第6話 交渉

 二人は丘を下り、村に戻った。高村はレイウッド人たちの移住をまだあきらめたわけではなかった。彼らを説得し、移住計画を実行するためにもゾディアンに猶予の時間をもらわねばならない。なにより、彼らがゾディアンに皆殺しにされるのをこのまま黙って見ているわけにはいかない。高村はカムランと相談し、まず高村が第三者としてゾディアンと話し合うことになった。そして、ゾディアンたちはやってきた。村から一キロほど離れた地点にいくつもの光の粒子が出現し、やがてそれは数十体の人型を形成した。転移ジャンプによって船から惑星上に下りてきたのだ。ウルバフ将軍を先頭に上陸部隊は村に近づいて行く。村の入り口に三つの人影があった。高村、レティナ、カムランの三人だ。他の者たちは家の中に隠れ息をひそめている。

「あなたまで来る必要はなかった」

高村がレティナに言う。

「もしお父さんがゾディアンに殺されたら、次の村長はあたしよ。ここにいるのは当然だわ」

レティナは冗談交じりに、笑いながらそう言った。怯える心を抑えつけ、彼女なりに精一杯強がっていた。おいおい、まだ殺さないでくれよとカムランも冗談を返す。娘に比べるとまだ彼の方が落ち着いている。年の功か、あるいはとうに死ぬ覚悟ができているのか。

「お二人はここにいてください。まず僕が彼らと話し合ってきます」

そう言って高村は持っていた黒いカバンをレティナに預け、足を踏み出した。

「待って。持っていきなよ」

そう言ってレティナは隠し持っていた電磁銃を差し出してきた。

「必要ありません」

高村は力強くそう言った。

「なんで!?あんた、丸腰なんでしょ!?」

レティナが苛立ちながら言う。

「僕は外交官です。外交に武器は必要ありません」

高村はただそう言い残し、ゾディアンたちの方へ向かっていった。宇宙一凶暴と言われるゾディアン人相手に、何の戦闘能力も無い地球人が武器も持たずに話し合いに行く。こんな無謀なシナリオは宇宙規模で考えても他にないだろう。

ばか・・・・・・

レティナは高村の無謀さに苛立ちながらも心のどこかで彼の身を案じていた。状況が状況だからいらいらしてつい彼につらくあたってしまったが、別に彼を嫌っているわけではなかった。

アイツはいいヤツだ。それも、底抜けのお人好し。でなければ、たとえ仕事でもこんな辺境の星に住む私たちのためにここまでしてくれないだろう。思えば、彼にはずいぶんとひどいことを言った。なのに、今、私たちのために自分の命までかけようとしている。死なないでほしい。彼を自分たちの問題に巻き込んで死なせたくない。こんな時に出会わなければ彼とはもっと仲良くなれていたかもしれない。こんな最悪の時ではなくこの星が平和だった時に来ていたら。仕事じゃなく観光かなにかでこの星を訪れていたのなら、きっと仲良くなれていた。悪い状況が出会いを悪いモノにしてしまった。けど、今からでもまだ間に合うかもしれない。この最悪の状況が終わったら、彼との出会いをやり直せるかもしれない。地球人とレイウッド人のファーストコンタクトをもう一度やり直せるかもしれない。だから、死なせたくないのだ、彼を・・・・

 高村とゾディアン人たちは同時に歩みを止めた。先頭のウルバフと高村との間は足で三歩分ほどの距離だ。そこまで近づくと地球人とゾディアン人の体格差が歴然と現れる。ゾディアン人たちは高村の1.5倍もの大きさだ。腕や足、それに爬虫類特有の尾も戦闘に適応するよう丸太のような太さに進化していた。腰にレイザー銃を装備しているが、それぞれ手に大型の刃物を持っている。剣に似たもの、斧に似たもの、槍に似たものと、種類は統一されていない。光学兵器、電磁兵器が全盛の時代だが、ゾディアン人は刃物による原始的な戦闘を好んでいる。

