第7話 外交と戦争

 惑星連合本部内のフードコート。その一角のハンバガーショップで、沢田連合大使は一番安いハンバーガーを10個ほど積み上げふてくされていた。常任理事各国があっさりレイウッドを切り捨てたのも釈然としなかったが、現在の星間情勢を考えれば当然といえば当然だった。それ以上に納得いかないのは、高村である。今回のレイウッド支援を計画し、外務大臣や事務次官を説得して、実現せしめたのは、他でもない高村だった。

こんな時期に至っても、まだあいつは!お人良しにもほどがある!心の中で毒づき、ハンバーガーに大きく噛み付いた。

「相席をお願いしてもいいかな?」

意外な人物がそう言って現れた。地球連邦惑星連合大使ジョンソン・エイカーでった。

「他にも席は空いてるだろ。何の用だ?」

露骨に邪険な態度を示す沢田を気にせず、ジョンソンは沢田の前の席に座った。

「確認しておきたいことがあってね。日本はずいぶんレイウッドに入れ込んでいるようだが、まさか、君たちはあのタカムラをレイウッドに派遣したんじゃないだろうね?」

「あいつはうちの緊急・人道支援課の課長だ。宇宙のどこだろうが人道支援に行って何が悪い?」

「そもそも、彼がその役職についていることが問題なのだ」

「あいつが自ら希望して、政府閣僚がそれを承認した。」

「承認?容認の間違いだろ。全く、国家規模のジョークだよ。よりにもよって・・・

《星の守護者》が外交官など・・・」


 レティナはまだ自分に意識があるのに気付いた。自分はまだ死んでいない。それどころか痛みもない。レティナは恐る恐る閉じた目を開いた。そこにあったのは自分に襲いかかってくウルバフの姿ではなく、一人の男の背中だった。

「なっ、貴様!?」

男は片手でウルバフの斧を受け止めていた。ウルバフはまだ斧から力を抜いていない。巨大な斧の重量にゾディアン人の凄まじい力が込めらている。だが、男はその細い左腕でそれを受け止めていた。

「口は出しても、手は出さない。それが外交です。ですが・・・・・」

レンズの割れた眼鏡、腹部がレイザーで焼け焦げたスーツ。そして、服装に不似合いな童顔。

「あんた!?」

レティナは驚愕した。今彼女を助けたその男は紛れもなく高村良一だった。ウルバフは戦慄していた。確かに腹部をレイザーで打ち抜いたはずだ。この男、まさか・・・

「貴様、まさか・・・・」

「ですが・・・・・戦争なら、話は別です」

高村の右拳が目視では捕らえれらないほどの超高速でウルバフの顎にめり込む。ウルバフの巨体が宙に浮く。高村もそれに合わせて飛び上がり、ウルバフの腹部に蹴りを撃ち込んだ。ウルバフの巨体は重力を無視したような動きで後方に飛んでいき、他のゾディアン人たちに激突する。数人がかりでウルバフの体を受け止め、ようやく衝撃は相殺された。

「大佐!!」

「おのれ、地球人!!」

数人のゾディアン人が高村に襲いかかる。

「よせ!!その男は!!」

ウルバフの制止は間に合わなかった。高村の超高速の攻撃がゾディアン兵を屠る。一人目、二人目、三人目・・・・一秒に満たない時間で十人近いゾディアン兵が四方に吹き飛ばされた。物理法則を超越した身体能力、レイザーに耐えうる肉体。ウルバフの推測は確信に変わった。

「貴様、やはり〈星の守護者〉か!?」

〈星の守護者〉神に最も近い宇宙最強の生命体。そして、かつて、彼らゾディアン人に撤退という屈辱を与えた忌まわしき存在。

星の守護者?こいつが・・・・レティナは信じられなかった。あの高村が星の守護者?出会った瞬間に頭をぶつけて気を失い、得体の知れない饅頭の解説を長々とし、こちらが怒鳴るたびにビクビクし、頼りないことこの上なかったあの高村が・・・

「先ほど、外交官などとほざいたのは我々を油断させる策か!?」

ウルバフは高村を睨みつけ、憎悪のこもった声でそう言った。通常、〈星の守護者〉はその戦闘能力ゆえ軍や警察、治安維持組織等に所属し、時には最終戦略決戦兵器として扱われることさえある。外交官などであるはずがない。ウルバフは高村が地球連邦、あるいは惑星連合のゾディアンに対する先制攻撃なのではと考えた。

「いいえ。私は正真正銘外交官です」

高村は懐から折りたたまれた一通の書類を取り出した。高村はその書類を広げ、ゾディアン人たちに向けて掲げた。

「日本政府内閣総理大臣の全権委任状です。私はレイウッド人難民受け入れに関し全てを任されています。おわかりいただけますか?私には日本政府の代表としてレイウッド人を守る義務がある。」

