第3話

 御子柴が私の袖を引っ張り、静かにするようにと口の前に人差し指を持ってくる。神楽殿の裏に潜み、そっと境内を覗いた。

 やって来たのは1人の臙脂えんじ色のセーターを着た老人だった。老人は賽銭箱の前まで来たあと、周囲を何度も警戒するように見渡してから鈴を鳴らした。行動からしてお参りに来たわけでは無さそうだ。そう老人の行動を分析していた時だった。

 突然、老人のいる方向からガタンという物音がした。ほぼ同時に聞こえる微かな呻き声と、液体が飛び散る音。殺された……?

「ずっと神社に潜んでたのか、百瀬……」

「どうするの……!?」

「この神社は袋小路。事前に警察に通報してこの神社の入口に来てもらってる」

 その言葉と同時に御子柴は境内に駆けた。私もそれについて行き、連続殺人鬼をこの目で確かめようとした。

 その光景はあまりにも凄惨だった。賽銭箱の前で先程見た老人が、喉から赤い血をどろどろと流しながら倒れている。参道に鳥居のように赤い血溜まりが広がっていく。

「どういうこと、これ……」

 そして何より不気味なのが、百瀬の姿がどこにも見当たらないことだ。ここは四方が高いブロック塀で覆われているし、そもそもこんな静かな夜の山だ。逃走する足音が聞こえても何らおかしくはない。だがこれでは、まるで──。

「自殺……?」

 そう。自殺にしか見えないのだ。もしくは、私たちが殺人犯かの2択だ。はたからはそう見えるだろう。

 階段の方からバタバタと慌ただしい足音が響く。御子柴が呼んだという警察だろう。

「ああ、お疲れ様です」

 数人の警察の中に刑事らしき風体で、ガタイのいい強面の男が御子柴に声をかけた。

「御子柴!犯人ホシは?」

「あー……残念ながら逃走したか、あるいはそんなのは元々いなかったかの2択です」

「何言ってんだ、お前」

 男は御子柴をいぶかしむ目で見ている。当然だろう。この神社に逃げ場はない。いるとしたら確実にこの神社の中なのだから。

神津こうづさんは賢いですから、現場げんじょう見れば分かりますよ」

 神津と呼ばれていた男が老人に近づき死体の様子を見てから、周囲を見渡した。

「……なるほどな。御子柴が言ってることが分かった。おい!帳場ちょうばにマルヒは暮之葉くれのは神社より逃走って伝えとけ!ついでに鑑識も呼べ!……ったく、何だこの状況は」

 彼はぶつぶつと何かを呟きながら、暮之葉神社を見て回っていた。

「あの神津さんって人、知り合い?」

「そうだよ。少しだけ呪いに寛容な、警察の中じゃ貴重な人材だ」

 あんな粗暴で現実主義っぽいのに、呪いには理解があるのか。人は見かけによらないんだな。

「御子柴。犯人が元々いなかったってのはどういう意味だ?」

 神社を一通り見て百瀬がいないことを確認できたのだろう。神津は肩を落としながら、御子柴に聞き込みを始めた。

「そのままです。ここから犯人は逃走できない。つまり、あの老人は自殺の線もあります。彼の身元はよく洗っておくべきですね」

「なるほど。明日やってみるか」

「では、僕達はこれで」

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