「貴様は何者だ?レイウッド人ではなかろう」

鋭い牙が端から端まで並ぶ口が開き、ウルバフの低く重い声が飛び出してくる。普通の種族ならこの声だけでもすくみ上がってしまうだろう。が、高村は臆する様子もなく、ゾディアンたちに負けぬほど堂々としていた。

「初めまして、私は日本政府外務省国際協力局、緊急・人道支援課課長、高村良一と申します」

彼はそう言って、名刺を差し出した。ご丁寧にゾディアン語で書かれた名刺だった。

「ニホン?サムライの国ニホンか?」

ゾディアン人は戦記や英雄譚を好むため、自分たちと同じ戦士の話は他種族のものであっても積極的に収集する。ウルバフはわずかながら彼に興味を示しているようだった。自分たちゾディアン人を前にたった一人でありながら臆する様子を一切見せない。死をも恐れぬほどの勇気の持ち主か、あるいは相当の馬鹿か。

「我が国をご存じとは光栄です」

「もっともサムライは絶滅したと聞いたが。ところで、貴様の持っているその紙切れは何だ?」

「ああ、これは名刺というものです。自分の役職や名前が書いてあり、初対面の方に自分の事を知ってもらうためにお渡しするんです。今後の我々の関係のためにも是非お受け取りいただきたいのですが・・・・」

ウルバフは無言で高村の名刺を手に取った。が、風が吹き名刺がウルバフの手から離れた。それはウルバフが意図的に手放したようにも見えた。

「あ、名刺が・・・・・・」

高村はしゃがんで地面に落ちた名刺を拾おうとした。が、ウルバフの斜め後ろに立っていたゾディアン兵士がその巨大な足で名刺を踏みつけた。

「あ・・・・・・」

高村はそんな声をあげ泣きそうな顔になった。

「どうやら、サムライは本当に絶滅しているようだな」

ウルバフはしゃがんだ体勢の高村を上から見下ろしそう言った。

「名とは己の名誉や誇り、あるいは魂や命すらも宿るもの。それをそんな小さな紙切れに書き、他者に、あまつさえ敵に渡すなど戦士のすることではない。これよりここは戦場となる。戦士にあらざるものは去れ」

ウルバフは言葉を切ると同時に、丸太のような尾で高村を弾き飛ばした。高村は軽く五メートルは飛ばされ地面に叩きつけられた。レティナが飛び出しそうになったがカムランが腕を掴んで止めた。ゾディアン人たちは何事も無かったかのように再び歩き始めた。彼らはうるさいハエを叩き落としたくらいにしか思っていないだろう。落ちたハエはつぶれてもう動かない・・・・はずだった。高村は起きあがった。右肩をおさえ、苦痛に顔をゆがめながらもなんとかよろよろと立ち上がった。右頬を擦り剥き、眼鏡のレンズにヒビが入っている。ゾディアン人たちはわずかながら意外そうな顔をする。高村は身体中の痛みに耐えながら声を絞り出した。

「た、確かに僕は戦士じゃない・・・・・・僕は・・・・・・・・外交官ですから」

窮鼠。高村はまさに追いつめられながらも反撃をうかがうねずみのような目をしていた。ウルバフの高村に対するわずかな興味が再び蘇った。ウルバフは部下たちを手で制し、一人高村の方へゆっくりと歩いていった。

「その気迫に免じ、話だけは聞いてやる」

「あ・・・・ありがとうござ・・・・」

「最後まで話せればな」

ウルバフの右拳が砲弾のように飛び出し、高村の腹部にめり込んだ。

「ぐ・・・・・げっほ、げっほ・・・・・」

ウルバフは拳を高村の腹からゆっくり引き抜く。高村は腹部をおさえ咳き込みながら、その場に両膝をついた。ゾディアン人がその気になれば、普通のヒューマノイドの体なら突き破ることもできる。が、ウルバフは手加減をしていた。ゆっくりいたぶって楽しもうとしているのではない。高村がどれほどの覚悟で自分の前に立ちはだかっているのか。高村がどれほどの〈戦士〉であるか。それを見極めるつもりだった。そして、高村もそれに応えた。

