14話 春、夏、神
勢いよく開いた扉の方を見るとーー
「やっと見つけたわ」
そう言って仁王立ちをしている冬美の姿があった。よくもまあここまで追って来たというか、探しに来たというか。とにかく、姫を助けに来たみたいな雰囲気で僕のことを見ている。
そして生徒会室に入ると
「日向君は返してもらうわ」
とだけ言って僕の腕を掴む。なんだか今日はよく腕を掴まれて引きずられるなあ、と思いつつ大人しくついていく。どうせまた抵抗しても無意味だろうからされるがまま、冬美につかまれることにする。
冬美が僕の腕を引っ張って生徒会室から出ていこうとするのを見て、菘さんは反対の手を鷲掴みにして引っ張る。抱き着くように僕の腕を引っ張っているため、その、当たっているのだ。
何が、とは言わないが男子高校生には精神衛生上良くないものが当たっているのだがそれ以上に、菘さんと冬美の怪力によって引っ張られている腕が悲鳴を上げていた。
「ちょっと勝手に日向くんを連れて行かないでよー」
「あなたの事情なんて知らないわ。日向君には少しばかり付き合ってもらう必要があるの」
もはやどうにでもなれと考えて引っ張られていると、
「えっと、どういう状況なの日向?」
困り顔で生徒会室の入り口にいるアキ姉が声を発したことにより二人を止めてくれた。腕も開放され、僕は二人から距離を取るように部屋の端に下がっていく。
なんだろう、女子って怖い……そう思ってしまう自分がいる。
アキ姉によって解放された僕は教室に戻った。冬美と菘さんはアキ姉によって生徒会室でお話し中である。
ようやく落ち着いて休めると思い、自分の席に着くと隣からちょんちょんとつつかれた。
「ひ、日向きゅん!」
噛んだ。何この可愛い生き物。
「色々あってクラスで騒がれてるけど何があったの?」
あくまでそのまま行くスタンスの様だ。それで桜木さんは僕が連れていかれたその後の状況を教えてくれた。
僕が連れ出された後は、クラスの連中で僕を探しに行ったらしい。とりあえずそれは良かった。今寄ってたかって聞かれるのは本当に疲れるのでやめて欲しかったのでちょうどいい。
「菘さんに連れていかれて修羅場になりかけたのを助けられて今に至る、って感じかな」
「なんか大変そうだね……」
桜木さんだけが僕に労いの言葉を投げてくれる……さっきまでのことを考えると労いの言葉一つで惚れてしまうくらいに疲れてしまった。
やはり桜木さんは優しくていい人だ、と身に染みて感じる。
「ありがとう、そう言ってくれるのは桜木さんだけだよ……」
遠い目になりながら桜木さんに愚痴るように呟く。それを聞くなり桜木さんは照れたように身をくねらせた。
前髪の隙間から見える照れた目に僕はほんわかとした心地になり、なんだか小動物を愛でている気分になる。こういう純粋に素直に話せる相手がいるのって嬉しく感じてしまう。
やはり冬美もこういう気持ちになるのだろうか。そうなれば稲荷を顕現させたのも僕だし、何か責任を感じてしまう。
「なんか怖い顔してるけど大丈夫?」
桜木さんが心配そうに顔を覗き込んできた。驚いたのもあるが、稲荷に心を読まれた時のような感覚になりすぐに顔を上げた。
確かに考えすぎたのかもしれない。それにここのところ常に非日常が降りかかってきていて疲れているんだろう。そう思うことにしてほぼ一口しか食べれなかった昼ご飯を買いに行こうと席を立つと五限の予鈴が鳴ってしまった。
購買は一階、ここは三階。いくら五分あるからといっても戻ってきて食べることは敵わない。しょうがない、昼は諦めて放課後にどこかによって間食でもするかと考えていると、
「お腹なってるみたいだけど、良かったら食べる?」
と言って桜木さんはクッキーを渡してくれた。最早桜木さんが天使に見えてきてしまう。
気も利くし優しいし。これからは聖母様と呼ばせてほしいくらいだ。ありがたくクッキーを受け取り、頬張る。味はプレーンらしくお腹に溜まってちょうどいい。僕が食べている姿を見て桜木さんもニコニコしている。
「どう? 美味しい?」
「今まで食べた中で一番美味しいよ……本当ににありがとう」
そう言うと桜木さんがまた照れて今度は俯いてしまった。うん、可愛い。さっきから桜木さんへの感想が可愛いしか出てこない。
なぜ僕はこんな可愛い女子が隣にいて今まで気づかなかったのだろう。欲を言うなら一年の段階で知り合っていたかったと心底思う。
「実は昨日、日向君のためにと思って作ってきたんだよね。最近色んなことに巻き込まれてて疲れてそうだし」
「そう言ってくれるのは桜木さんだけだよ……」
もっと会話に花を咲かせようとしていると、前の扉から先生が入ってきた。時計を見ると授業開始の時間になっており僕は慌てて教科書を取りにロッカーへ走った。
ちなみに僕を探しに行っていた連中は当然のように授業に遅れ、怒られていた。しかしながら反省の色は見えず、説教中でさえチラチラと僕の方を睨んでいた。
どれだけ執念深いのだろうか。
「おぬしも大変じゃのう」
来た。ここ最近の面倒ごとの根源が。
「おぬし、会うたびに口が悪くなってないかのう」
気のせいだろう。僕がそんな粗暴な口調なわけがない。
まあ、くだらない談義は置いておいてどうしてまたこんなタイミングで稲荷が出てきたのだろう。別に呼んだわけでもなし、特に出てくる用もないだろうに。
「やはり扱いが雑じゃ……それに暇と言うだけで絡みに来てはいけないのか?」
別に悪いわけじゃないんだが、いつも授業中なのが気に入らない。もうすぐテストだってあるのに勉強に遅れることだけは嫌だ。
成績が悪いのは僕だって嫌だし、なにしろアキ姉の顔に泥を塗ることにもなりかねない。だからこそ人並以上には頑張らなくては、と常に思っているつもりだ。
「まあそう言うことならわしのことは無視しとるがいい。代わりにこの生娘と話すからのう」
忘れていた。稲荷のことが見えるのは僕だけでなく桜木さんもだった。
「ん? 生娘よ、そなたもしかして……」
意味ありげな口調で稲荷が言ったので僕は授業どころではなくなり、結局は稲荷が発する言葉に気を取られてしまった。
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