第5話 和解
レティナたちの村から少し離れたところに小高い丘があった。この辺り一帯は村の子供たちの遊び場だった。むろんレティナも幼い頃はここによく遊びに来たものだ。丘の頂上からレティナたちの村が見え、村を囲むようにして山や森や湖が横たわっている。レティナはここから見える自然の風景が大好きだった。つらいことや悲しいことがあった時はいつもここに来る。そして今もそうだ。
「いいところですね」
背後から高村の声がした。が、レティナは振り向かない。
「お父さんに聞いて来ました。たぶんここだってね」
高村は膝を抱えて地面に座り込んでいるレティナの横に立った。
「何しに来たの?」
レティナは無愛想にそう聞いた。
「さっきのこと、謝りたくて。あなたを怒らせるつもりはありませんでした。僕はただ・・・・」
「わかってる。私のほうこそ悪かった。アンタは縁も所縁もない私たちをわざわざ助けにきてくれたのにね。さっきは言い過ぎた。けど、この星を離れたくないっていう気持ちだけはかわらない」
レティナはそこで初めて高村の方を見た。
「ねえ、この上こんなこと頼むなんてムシが良すぎるってわかってる。けど、お願い。今からでもあなたの国の軍隊に来てもらえないかな?そうすれば・・・・・・」
レティナはすがるような目で高村を見た。高村も彼女の願いを聞きいれてあげたいという気持ちでいっぱいだった。だが、
「すいません、今の日本にそれはできないんですよ」
高村はそう答えるしかなかった。
現在の日本の軍事力はそれなりのものであった。惑星連合安全保障理事会の決議を受け、宇宙地域紛争に軍を派遣したことも過去に何度かあった。だが、地球連邦をはじめとする宇宙の超大国に比べれば小規模であり、ゾディアン帝国とまともに戦争するほどの力はない。
それに、何より今は・・・・・・
「そう・・・・・」
レティナももううらみごとは言わなかった。高村が自分たちの事を精一杯考えてくれていると認識できたからだ。高村はレティナから視線をはずし、眼下に広がる景色を見下ろした。
「この景色を目にすれば、あなた方の気持ちがわかりますよ。この星はほんとにいいところです」
レイウッドにも産業や工業が栄えた時期はあったが、幸いにも大規模な森林伐採や環境汚染はなかった。しかも、人口の激減により、都市が荒廃したことで、この星の自然は今、原始の状態に帰ろうとしている。先進文明が無人星を開発し、殖民星を増やし続けているこの宇宙で、レイウッドのような星は銀河系規模で見ても貴重であると言える。
「耐えられないわ。ここが戦場になるなんて・・・・・」
この星が軍事基地として使われるであろうことはレティナにもわかっていた。戦略的理由などはわからないにしても、こんな過疎化の進んだ星をゾディアンが欲しがる理由はそれしかなかった。そこまでわかっているからこそ、なおさらこの星を離れることはできなかった。レティナたちが立ち退き、この星がゾディアンの軍事基地となれば、ここが戦火にさらされることもありうるのだ。そうすれば、ここから見えるあの山も、森も、湖も、そしてこの丘そのものもみな消滅してしまうのだ。この自然が、この美しい景色が、自分たちの思い出が詰まった場所がすべて失われてしまうのだ。耐えられない。断じてそんなことは耐えられない。
「私たちは絶対にこの星を離れない。私たち自身のためにも、この星のためにも・・・」
静かだが力強いレティナの声。そして、この声はレティナだけのものではないのだ。高村はここに来る前、レイウッド人たち全員に他の星への移住を説いてまわった。だが、返ってくる言葉はみなこのレティナの言葉と全く同じだった。たった百人だけれど心は一つ。たった百人の少数民族だからこそ一つになれるのかもしれない。
高村は正直彼らがうらやましかった。
僕たちも・・・・・・・もし僕たちも彼らのようになれたなら・・・・・
不意に懐の携帯通信機が振動し、高村の思考はかき消された。。懐から取り出された通信機は四角く白く手に収まるほど小さかった。タカムラが起動ボタンを押すと小さなホログラムのディスプレイが空中に現れた。通信は沢田連合大使からだった。惑星連合本部からレイウッドまで数千光年、亜空間ネットを経由して辛うじてリアルタイム音声通信が可能な距離である。
『沢田だ。今、会談が終わった。案の定、常任理事各国は、レイウッドを切り捨てて、ゲリル星系で勝負をかける気だ。そっちはどうだ?』
「それがその、まだ住民と交渉中でして・・・」
『もう時間がないぞ。どうする気だ?』
「期限の延長をゾディアンと交渉します」
『そういうと思ったよ。死ぬなよ』
通信が終えた直後に、再度通信が入った。輸送船の操縦士からだった。
『お客さん!!ゾディアンの船が団体さんで近づいてきたぞ!!』
「了解です。とりあえずあなたはそのまま待機しててください。彼らの目的はあくまでこの星ですから、彼らを刺激しない限り、あなたと船は安全です」
不安がる操縦士をなだめ通信を切った。レティナが立ち上がり尋ねた。
「来たのね?」
高村は静かに頷いた。
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