高村は高らかにそう言い、委任状を懐に戻した。

「私を煮ようが焼こうが構いません。平和のためなら無抵抗に殺されるのも辞さないのが外交官の務めです。ですが、もし、レイウッドの方たちに危害を加えるのであれば、私は日本政府を、いえ、日本国民を代表してゾディアン帝国に宣戦布告を発し、この惑星圏にいる全てのゾディアン人を一人残らず殲滅します」

高村はレンズの割れた眼鏡を外した。そこにあった二つの目はもはや追い詰められた鼠の目ではなかった。その目はゾディアン人たちを恐怖させた。恐怖という感情が欠落しているとまで言われるゾディアン人たちが確かに恐怖を感じたのだ。だが、その中で、唯一、恐怖に屈しなかった者がいた。ウルバフだ。

「母星から遠く離れたこの辺境の星で、本国からの援軍も無く、たった一人で我がゾディアン帝国と戦争をするというのか?」

それはあまりにも無謀な行為だった。いや、無謀な行為のはずだった。だが、

「必要とあれば・・・・」

高村は答える。それは必ずしも無謀とは言えなかった。可能かもしれないのだ。彼には・・・

「なるほど。確かに〈星の守護者〉ならばこの場にいる我々など、たやすく息の根を止めることができるだろう。だが、軌道上の艦隊はどうする?」

そう、いかに〈星の守護者〉といえど、軌道上の敵には手を出せない。むしろ、むこうから地表に向けて集中砲火を浴びせれば、この星の地表ごと彼を吹き飛ばすことも可能かもしれない。が、高村は悠然としていた。

「すいません。僕のカバンを」

高村はレティナたちにそう言った。レティナは戸惑いながらも預かっていたカバンを放り投げた。空中に放物線を描いて飛できた黒い皮製カバンを高村は右手でキャッチした。高村はカバンを開け、中から黒い金属でできた奇妙な器具を取り出した。それは手甲のような物で、高村の左手にすっぽりとおさまった。

「これは我が国のとある町工場が《星の守護者》の使用を想定して、おもしろ半分作った物ですが、使ってみるとけっこうシャレにならないんですよ。」

高村の指が手甲の表面にある操作パネルを走り、空中にホログラムのウインドウ画面が出現する。高村はその画面を見ながらパネルを操作し、何かのプログラムを入力した。そして、手甲に包まれた左手を空に向けてかざす。高村の左手は何かに導かれるように上下左右に移動し、ある一点で停止した。高村の左手に光が生まれた。光は徐々にその光量を増していく。それはあたかもそこに小さな恒星があるかのようだった。そして、その光が空に向けて解き放たれる。衝撃波が周囲の空気を乱し凄まじい風が巻き起こった。光がおさまったとき、高村の周りには光の衝撃波よって生まれたクレーターが出来上がっていた。

「今のが、〈星の守護者〉が使うという生体プラズマエネルギーか」

ウルバフは戦慄し、静かにそうつぶやいた。〈星の守護者〉の能力は二つある。一つは物理法則すらも超越する身体能力。そして、もう一つが今の生体プラズマエネルギーだ。レイザー兵器に酷似しているが、その威力は宇宙戦艦に搭載される戦略級のものに匹敵し、個体によっては惑星をも破壊できると言われている。

「威嚇のつもりか?確かにその力は恐るべきものだが、先ほども言ったように・・・」

ウルバフはある恐ろしい考えが頭をよぎり、空を見上げた。高村の力が放たれた方角を。

「ま、まさか!?」

「ご心配なく。あなたが今おっしゃったようにあくまで威嚇です」

ウルバフの通信機に通信が入る。軌道上の艦に残った副官ゴッシュからだった。

『閣下!!こちらで異変がありました!!』

「報告しろ」

『今、我が艦隊の真横を膨大な量のエネルギー体が通りすぎました!!』

「損害は?」

『ありません!ありませんが、あとわずかにずれていたら、艦隊は全滅していました。閣下!!一体そちらで何があったんですか!?レイウッドにあのレベルの兵器があるはずがありません!!』

ウルバフはそこで通信を切った。

「艦隊は避けたのは意図した上でのことか?」

ウルバフは高村を睨みつけそう問うた。

「そちら側に不必要な犠牲を出したくありません。あくまでこちらの戦力をあなた方にご理解いただくのが目的ですから」

「その装置か?」

ウルバフは高村の左手にはめられた黒い手甲を目で示した。この手甲はいわば照準器のようなものであり、目視領域外の目標でも座標をを設定すれば、ミリ単位で捕らえることが可能だ。重力をうまく利用すれば、惑星の反対側の軌道上でも狙うことができる。もっとも〈星の守護者〉以外には何の役にも立たない代物だった。