「げっほ・・・・ぐ・・・・・じ、時間をください・・・・・この村の人たちが立ち退くまで・・・・・・もう少しの間・・・・待ってください・・・・・・」

ウルバフの右足が高村のあごを蹴り上げる。高村の体は一瞬だけ宙に浮き、仰向けの状態で着地した。

「奴らには七日間もの猶予を与えた。この上待ってやるほど我々は甘くない」

「わ、わかってます・・・・・ですが・・・・・お願いです・・・・・時間を・・・・・」

ウルバフの尾が高村の首に巻き付く。ウルバフはそのまま尾で高村の体を持ち上げた。高村の顔がウルバフの目線の高さまで上がってきた。

「一つ聞こう。なぜ抵抗しない?抵抗する力が無いからか?」

「が、外交では・・・・・口は出しても・・・・・手は出さないのが鉄則です・・・・・・・手を出したら・・・・・・それはもう外交ではなく・・・・・・戦争ですから・・・・・」

「貴様、不戦論者か!?」

そこで初めてウルバフは語気を強めた。不戦の精神。地球では美徳かもしれないが、ゾディアンの社会ではこの上ない悪徳だ。価値観の相違。

失望した。この男は〈戦士〉などではなかった。口先だけの外交屋だ。

もはやウルバフには高村を生かしておく理由はなかった。ウルバフは腰のレイザー銃を手に取り、尾を振って勢いをつけた後高村の体を空中に放った。高村の体が上昇から下降に変わる瞬間、赤いレイザーの光が直撃する。高村の体はどさりと大地に落ちぴくりとも動かなかった。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

レティナの悲鳴。そして、それに続くように電磁銃の雷がウルバフを襲った。レティナのものではなかった。むろん、ゾディアンのものでもない。射手はレティナたちの背後にいた。

「その人は俺たちのレイウッド人の客人、いや、恩人だ」

レイウッド人の青年だった。高村がいたぶられるのを見ているのが耐えられなくなり、飛び出してきたのだ。

「恩人?この無力で愚かな男が何の役に立ったというのだ?」

ウルバフは平然としていた。電磁銃の攻撃もゾディアン人には全く通用しないらしい。

「俺たちは何十、いや、何百という星に助けを求めた。どこも軍事的にかなりの力を持っていた。だが、どの星も応えてはくれなかった。〈宇宙の警察〉なんて名乗ってる惑星連合でさえ俺たちのことを見捨てたんだ!!」

宇宙じゅうの誰もが自分たちの存在を黙殺した。レイウッド民族はこの宇宙で孤独な存在なんだと思い知らされた。だが、違った。高村が来てくれた。高村だけは自分たちの存在を認めてくれた。

「その人は確かに頼りないし、あんたの言うとおり無力だったかもしれない。けど、その人が、何千光年も離れた星から俺たちのために来てくれたっていうことが、どれほど心強かったかわかるか!?たった一人でも、俺たちレイウッド民族のことを忘れないでいてくれたことが、どれほど嬉しかったかわかるか!?お前ら冷血動物のゾディアンにわかるか!?」

青年の言葉に呼応するように、家々から人々が出てきた。男も、女も、子供も、老人も・・・・・

「みんな・・・・・」

レティナは戸惑いの色を隠せなかった。だけど、嬉しかった。みな高村に対して自分と同じ気持ちだったのだ。これで、ますます逃げられなくなった。自分たちとこの星、そして高村のために。高村はきっと自分のためにレイウッド人たちが死ぬことを喜びはしないだろう。だが、ここで逃げずに戦うことはもはや個人レベルの感情ではない。たった百人だけど、民族全体の意思なのだ。

「確かに、お前たちの感情は理解できないかもしれん。だが、お前たちの、いや、貴君らの意思は我らにも理解できた。貴君らの勇志に敬意を表し、我が力の全てをもって戦おう」

ウルバフの巨体が跳躍した。斧状の巨大な武器の刃がレティナに襲いかかる。

悔いはない。これが自分たちの選んだ道なのだ。レティナはそう思い、静かに目を閉じたのだった。

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