遠い「また明日」

あいつは人気者だ。いや、「だった」と言うべきか。

少なくともこの学校では人気があった。声をかけられすぎて廊下を進めなくなるぐらいには。

まあ、あっちの学校でもさぞかし人気があることだろう。



本当に綺麗な茶色の眼をしていた。今まで俺が見た中で一番薄い、茶色。


でも今じゃ、茶色という言葉では思い出せるものの。

あいつはもう、どんな色だったかを絵の具で表せるほどの距離にはいない。

まあ、

多分見ながらだとしても、

俺にあの色は作れない。


あいつは人気者のくせに、いつも俺の横にいた。

こんな、成績ばっかりよくて友達が少ない、ひねくれものの俺の横に。

いてくれた、というべきか。

よくこんなに話す内容があるなと感心するほどにずっと喋っていたことを覚えている。

話の内容は思い出せないほどにとりとめのないものだっだが、楽しかったことだけは覚えている。

たまらなく、楽しかった。



1学期の終業式が終わって。

夏休みの雰囲気に心底辟易しているようなふりをしながら、俺はのろのろと教室を出た。

廊下であいつは女子に囲まれていて。

だが俺が近づくとしれっと輪を抜けてきた。話を綺麗に畳んで。

全く、本当にこのコミュニケーションスキルには感心する。

いつものようにダラダラと話しながら歩いて。

昇降口。

また明日の場所。

俺がいつものように手を振って

「じゃあ、また明日」

「ん、まt『やっほ〜』『やほ、今日ボーリング行く?』

遮るように。

何人かの他クラス。

あーあ。本当に人気者だ。

「ごめん!今日忙しい」

『そっかー残念ー』

『じゃ、またねー』

『じゃね!ばいばい!!』

「はーい、ばいばーい」

あいつはにこにこと受け答え。

いつものことだ。

そんで、遮られた俺への挨拶は宙へ消えたまま


のはずだった。

いつもなら、絶対にそうだった。

でも、この日は。


俺の方に向き直って


「さようなら」


あいつが使いそうにない言葉。


そしてとびきりの笑顔で、手を振った。

俺があっけに取られている間に背を向けて。

気がついたらいなくなっていた。



気がついたらいなくなっていた。

夏休み明けのあいつのいない教室は、やけに静かで。

ああ、あれがさようならだったのかと思い知った。



本当に綺麗な茶色の眼をしていた。

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