21話 青嵐

 ようやく四限が終わり、僕はすぐに教室を出る。そのまま校舎の裏に周り、倉庫の前までやってきた。


 三限後、稲荷が後ろめたそうな顔をして黙っていたために何かがあったことは察していたが倉庫の前まで来て驚いた。


 ドアに鎖が巻かれ、大きい南京錠で鍵がかけてあった。本や棚、机などは中にそのままで置かれているために文学部は活動どころではない状況になってしまった。


 それに加えて稲荷が祀ってある神棚も中にあるため、冬美の願いを消すことさえ叶わなくなった。


「なんでさっき言わなかった」


 僕は稲荷に問う。


「お主に伝えたら授業中にでもここに来たであろう? わしが珍しく気を使ったのだ。そう怒るでない」


 ここで稲荷に怒りをぶつけてもしょうがない。それにしても後藤の奴、酷いことをするな。そんなに自分に楯突かれたことが気に食わないのか。


 だとしてもやはり大人気ないと思ってしまう。自分の意見が通らないと立場を使って行動を制限して屈服させる。


 やっていることがまるで小学生のガキ大将みたいではないか。


「流石に鎖を斬ることは、」


「できんよ、力もないし。そもそもわしは武神じゃないからのう」


 稲荷はいつの間にか緋色の袴姿に戻っている。浮いているのは変わりないがいつものように寝そべる形ではなく、ちゃんと立っている。


 やはり稲荷とて真剣な時は真面目になるようだ。その辺の切り替えが出来ているのは助かる。


「とりあえず冬美になんて伝えたものか……」


「あの小娘にありのままを話したら余計面倒なことになるのは分かっておるな?」


 冬美に伝えたら職員室に乗り込んで何をするか分かったものじゃない。それを分かった上で伝えるほど僕も馬鹿じゃない。


 とはいえ放課後になれば冬美は間違いなくここに来るだろう。しかもそれを一週間止めるのは不可能だ。


 ここは嘘をついてでもここに来させないことにした方が良さそうだ。


「しくじるなよ」


 稲荷に念を押され、僕は教室に戻ることにした。歩きながらどう言ったものか考える。


 あの辺に蛇が出て危ない、とかだと冬美は知らん顔して倉庫に向かうだろう。他にいい言い訳はないものか。


 アキ姉達には申し訳ないが生徒会の名前を出させてもらうか。


 教室に戻ると今日も人が少なかった。席に着いて桜木さんに聞くと、


「みんな、また日向君がいなくなったって言って探しに……」


「あの暴徒達め……」


 昨日の今日でまたボコられるのは嫌だぞ。それに昨日だって強引に連れていかれただけだし。


 桜木さんと話していて思い出した。そういえば桜木さんを文学部に勧誘しようと思っていたんだ。


「桜木さん、真面目な話なんだけどいい?」


「ひゃ、ひゃい!」


 何があったのか桜木さんは裏返った声で返事をした。僕はそれを気にもかけずに続ける。


「実は僕も文学部に入ることにしたんだけど、あと一人部員が足らなくて……良かったら桜木さんもどうかなって」


 桜木さんは部活に入っておらず図書委員ということは少なくとも本に嫌な感情はないはずだ。


 頼む。渋ってでも、名前を貸すだけでもいいからはいと言って欲しい。


「えっと、全然いいですけど……」


「……へ?」


 間抜けな声が出てしまった。


 もっと渋って説得するくらいには覚悟していたのだが即答だった。それはもう目が点になって数秒固まってしまうくらいに。


「日向君? なんか表情が顔の原型を留めてないけど大丈夫?」


 何秒経ったのだろうか。僕が固まっているのを見かねて桜木さんが僕の正気を取り戻してくれた。


 これで部員が集まった。どう考えても出来すぎている展開だが現実なのだから受け入れよう。快く迎え入れよう。


 しかし小説やドラマでは上手くいったところで何か状況が転じるイベントがあるはずなのだが……


「私は本が大好きだし、本が読める空間ができるのなら喜んで入るよ」


 そうニコッと笑って言った。桜木さんは大きく笑う時に前髪がなびいて目が見える。その瞬間を見る度に時間が止まったように笑顔が脳に焼き付く。


 本当に整った顔をしている。僕とは大違いだ。


「それならすぐに生徒会室に行ってくるよ」


 うん、と頷いたので僕はもう一度教室を出る。軽い足取りで四階に行くと、何やら空気が重い気がした。


 生徒会室の扉が鉛のように重く感じる。開けない方がいいのではないかと思うほど手の動きが鈍くなる。


 思い切って扉を開くと、


「だから何度言ったら分かるんです? 書類の前倒し承認はできないですし生徒総会を早めることもできないです」


「うるさい! 教師が言っていることくらい聞けないのか!」


 生徒会室では後藤とアキ姉の攻防が繰り広げられていた。アキ姉は僕に気づくとバツが悪そうにこっちを見た。


 それで気づいたのか後藤も僕に気づく。丁度良かった、みたいな顔をして僕の肩に手を置くと、


「よう夏川。お前、文学部に入るんだってなあ」


 今すぐにでも肩に置かれた手を払いたい。そのまま投げ飛ばしたい。


 とても気持ちの悪い気持ちにされ、僕はまたも苛立ちが積もりそうになる。


「部活に入るのは生徒の勝手ですよね」


 さっきされた仕打ちに耐えきれず、少しばかり反感を買うようにそう言った。


 僕の言葉を聞くなり後藤は目に見えて機嫌が悪くなり、僕の肩を掴む手に力を入れる。


 普通に痛い。


「あの、痛いです」


「あのなぁ、夏川。お前は生徒会長でもなんでもないよなぁ。だったら少しでも教師の意図を組んで行動した方がいいんじゃないのか?」


 段々と後藤の顔が赤くなっていき、苛立っているのが分かる。しかしそれはこちらも一緒だ。


 三十を超えたいい大人が高校生相手にやっていい事と悪いことがあるだろう。今の状況でさえ、十分に体罰にすらあたりそうなものだ。


 僕が返答しないでいると舌打ちをして生徒会室を去っていった。扉を乱暴に閉めると同時に、僕とアキ姉は力が抜けたように椅子にへたり込む。


「いきなりビビったって……」


「マジごめん日向ー、いきなり来て無理なこと言い出すからつい熱くなっちゃってー」


 僕とアキ姉が呆れるように話していると、


「二人とも度胸ありすぎですって」


 と言いながら、すずなさんがどこからか現れた。二つ付いたお団子が萎んでいるように見える。


 生徒会室の中は脱力感で満ち溢れて何もしたくなくなる。後藤のせいで本来の目的を忘れるところだった。


「アキ姉ー、部員集まったよー」


「「え!?」」


 僕がそう言うとアキ姉と菘さんが驚いて声を上げた。

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