第8話 血と意思

「タカムラ!!」

レティナが高村のもとへかけよってくる。

「何で!?何でアイツら倒さずに帰しちゃったの!?あんた〈星の守護者〉なんでしょ!!」

レティナが高村にくってかかる。だが、レティナの抗議に応ずるまもなく、高村はその場にばたりと倒れてしまった。

「ちょっと、どうしたのよ!?」

「これが理由ですよ」

「え?」

「〈星の守護者〉は決して万能の神なんかじゃない。さっきので力はもうすっからかん、しばらくはまともに動けません」

実のところ、高村の言葉の半分はハッタリだった。たった一人でゾディアン帝国軍と戦争する力などなかったのだ。もし、先に上陸部隊を殲滅し、あの力を艦隊に直撃させていれば、この惑星圏のゾディアン軍を撃退したことにはなる。だが、ゾディアン本国がレイウッド占領を諦めない限り、戦力投入は続くだろう。歴史上、ゾディアンがたった一人の〈星の守護者〉のためにある星の制圧を断念した記録がある。だが、そのときとは時代が違う。現在のゾディアン帝国は当時とは比較にならないほど強大なのだ。前線の一部隊は別としても、ゾディアン帝国そのものが〈星の守護者〉一人の存在を恐れることはもはやない。ウルバフが撤退を決断したのも、あくまで高村に情けをかけられた屈辱を己の体に刻むためだ。結局、高村一人ではやはりこの星を守りきることはできないのだ。

「タカムラさん。あなたのご厚意には本当に感謝しています。ですが、我々はやはりこの星に残ります」

カムランが仰向けに倒れている高村のそばにやってくる。

「ですが、無理を承知でお願いします。我々とこの星のために、あなたの国の軍隊に来ていただけませんか?」

「先ほどもレティナさんに申し上げましたが、それは無理です。今、日本の軍隊を出動させることは事実上不可能です。それに、もし仮に出動したとしても、一年以上戦うことはできません。なぜなら・・・」

高村はそこで言葉を続けるのをためらった。だが、意を決し、自分の祖国の現状を告げることにした。

「なぜなら、日本はもうじき地球連邦に併合されるからです」

『なっ!!』

レティナも、カムランも驚きを隠せなかった。

「あんた、自分の国がなくなるっていう時に、私たちのためにこの星まで来たっていうの!?」

「もう、ずっと前に決まっていたことですから」

地球人類が異星文明と接触してから数年後、いくつかの先進諸国が中核となり地球連邦政府が樹立された。その最終目標は地球民族の統一であった。だが、その民族統一は、まるで地球人類の歴史を繰り返すかのうように、吸収した国々の文化や思想を静かに侵食し破壊していった。結果、一つ、また一つと、かつてそこに存在したはずの民族が消えていった。のちにこの地球民族統一思想はネオグローバリズムと呼ばれるようになり、地球連邦の絶対的正義となった。そして、高村の祖国、日本ももうじきそのネオグローバリズムに取り込まれ消滅することが決定しているのだ。

「僕は〈星の守護者〉という突然変異個体に生まれ、人間関係で色々苦労しました。でも、なんだかんだ日本人というのはお人好しで、こんな僕をそれなりに受け入れてくれて、なんだかんだ日本という国もいい国で、こんな僕をそれなりに自由にさせてくれました。いつからか、僕は自分が生まれ育った日本という国のために何かしたいと思うようになりました」

外交は国の顔である。日本がいい国だということを宇宙のいろんな人々知ってもらうには外務省で良い働きをするのが一番良いと高村は考えた。しかし、念願の入省がかなった年、皮肉にも地球連邦への併合受け入れが、国会で可決されてしまった。だが、高村は諦めなかった。じきに国がなくなってしまうとわかっていながら、いや、じきになくなってしまうからこそ、消えゆく祖国の名誉のためにがむしゃらに働いた。多くの中央省庁の官僚たちはみな希望や情熱を失い、併合後の天下り先探しに奔走し、かつてのような出世争いはなくなった。そんな中、高村は必死に働き続けた。〈星の守護者〉という規格外の特殊技能で採用された高村は、入省直後はいろいろ陰口も叩かれた。しかし、日本外務省の広報看板、早い話お飾りとして採用されたはずの高村が、皮肉にも外務省内で最もよく働いた。そして、なかば面倒事を押し付けられるような形ではあったが、現在の緊急・人道支援課課長に就任するに至ったのである。史上最年少の外務官僚の誕生であった。だが、そのめざましい出世劇もじきに消滅する国の中では何の意味も無かった。高村が現職に抜擢されたのも、ただ単に他に誰もやりたがらなかっただけの話だった。そしてなにより、高村自身もまた、元から出世など望んでいなかった。消えゆく祖国の名誉のために働きたい。ただそれだけだった。

「あんた、悔しくないの!?自分の国が他の国に吸収されようとしてるのに!?」

「悔しいですよ。あなたたちにならわかるでしょう。今、僕がどれほど悔しいか」

「・・・・・・・・」

レティナは自分の言葉を悔いた。

『あんたに何がわかるのよ!?』

わかっていたのだ。彼には・・・・

『私たちが今どういう気持ちか、繁栄してる国の人間にはわからないわよ!!』

そう、わかっていたのだ。なぜなら、彼らもまた自分たちと同じように滅びようとしているのだから・・・・

高村は悲しげに言葉を紡ぐ。

「ちっぽけな国だけど、日本という国が好きでした・・・・・・ちっぽけな民族だけど、日本人であることが誇りでした・・・・・」

高村の目には涙が溢れていた。

「けど、もうじき日本はなくなり・・・・もうじき僕は日本人じゃなくなってしまう・・・・・・・

僕たちは、日本人ではなく、地球人だと名乗らなければならなくなる・・・・・」

目に溢れていた涙が一筋の線になって流れていく。

「あんた・・・・・・」

同じじゃないか・・・・・・自分たちと全く同じじゃないか・・・・・・

共感。何千光年も離れた星の者同士が、今確かに同じ気持ちを共有しているのだ。

「だけど、だからといって僕は国と共に死のうなんて思っていません。だから、あなた方も考え直してくれませんか?どこか別の星でレイウッドの歴史をリスタートするわけにはいきませんか?」

レティナもカムランも応えなかった。だが、それは沈黙による否定でなかった。彼らは高村がなぜこの星にやって来たのかようやく理解できた。放っておけなかったのだ。自分たちとよく似た境遇にあるレイウッド人を。ここに至って初めて、彼らは新たな道を考えようとしている。同じ境遇にある高村に共鳴するかのように・・・・・

「たとえ国や故郷を失っても、その民族の血と意思を受け継ぐ者が生き続ける限り、その民族は決して滅びません。民族の血と意思を受け継ぐ者が一人でもいる限り、その民族はこの宇宙に存在し続けます」

高村のその言葉はレイウッド人たちに確かな希望と勇気を与えた。消滅以外の道。希望に溢れているとは言えないが、決して絶望ではない未来。カムランは後ろにいる仲間たちを見た。彼らの顔が、みな、あんたと同じ考えだと言っていた。それはすでにレイウッド民族の総意であった。カムランは民族の代表として、その総意を高村に伝えた。

「タカムラさん。ニホン政府の申し出、お受けします。いえ、受けさせてください」

カムランは仰向けに倒れた高村に手を差し伸べた。高村は力の抜けきった体を必死に起こして、カムランの手をしっかりと握った。

「ご決断、ありがとうございます」

その言葉を発したあと、高村は再びばたりと倒れて、ゆっくりと目を閉じたのだった。

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