 彼女はカメラを肩から外し、画面を私たちの方に向けて見せた。誕生日のケーキの写真や楓ちゃんと千枝のツーショットなどが映し出され、そして件の写真が映し出される。

 それはレインコートを着た女を斜めから撮った写真だった。雨の中で赤く染まった包丁を携えている。わずかにフードの中から白い肌が覗いているが、写真が少しぶれているうえに角度的にも顔が見えづらい。千枝とは違う顔つきだと言われればそうかもしれないが、あまりにも情報の確実性がなさすぎる。

 しかし楓ちゃんの自信のありそうなその表情を見て、私たちは何も言えなかった。

「……この写真が入ってるSDカード、貰ってもいいかな?」

「え、あ……」

 彼女は酷く悩んでいる様子だった。このSDカードにはきっと様々な思い出があるのだろう。両親との思い出だけでなく、千枝との思い出でもあるのだ。

「……大丈夫です。それでお姉ちゃんが見つかるなら」

 胸をぎゅっと締められるような感覚だった。正直、これが千枝の無罪を証明できる決定的な証拠とはなり得ない。だが。

「うん。約束するよ」

 御子柴はそう約束し楓ちゃんと指切りげんまんをした。楓ちゃんがずっと握りしめていたカメラの紐からは、もう手が離れていた。

「そもそもみんな勘違いしてるんです。お姉ちゃんは人なんか殺す人じゃない。お母さんとお父さんを呪ったのも、私を守るため」

「……待って待って。どういうこと?」

 楓ちゃんは呪いを知っている?千枝は復讐ではなく妹をかばうために両親を呪った?色々と訳が分からないことだらけだ。

「お姉ちゃんと私、ずっとお母さんとお父さんにいじめられてたんです」

「……児童虐待だね」

 となると、楓ちゃんの体中の痣も単に孤児院でのいじめだけでなく、過去の両親から受けていたものもあるのだろう。彼女が姉の千枝に頼ろうとするのも分かる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る