22話 銷夏

「部員が集まったってほんとなの!?」


 アキ姉が身を乗り出して聞いてくる。すずなさんも驚いて目を見開いている。


 「うん、目星はついてたんだけど声をかけたら一発OKだったよ」


 今度はアキ姉が固まってしまった。昨日の今日で部員が集まったために驚きが隠せないようだ。確かに僕も桜木さんから了承を得た時は驚いたわけだし不思議じゃない。


 それにしてもこれであの部室が解放されて部費が出るのだと考えると僕としては荷が軽くなってありがたい。これでまたのびのびと日常を過ごすことが出来る。


 そう思っていると、正気を取り戻したアキ姉が口を開いた。


「日向。部活の創設に関する書類は今すぐにでも書けるんだけど正式に承認されるには、やっぱり生徒総会で過半数の賛成を集めないといけないの」


 過去の記録を探していたらそういう校則があるみたいで、とアキ姉は申し訳なさそうに言う。


 やはりそうであったか。だから後藤はまだ嫌がらせをしてくるのか。しかし結局のところ生徒総会で決まるのなら対策をしておいて損は無いだろう。


 絶対と言っていいほど後藤は邪魔をしてくる。それをいかに上手く躱せるかどうかにあとの一週間を使おう。


 備えあれば憂いなし。まずは何から始めようか。


「一応、一般生徒としてお願いするけど文学部創設のために力を貸して下さい」


「喜んでー」


 と、菘さん。アキ姉も笑顔で受けてくれた。これ以上に頼もしい仲間はいない。


 昼休みのうちに書類に必要事項を書いてコピーをとる。先に済ませておけばいざと言う時にすぐにでも行動することが出来る。


 作業が終わり、軽く雑談していると予鈴がなったので僕は教室に戻る。


 教室に入ると昨日、僕をボコボコにしたメンバーが睨んできたが今日は一人の姿しか見せていないため何もしてこない。というか何もしないのが普通ではないのだろうか。


 五限、六限と授業は進み放課後になる。ホームルームが終わるなり荷物を持って教室を出る冬美を追いかけようとする。


「日向ー、今からカラオケ行くんだけどくるかー?」


 教室のドア付近でカズから誘われる。普段から断っているのに懲りないな、と思いつつ僕は首を横に振る。


 今度、なぜ懲りずに誘うのか聞いてみよう。カズが馬鹿すぎて毎日毎日忘れているのか、単に僕の気まぐれを待っているのか。


 僕はカラオケより冬美を追いかけることを選んだ。


「冬美」


 校舎から出たあたりでようやく追いついた。髪をなびかせながら振り向くと、


「こんな早くから珍しいわね。何かあったの?」


 随分と察しが良すぎて助かるような困るような。まあ、話をちゃんと聞いてくれるあたり後藤の数百倍いいのだけれど。


「実は生徒総会でちゃんと部活として承認されるまで部室の使用は控えるようにってアキ姉から言われちゃってさ」


「あら、そうなの。じゃあ帰りましょうか」


 思ったよりスっと受け入れてくれた。少しは疑問に思ったりだろうか。


 そして踵を返して歩き出す冬美に駆け足で追いかける。校門を出て横に並んで歩くと冬美が切り出した。


「日向君、文学部を作るために駆け回ってくれているらしいわね」


 駆け回る、というか駆け回らざるを得ないというか。後藤に仕返しをしてやりたいという気持ちもあるし、冬美の願いを不本意な形で叶えてしまった責任も感じている。


 それゆえに部活のため、とは言えない。正直自分でも今回の件でなぜここまで働いているのかと思ってしまうほどだ。


「まあ、乗り掛かった船だしな。冬美は大舟に乗ったつもりでいてくれ」


「私、船酔いは酷いほうなのだけれど大丈夫かしら」


 このくらいの冗談が言えるなら冬美は大丈夫だな。それにしても今のはそんなに心配されても困る的なニュアンスなのだろうか。


 あんまり構って嫌われるのは僕としては避けたいところではある。


「それでなんで文学部なんて作ろうと思ったんだ?」


 少し前からずっと気になっていたことを聞いてみる。冬美が本を読んでいるのは知っていたが、休み時間の暇つぶし程度だと思っていた。


 けれどあの倉庫に通うようになってからの冬美は読書家なのではないかと思うほど本を読んでいた。僕は本なぞ一年に数冊読めばいい方だ。


「そうね、じゃあ着いてきて」


 そう言われ再び無言の時間になる。僕は言われた通りに冬美について歩いていく。


 僕の家を通り過ぎ、次の十字路を右に曲がった。この道はあまり通らないが最近聞いたような気がする。


「ここよ」


 冬美が立ち止まった場所は……普通の民家だった。大きさも普通の戸建て、色はベージュでいかにも一般的な家だ。


 ここが何なのだろう。実は図書館的な感じなのだろうか。


「ここが私の家よ」


「え」


 初めて会ってから一週間と経たずに家にお呼ばれしてしまったのだろうか。それは男子高校生としてどうなのだろうか。大人しく上がるべきか、それとも……


「何を突っ立っているの? そこに立っていられるのも邪魔だから早く上がってちょうだい」


 入るしか選択肢がなくなってしまった。僕は肩身を狭くしながら静かにお邪魔する。


「お邪魔します……」


「今は誰もいないわよ?」


 それを先に言って欲しかった。恥ずかしい思いをしたではないか。


 と、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。女子に家に誰もいない状況でお呼ばれしてしまった現状のことを考えるべきだろう。


 冬美はそんな軽い女ではないと信じているが、この状況ゆえになんとも言えない。


「そんな舐めるように玄関を観察しないでちょうだい。私の部屋で先に待っていて」


 二階にあるから、と冬美。僕は大人しく二階に続く階段を上り、月氷と書かれたプレートが掛けてある部屋を開ける。


 アキ姉以外では初めて入る女子の部屋。それも同年代の女子。別に変なことは期待していないのだが緊張してしまう。


 思い切って扉を開けるとーー






 本屋の匂いがした。正しくは紙の匂いと言うべきか、とにかく何か落ち着く匂いがする。


 これだけ本があれば彼女が本を好きと言っても嘘ではないと信じられる。中には紙の色が変色している古書のようなものまで並んでいる。


 何か知っている本がないかと目で探していると扉が開いて冬美が入ってきた。手にはトレーに乗った二つのコップがある。


「別に官能小説なんて持っていないわよ?」


 相変わらず雰囲気をぶち壊す発言によって僕は昭和ばりのズッコケをかますところであった。

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