19話 晴れ折木
「ひーちゃんー、起きてー」
随分と懐かしい呼び名だなぁ。
「ひーちゃん、ご飯が冷めちゃうよ」
これは……アキ姉の声だろうか。それにしてもまだ眠い。
「起きないとご飯なしだよー」
ご飯なしか、それは嫌だな。しょうがなく僕はベットから起き上がる。
「あ、起きた」
僕は頭が働いていないために今までの呼び方とその起こし方について疑問を抱かなかった。
ただアキ姉が僕の隣に寝転がって頬をツンツンとつついている、という状況認識だった。僕は立ち上がると同時にアキ姉が今までしていたことに気がついた。
「え、なんで小学生の頃の呼び方だったの?」
別段、飛び上がるほど驚いた訳ではないが高校生にもなってその呼び方は如何なものかと思ってしまった。
僕も大人になったな。
「んー、なんとなく? それよりご飯冷めちゃうよ」
アキ姉は首を傾げながら言う。まあ、ご飯は温かい方が美味しいよな。アキ姉と一緒に階段をおりてリビングに向かう。
僕の要望通り肉料理のようだ。階段をおりるにつれとても美味しそうな匂いが漂ってくる。
リビングに入り机の上を見ると、レバニラ、回鍋肉にピーマンの肉詰めと多種多様な肉料理が並んでいる。
もはや一汁三菜の域を超えているがリクエストしたのは僕なので文句は言えない。それにしても肉料理のテイストが別々過ぎて合うのかと心配になる。
「会議の件でありがとうってことで張り切ったんだけど……なんかあちこち茶色だね」
「作ってる間に気づかなかったの、それ」
僕がそう言うとアキ姉はぷくーと頬をふくらませて拗ねた。そして席に座ると足をバタバタと動かしている。
まるで小学生みたいに拗ねるアキ姉に催促するような目で見られたので僕も席に座る。
「「いただきます」」
作ってしまったものは仕方がない。捨てるのももったいないし食べてしまう他に道はない。
流石はアキ姉と思うほど、どの料理も美味しい。肉料理ばかりで飽きるかと思っていたが案外いけるものだ。
「それでアキ姉は僕の気が変わらなかったらどうしてたの?」
僕が放課後の会議の件を聞くとアキ姉は湯呑みを持ったまま固まった。
まさかとは思うが生徒会長モードのアキ姉が何も考えずにものを言うはずがない。と、僕は思っていた。
「えーと、なんかやってるなーってくらいしか聞いてなかったんだけど……ね?」
何の、ね? なのだろう。僕も考えを改めないとな。生徒会長モードでもアキ姉は何も考えてないこともあるんだと。
しかしながら、何も考えずに教師に楯突くなんて本当にアキ姉以外には出来ない所業だ。僕なんかが意見しても軽くあしらわれて終わりだろう。
やはり生徒会長というものは権限とそれに見合う風格と頭脳が必要なんだな。
「ま、まあ結果オーライみたいだし? 日向だってようやく青春しようとしているみたいだしいいじゃん」
それはそうなのだが……あと一人見つかっていないこともあるし、どう考えても生徒総会であの教師が邪魔をしてくるのは目に見えている。
僕としてはこの一週間が過去一番忙しく、面倒臭いことになりそうだと予想している。予想しなくとそうなるだろう。
桜木さんが快く了承してくれればそれでいいのだが……
「アキ姉、あの教師が生徒総会で何もしないと思う?」
「うーん、私にさえ強気で来るくらいだからねー。一策二策は準備した方がいいかも」
やはりアキ姉もそう思うようだ。どう対策をしたものか、と考えていたらご飯を食べ終わっていた。
せっかくリクエストしたのというのに味わって食べることを忘れていた。そこそこのショックを受けたので大人しく食器をシンクに持っていき、洗い始める。
アキ姉もほぼ同時に食べ終わったので食器を受け取った。アキ姉はソファに寝転がるとテレビをつけた。
「日向、もうちょっと力抜きなー。そんなに固くなってると考えも固くなるよー」
テレビを見ながらアキ姉は助言をくれた。僕が固くなっていたのか?
考えてみると慣れない予算会議やら今後の生徒総会のことで頭がいっぱいになっていた。友達や冬美のことを半ば無視して策を練ろうとしていた。
そうだ、僕には冬美がいる。海人だって言えば手伝ってくれるだろう。カズは……まあ、雑務でもしてくれるだろう。
こういう時に僕の人脈を使わなくてどうするのだ。
「アキ姉、ありがと。あと食後に寝転がると牛になるよ」
「もぉー、せっかくいいこと言った雰囲気だったのにー」
苦笑いを挟みつつ、アキ姉に感謝する。これで肩の力も抜けたことだし明日から色々と策を練ろう。
皿洗いを終え、風呂に入り明日の準備をしてベッドに入る。今日の疲れからかまた眠りに落ちるまでに時間はかからなかった。
カーテンの隙間からこぼれる陽の光によって僕は目覚めた。目覚まし時計が鳴る前に起きれたうえに目覚めがよく、いい一日になる予感がする。
階段を降りて一階に行くとアキ姉はもう家を出ていた。朝ごはんが置いてあるので先に部屋に戻りワイシャツに着替えて洗面所に向かう。
寝癖を治してリビングに置いてあるトーストを皿ごと持ってテレビ側に移動する。朝番組をつけてボーっとトーストをかじる。
そしていつも通りの時間に玄関を出る。やはり冬美は玄関先に立っていた。
「おはよう、日向君」
「おはよ。相変わらず早いな」
まだ三日目だが馴染んでしまった。こうして冬美と共に学校に行くことに違和感なく型にハマってしまっている。
ここ数日の非日常のせいでもはやこれしきの事で驚くことはなくなっている。とはいえ僕と冬美は互いにマイペースな為、会話することもなく黙々と歩き続ける。
先に静寂を破ったのは冬美だった。
「私、日向くんのおかげで毎朝が楽しくなってきたわ。今日は時間に余裕があるみたい、とか考えられるもの」
「既に今日の分まで考察済みってわけか。確かに時間に余裕はあったけれど」
僕の顔をまじまじと見つめる冬美。僕は気恥ずかしくて顔を背ける。これこそ冬美の思うツボだとは思うがじっと見つめられるよりはマシだ。
僕が顔を背けると冬美は控えめに笑った。やはりこの顔の時はいつもの冷たさが感じられない。
「やっぱり冬美は笑う顔が似合うな」
僕がそう言うと、今度は冬美が顔を背けた。それはもう勢いよく。
そこで気づいた。もう学校近くまで来ていて周りにはチラホラと同じ高校の生徒がいることに。
僕と冬美の会話はおろか、今のお互いの反応さえもしっかりと注目の的として見られていた。
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