第26話 再開
スキルを使う。これだけでは、覚悟を持つことが必要とされる物ではない。簡単な話、ただ使うだけ。だけれど僕は、迷う。何かが大きく変わってしまうかもしれない、という恐怖が芽生えたから。 僕のすればは、いつまで立ってもただのすればであった。
この場所は、まるで時間が止まっているようで、気味が悪かった。しかし爺は気にする素振りもなく、言った。
「しかし眠いのじゃ。主には申し訳ないが、少し寝てもよいかの。腹の虫も泣き始めてはいかんし、老いぼれの頼みと思って、一つ。用が済んだら直ぐに起こして貰っても構わん。ここを出るには儂の力が要るのでな。くれぐれも起こすとき、遠慮はいらんからな、情けなくて仕方がなかろうに。では、後は頼む。」
爺はそう言い、横になる。安らかな顔だ。起こさないよう気をつけ、予め決めていたようにある言葉を口にした。
「ただ一つ願う。魔を打払う力、汝に授け給え、今解き放つ。」
とまで言ったところで、僕は閉口した。ぼんやりとした不安が僕を襲うのだ。初めのように、何かが変わってしまう気がして。
だが、思えば変化の連続だった。出会い、和解。遭遇し、理解。こんなことを繰り返していたのだ。二人だけではない、様々な人々が生きたから、僕は今も、此処に居る。
つかの間の平穏。そんなこと、誰より僕が知っていた。つもりだ。すべてが始まったあの日から、僕は此処まで歩いてきた。死してはまた、前に進んでいく運命を背負っていたのだ。何も怖いことなどない、僕はまた変わる。ただ、それだけのこと。それは、先程までは欠けていた勇気、間違うことでしか歩みを進められない、僕のための勇気だった。
「ただ一つ願う。魔を払う力、何時に授け給え。今解き放つ、神々の恩寵。」
閃光。とめどない光が、溢れ出す。僕の目では耐えきれるはずもない光量が、目の前に広がる。体が悲鳴を上げ、光になる錯覚に陥った。昔撮られた写真機を思い出し、思わず笑けた。果たして、体が粉々に成ろうとも僕は、生きているのだろうか。そんな疑問が頭をよぎるが、刹那意識は光の彼方に消えた。
――今頃、ノールさんはどうしているのでしょうか。
――まあ、朕に言わせれば心配など必要ない。と言えよう。
「ノール、ごはんですよ。」そんな声が聞こえた気がして、僕は目覚めた。瞼を開け、僕は言うのだ「ただいま、母さん。」と。
「随分大きくなったのね、ノール。」母さんは言った。
「ずっと、長い間夢を見ていたような気がするの。でも、あなたに会えて良かった。」
僕も言う「キセル母さん、僕も会えて嬉しいよ。」
母さんは取乱さず「ゲーテはこの先にいるわ。」と静かに言った。
「ありがとう。母さん。忘れない、僕、絶対に忘れないから。」
母さんの髪が震えた。「もう、ここに来てはいけませんよ、ノール。出来るなら、いつかあなたが来る時に、笑えるように、負けないでね。」
「母さん、僕は。」言い終える前に、母さんは消えた。なんの跡形もなく、母さんは消えたのだ。綺麗なそばかすの母は、もう此処には居なかった。
不思議と涙は出なかった。あの短い時間で、僕は母と再開した。そして、もう二度と会えないとわかっていたのに。無情にも目の前に道がある事に、僕は苛立った。母さんの言伝通り進めば、きっと居る。こんな事実、知りたくもなかった。涙の一滴も出ないこの体を僕は呪った。
目が見えたことなど、もはや些細な事だった。もう僕は、大切な人物を見ることも叶わない。無力で愚かな存在に成り下がったのだ。この先を進んでしまえば、また一人、会えなくなってしまうだろう。それでも僕は行くのか、分からなくなった。
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