20話 向寒の砌
「これは……まずいんじゃないかしら」
冬美も僕との会話に夢中だったようで、ようやく事の重大さに気づいたようだ。
僕も冷や汗が背中を伝うほど悪い状況になってしまった。しかし注目されているとはいえ、知り合いの姿は見えない。
これならば普通に歩き続けていれば噂くらいで済むだろう。咄嗟にそう判断して僕は冬美にアイコンタクトをする。
冬美も僕の考えを理解したのか早足になりながらも歩き続ける。
「とりあえずここまで来れば大丈夫かな」
生徒会室のある四階にあるトイレの前まで来た。このまま二人で教室に入るのはそれこそさっきの二の舞になりかねない。
ここなら生徒会メンバーしかいないし、知られても部活の件など言い訳ができる。しかし僕としたことが、普通に二人で校門をくぐってしまうなんて。
あまりにも馴染みすぎて考えもしなかった……
「で、これからどうするの?」
半ば強引にここに連れてこられた冬美は少し不服そうにそう言った。冬美からすれば僕なんかと一緒に登校したことが知られるのが嫌なのかもしれない。
「先に冬美に教室に入ってもらって、僕は後から入るよ」
僕が遅刻ギリギリなのはよくある事だ。今のところ皆勤なはずの冬美には迷惑をかけられないし。
僕がそう言うと、
「そう、分かったわ」
と言って階段を降りていった。僕は壁によりかかりスマホを取り出す。時間まで暇つぶしをしようとゲームアプリを開く。
数年前から変わらない人気を誇っているパズルゲームだ。僕は一年近くプレイしているくらいでお世辞にも上手いとは言えないけれど、楽しんでやっているからいいだろう。
少しばかりスマホをいじって時間を潰してもつまらないという感情が出てきてしまう。ただでさえ静かな四階でする事などほぼ皆無に近い。
「いけないんだー」
どこからか声が聞こえてきて僕は驚きスマホを落とした。スマホより声の主の方が気になって周りを見渡す。
すると女子トイレから扉を少しだけ開けて覗いている
「はい、見逃してあげるから次は見つかんないようにね」
そう言うと僕にスマホを手渡し、生徒会室に戻って行った。いきなりのことで驚いていた僕だが、スマホの時計が八時ギリギリになっていたので教室に向かうことにする。
階段を降りて僕の教室に入ると少しばかり視線を感じたがほぼ普段と変わらない気がした。
「なあ、日向ー。朝早くに日向を見たって奴がいるんだけど今来たんだよな?」
席に荷物を置くなりカズが近寄ってそんなことを聞いてきた。やはり噂が広まっているようだ。
しかし僕は
「いつも通り遅刻ギリギリだって」
少し下手な演技かもしれないがカズは、
「だよなぁ」
とか言いつつ席に戻って行った。
思ったよりも噂としても広まっていないようで安心した。部活として成立したあとで仲良くなるのなら何も違和感はないし、少なくともあと一週間はバレないようにしなければ。
こちらも普段通り、海人がダルそうに教室に入ってきた。
「お前ら座れー、こちとら二日酔いで頭痛いんだわ。大人しく従順な子供してろー」
言っていることは教師としてありえないがタイミングも含め、いつも助かっている。あまりにも間が良すぎるために何でも知られているのではないかと疑問に思うほどだ。
「そだ、あと日向ー。ホームルーム終わったらちょっと来いー」
ん、あれ? 海人から呼び出されてしまった。口調からしていい報告ではなさそうだ。
朝の件が教師にも伝わっているのか? それとも単純にまた厄介事を頼まれるのだろうか。
その後朝のホームルームが終わり、廊下に出た海人について行く。校舎の端まで来ると海人が口を開いた。
「なぁ、後藤の野郎に何言ったんだ? なんか朝から冬美とお前のことを聞いてきてチビるかと思ったぞ」
後藤、あの予算会議にいた体育教師のことだ。やはり向こうもこっちの素性を探りにきているようだ。
海人が向こうに味方することは絶対と言っていいほどない。面倒くさがりな海人のことだ、どうせよく知らないで誤魔化したんだろう。
「予算会議で色々とあって……」
「だとしても俺を巻き込むなってんだよ……またふかしたくなってきたじやねぇか……」
だから学校内は禁煙だと何回言ったらわかるんだろう。いつも面倒事を人に押し付ける割に巻き込まれやすいのは僕としては少しスカッとするものだ。
だからといって戦力になるかで言うとほぼ皆無だ。この教師は金、女、煙草で生きているようなものだからな。
それは去年の僕が嫌というほど学んだからな。
「まあ、そんなに深刻そうじゃなさそうだしこれ以上俺に迷惑かけるなよー」
海人は頭を掻きながら歩いていってしまった。あのいい加減さは尊敬すべきか呆れるべきか。
僕も授業時間が迫っているので教室に戻ることにした。教室に戻ると冬美がチラッと僕の方に目線向けた。
僕はクラスメイトが気づかないように小さく頷き、何も問題がないことを伝える。そして教科書をロッカーから取ってきて席に座る。
その後も何一つ、いつもと変わらず授業が進んでいった。
「ひ、日向くん」
三限になり、眠気に襲われてウトウトしていると隣から小声で呼ばれた。
桜木さんの方を向くと、桜木さんは指を上に向けていた。僕はつられて上を見ると、
「なんじゃ、気づくのが遅いぞ」
稲荷が紫色の綺麗な柄が入った着物を着て浮いていた。毎回どうやって服装を変えているのから分からない。
気分なんだろうか。
「お主に報告じゃ。少し前にジャージに笛を首から下げた男が倉庫に来ていたぞ」
何やら倉庫を漁ったようじゃ、と稲荷は付け足した。
ジャージに笛となるとやはり後藤だろうか。何か嫌な予感がしたが今は授業中、それに倉庫も校舎の裏にあって休み時間に見に行くこともできない。
昼になったらいの一番に向かおう。そう決めて僕は早く授業が終わるようにまだか、まだかと待ちわびることになった。
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