「貴国の民間人が戯れに作ったと言ったな。下等生物の集まりのくせに恐ろしい国だ。」

「あなた方から見れば下等生物でも、下等生物は下等生物なりに種族としての誇りを持って生きてるんですよ。我々日本人も、この星に住むレイウッド人も。あなた方ゾディアン人と同じようにね」

「だから、この星から手を引けと言うのか?」

「いえ、あなた方ゾディアン人のことです。一度レイウッドに戦いを挑んだ以上、最後の一兵に至るまで戦い続けることでしょう。ですから、ここはお互い痛み分けといきませんか?」

「どういうことだ?」

「最初にお願いしたとおり、時間を頂けませんか?この星のレイウッド人全員が移住できるだけの時間を」

「星はくれてやるから今この場は引けというのか?」

「ゾディアン人はその生涯において二度だけ撤退を許されると聞いています。そのうちの一回をこの場で使って頂けませんか?」

その言葉にウルバフの顔はわずかに驚きの色を見せる。

この男、知っているのか?我らの掟を・・・では、最初からそれを知ったうえで弱者のふりを・・・・・・屈辱だな。戦う前から情けをかけられていたとは・・・・・だが、この屈辱、日に晒さず隠したまま、残りの生を生きるなど、それこそ我らゾディアンにあってはならぬか・・・・・

ウルバフは通信機の回線を開き軌道上の艦隊に呼びかけた。

「ウルバフより全戦闘員に告ぐ!!我が隊はこれよりこの星から一時的に撤退する!!各自、掟に従い〈恥辱の儀〉を実行せよ!!」

ゾディアン兵たちに動揺が走る。だが、伝説の〈星の守護者〉を前にした今、誰もウルバフに異を唱える者はなかった。ウルバフは通信を切り、高村に向き直った。

「聞いたとおり、我々は貴公の提案を受けることにした」

「ありがとうございます」

「我らに一生ものの不名誉を負わせるのだ。我らの生き様、目をそらすさず、しかと括目せよ」

ウルバフはそう言い、指を自分の右目に突き刺した。そして、激痛に耐えながらそのまま右目をえぐり取ってしまった。他のゾディアン兵たちもウルバフに続き片目をえぐり取っている。あまりの光景にレティナたちは目をそらした。軌道上の艦のなかでも、おそらく同じことが行われている。これがゾディアンの〈恥辱の儀〉なのだ。ゾディアンの戦士は撤退や敵前逃亡をしたとき、不名誉の証として目を抉り取るのだ。ゾディアン人が生涯に二度だけ撤退を許される理由というのは実に簡単なことだ。ゾディアン人に目が二つしかないからだ。ゾディアン人にとって傷は戦士としての名誉の証であり、戦闘で腕を失おうが脚を失おうが、義手、義足の類は一切使わない。だが、目だけは例外であり、戦闘で目を失った場合必ず義眼をはめる。〈恥辱の儀〉によるものと区別するためだ。逆に、〈恥辱の儀〉で目を失った者は決して義眼を使うことが許されない。自分の不名誉を常にさらした状態で生きていかねばならないのだ。高村はこの〈恥辱の儀〉のことを知っていた。だから、最初、〈星の守護者〉の力は使わず、殴られても蹴られても一切抵抗しなかったのだ。あくまで、彼らに情けをかけてもらうという形をとるために。だが、結局力を示して彼らに撤退を余儀なくさせることになった。数千個のゾディアン人の目を犠牲にして。

「貴公の提案どおり今この場は引くが、明朝、我らは戻ってくる。その時まだ貴公とレイウッド人たちが残っていた場合、たとえ、全滅しようとも貴公と戦うことになるだろう」

ウルバフは残った左目で高村を睨みそう言った。

「わかっています。筋は通す。これも外交の鉄則ですから」

「あくまで、貴公は外交官たろうとするのだな」

「まあ、自分では天職だと思ってます」

高村は誇らしげにそう言った。

「だが、貴公は外交官であると同時に誇り高き戦士だ。訂正しよう。サムライはどうやらまだ滅んではいないらしい。我がゾディアン帝国が惑星連合の領域を侵攻していけば、いずれ貴公の本国とも戦うことになるだろう。その時、貴公と戦うのを楽しみにしている」

「残念ですが、それは、ありません。もし、私の本国とゾディアン帝国が戦争になった場合、次こそ私は〈戦い〉ではなく〈話し合い〉によって戦争を終わらせます。あなたと〈戦う〉のは今日限りです。」

「そうか、残念だ」

その言葉を残し、ゾディアン人たちは転移ジャンプにより光の粒子となって去っていった。

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